![]() 臨床心理士・公認心理士の若山和樹氏は、なかでも特に望ましい境界線のことを「バウンダリー」と呼びます。それは、自分と他者の領域を区別しつつ、健全な人間関係を築くことができるようになる境界線です。 バウンダリーは、単に相手を拒絶するものではなく、自分の心身の安全を守り、限られたエネルギーを効率的に使うための重要なツールです。この記事では、私たちの心や人間関係において、バウンダリーがどのような役割を果たしているかについて、『振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界』(若山和樹、ディスカヴァー・トゥエンティワン)から再編集してお届けします。 ■バウンダリーの役割 バウンダリーは私たちにとってどのような役割を果たすものなのでしょうか。バウンダリーにはさまざまな役割があると考えられますが、ここでは「負うべき責任とその範囲を明らかにする」、「よいものを取り込み、悪いものを排出する」の2つを紹介します。 *負うべき責任とその範囲を明らかにする まず、自身と他者が負うべき責任とその範囲を明らかにすることです。 人間は社会的な動物です。生きていく上で、私たちは他者と関わる必要があります。生活のなかで起こる自分にまつわるすべての事柄を一人で背負うことはできませんし、少なくともある程度は他者にまつわる事柄を背負わなくてはいけません。つまり、私たちはそれぞれ、自分のことだけでなく、他者に対しても責任を持つのです。 そのため、家族やパートナー、友人や職場の人たちから「ほしい」と求められたのであれば、(少なくともある程度は)それに応えなくてはならないのです。そして同時に、私たち自身も、自分一人だけではどうしようもならないことを自分のニーズとして認め、他者に対して「ほしい」と求める必要があります。 これを理解する上で、ヘンリー・クラウドとジョン・タウンゼントは『境界線』(地引網出版)のなかで、「負荷」と「重荷(おもに)」という2つの言葉を使ってわかりやすく説明しています。 負荷とは、私たちが日常的にこなせる量の仕事や役割などを指します。この負荷は多すぎてもいけませんが、反対に少なすぎてもいけません。負荷をこなすためには一定のエネルギーや努力が求められますが、適度なこころと身体のケアで回復させることができます。 そして、私たちは負荷を乗り越えることで、自分の能力や限界を広げることができます。適度な負荷は、いわばこころの筋トレです。それによって私たちはこころの健康を保ち、強さを獲得していくことができます。 また、自分の力に余裕があるときに他者を助けることで、他者との絆を強め、今度は自分が困ったときにサポートを得ることができます。 ただし、私たちが背負えるのは、あくまでも負荷の範囲に収まるものに限られます。それを超えたものを引き受ければ、たちまち重さに耐えられなくなってしまうのです。 一方で重荷とは、日常のなかで対処できる量を越えた仕事や役割のことです。たとえば、人生で起こる危機、今後に関わる重大な決断事項、あるいは複雑に絡み合ったトラブルなどがそうです。 こうした重荷は、誰かに助けを求め、少なくとも一部は他者に担ってもらわなくてはならないものとなります。負荷とは異なり、重荷を一人で背負うと、そこで失った力はこころと身体のケアをしても回復させることができません。 そのため、もし重荷をふだんの荷物と同じように扱い、助けを拒絶してしまうと、すぐに力を使い果たしてしまうことになります。 反対に、自分が必要な責任を負わないこと、つまり自分が本来背負わなくてはいけない負荷まで、重荷のように扱ってしまうことも問題です。 たとえば、自分の身の回りのケアや、人生の選択などは、最終的には自分が責任を負うことです。それを他者に押し付けてしまうと、それが相手の負荷に収まっているうちはよいかもしれませんが、やがて量が増えていくと、重荷となって相手を押しつぶしてしまいます。 さらに押し付ける本人としても、必要な負荷をこなさないでいると、筋肉を全く使わないのと同じように、力を失い、できることの範囲がどんどん狭まってしまうのです。これは他者に負荷を取り上げられても起こります。押し付けられたケアによる弱体化は、境界線の問題のある関係でしばしば見られます。 バウンダリーは、負荷と重荷を区別することで、私たち自身と他者がそれぞれどこまで責任を負うべきかを明確にするものです。もし、今自分が背負っているものが負荷の範囲内で余裕があるなら、そこに他者の荷物を一部入れ込むことも可能でしょう。 しかし、自分の荷物が重荷であるとわかった場合は、負荷の範囲に収められるように誰かの助けを求めなくてはなりません。バウンダリーは、自分と他者を区別し、効率のよい力の使い方を導くことで、これをバランスよく切り替えることを可能にします。 これは人間関係を継続するためにも重要です。相手を本当に大切にするからこそ、重荷となってしまいかねない相手の「ほしい」を断らなくてはならないときがあるのです。バウンダリーの働きにより、心身の健康を保ちながら他者との健全な対人関係を築くことができます。 ■よいものを取り込み、悪いものを排出する バウンダリーのもう一つの働きは、自分にとって何が大切で、反対に何が害になるかをはっきりさせることです。そのおかげで、私たちはよいものを内側に取り込み、悪いものを外へ排出できるようになります。 たとえば現実の生活では、家や部屋に置くものは、きれいで自分にとって価値があるものでなくてはなりません。汚れたものや使わないものは、ゴミとして外に出す必要があります。これは、こころの世界でも同じです。まず、私たちは自分のこころの世界によいものを取り入れていかなければなりません。 ここで重要なのは、こころの世界における「よいもの」とは、外部からではなく、自分の内面が定めるものであるという点です。こころの世界の事柄は、それが他の別の人にとってはよいものであったとしても、私たち自身にとって必ずしもよいものであるとは限りません。バウンダリーが働いていないと、そうした外部の意見こそが正しいと思い込み、自分にとって本当に必要なものを取り入れることに失敗してしまいます。 たとえば、余暇は大切な力の補充の機会です。普段から仕事のプレッシャーにさらされ、毎日の業務でクタクタになっているのであれば、余暇の時間はしっかりとした休息やリフレッシュできる趣味などにあてる必要があるでしょう。 しかし、近年は余暇を資格や語学の勉強など、さらなるスキルを身につける機会としなくてはならないという考えが広まっています。そうした外部の声に従って、自分の身体やこころが休みを「ほしい」と訴えているにもかかわらず、それを無視してスキルアップを試みていると、いずれバーンアウトしてしまいかねません。 さらに、こころの世界のなかで自分の力を奪うような悪いものを見つけたときには、それを外に排出する必要があります。そうしたものは、境界線を乗り越えて入り込んだ、もともとは他者のものである場合がほとんどです。あなたのスペースの安全やこころの健康を守るためにも、悪いものは外へ出さなければなりません。 たとえば、厄介な同僚や過干渉な家族と関わることで消耗したのであれば、友人やパートナーに聞いてもらって、外に出す必要があります。適切なグチはこころのゴミ捨てです。こうしてよいものを内に取り込み、悪いものを外に出すことで、私たちはこころの世界をクリーンに保ち、よりよいものへと変えていくことができるのです。 私たちは、付き合う人や状況に応じてバウンダリーの性質を変える必要があります。適切な相手に、適切なタイミングで関わることで力を得ることができるため、そのときにはバウンダリーの「門」を開いて他者を受け入れることが大切です。一方で、自分の力が奪われるような関係に対しては、バウンダリーの「壁」を高くして侵入を防がなければなりません。 状況に合わせて門や壁を柔軟に調整することは、バウンダリーの重要な役割といえます。多くの専門家が指摘するように、バウンダリーは完全に閉ざすのではなく、ある程度の柔軟性を持つことで、健全な人間関係を築く助けとなるのです。 若山和樹 臨床心理士・公認心理師 【関連記事】 ■どこからがハラスメント?人間関係を壊さず「いや」と「ほしい」をうまく伝えるコツ (臨床心理士 若山和樹) https://sharescafe.net/63043401-20260301.html ■パワハラする人と燃え尽き症候群を起こす人が共通して抱える「自他境界」の問題とは (臨床心理士 若山和樹) https://sharescafe.net/63043365-20260301.html ■親の面倒を見る子ども、秘密のない家族…距離が近すぎる家族が抱える「自他境界」という心の問題 (臨床心理士 若山和樹) https://sharescafe.net/63042160-20260228.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 若山和樹 臨床心理士・公認心理師 日本福祉大学非常勤講師。国際基督教大学博士前期課程修了(アーツ・サイエンス研究科比較文化)、愛知学院大学大学院博士前期課程修了(心身科学研究科心理学)。 医療機関でカウンセリングや心理検査などを行うほか、大学・専門学校での講師も務める。2020年からはカウンセリングルーム9Bにも所属し、対面・オンラインでのカウンセリングを実施。主な専門は、トラウマ関連疾患や解離性障害、発達障害の心理療法など。著書に『子どものトラウマ治療』(分担執筆:診断と治療社)、『トラウマと解離の文脈』(共訳:金剛出版)などがある。 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


