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「最近、やる気が出ない」
「締切直前まで取りかかれない」

こうした悩みに対し、多くの人は「気合が足りない」「根性がない」と自分を責めてしまいがちです。しかし、脳科学の視点から見れば、これは気持ちの問題ではなく、脳の防衛反応なのです。

今回は、脳科学の知見に基づいて、「やる気が出ない」のメカニズムを解明します。さらに、脳の神経可塑性を利用して、停滞したコンディションを劇的に回復させるための具体的な「入力(言葉)」のアプローチを紹介します。

■脳内の組織の「役割分担」を知る
私たちのコンディションは、脳内の4つの組織がチームとして連携することで決まっていると考えてみましょう(図1)。

・前頭前野(ナビゲーター): 言葉や思考を処理し、「どう振る舞うか」を決定する司令塔。
・扁桃体(セキュリティ担当): 入ってきた情報が「怖いか、安心か」を瞬時に判断するセンサー。
・視床下部(オペレーション部門): 扁桃体の判断を受け、自律神経や食欲などの「体の反応」を動かす実務部。
・側坐核(アクセル): いわゆる「やる気スイッチ」。脳内が安全だと判断されたときに稼働します。
「やる気が出ない」は心の弱さではない? 脳の回路を書き換える「入力」の仕方(西川晶子 精神科医)
(図1:脳の仕組みを分かりやすく示したイメージ図)

■「プレゼンティーズム」の正体:なぜ脳はやる気を「強制終了」させるのか
近年、健康経営の観点から注目されているのが、心身の不調を抱えながら業務を行う「プレゼンティーズム」による経済損失です。東京大学の試算では、その損失額は日本全体で年間約19兆円にのぼります(出典:東京大学「健康経営の推進に向けた検討事項」/日本健康会議資料等)。

このプレゼンティーズムの状態こそが、あなたの「やる気」を物理的に奪っているのです。心身に不調がある中で無理に仕事を続けようとすると、脳の司令塔である「前頭前野」は、不調というノイズを処理しながら業務を完遂させるために過剰なエネルギーを消費し、オーバーヒート状態に陥ります。すると脳は、心身が完全に燃え尽きて動けなくなるのを防ぐため、生命維持に直結しない機能を一時停止させる「緊急シャットダウン」を実行します。

■なぜ「やる気」にブレーキがかかるのか
前頭前野が限界を迎えると、扁桃体(セキュリティ担当)が「これ以上の活動は生存の危機である」という強烈なアラートを鳴らします。

すると視床下部(オペレーション部門)が交感神経系および視床下部-下垂体-副腎系を活性化させ、全身を「サバイバルモード」へと切り替えます。このとき、脳内のリソース(血液やエネルギー)は呼吸や心拍などの生命維持に優先配分され、意欲やワクワク感を司る「側坐核(アクセル)」への供給は後回しにされます。

つまり、プレゼンティーズムにおける「やる気が出ない」という現象は、脳があなたを守るために、あえて「やる気スイッチ」を物理的に遮断している状態なのです。

■言葉の「入力」で回路を書き換える
ここで鍵となるのが、脳には「可塑性(かそせい)」があるという点です。脳の神経回路は固定されたものではなく、外部からの刺激(入力)によってその構造や機能を変化させることができます。

脳の仕組みは、パソコンのタイピングによく似ています。間違ったキー(「migi」と打ちたいのに「mini」)を叩いている限り、望む結果(「右」)は画面に出てきません。脳も同様に、入力された言葉どおりに反応します。

そこで、意識的に以下のように「入力情報」を変えてみましょう。

「充分している」
「もう充分足りている」
「まだまだ余裕がある」
「意外とうまくいっている」

これらの言葉を繰り返し入力すると、扁桃体が「今は安全だ」と学習し直し、警報をオフにします。その結果、ようやく側坐核(アクセル)にエネルギーが回るようになるのです。

では、言葉の入力は何回繰り返す必要があるのでしょうか。カナダの心理学者ドナルド・ヘブが提唱した「ヘブ則(共に発火する細胞は共に結ばれる)」(※1)によれば、神経回路を強化するには、単発の刺激ではなく、一定時間内の集中した反復刺激が必要です。物理的に新しい神経回路を補強し、固定化させるための刺激回数として、50回前後が一つの有効な閾値とされています。
(※1)Hebb, D. O. (1949). The Organization of Behavior: A Neuropsychological Theory.

■自分を責める前に「入力」を変える
やる気がでない自分を「弱い」と責める必要はありません。それは脳の正常な生存戦略です。まずは1日のうちに数分、脳への入力を変えてみませんか。「充分している」「うまくいっている」。この言葉を50回ほど唱えることで、あなたの脳内に新しい「やる気の神経回路」が構築され始めます。新しい神経回路が動き出すとき、あなたのコンディションは驚くほどしなやかに回復していくでしょう。


西川晶子 精神科専門医・産業医・医学博士・公認心理師


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■プロフィール 西川晶子 精神科専門医・産業医・医学博士・公認心理師
早稲田大学大学院(心理学修士)を修了後、外務省に入省。その後、スタンフォード大学大学院にてコミュニケーション学修士号を取得。国際協力の現場でメンタルケアの重要性を再認識したことを機に、より直接的に人を癒やす道を志して滋賀医科大学へ学士編入学。卒業後、医師となってからは、精神科医として臨床に携わり、産業医として「働く現場」の快適な環境づくりをサポートしている。現在は、認知心理学と脳科学の知見を統合し、脳への「入力情報」をかえて、コンディションを整える独自のメソッドを共同開発中。「もっと頑張りたい」とか「頑張れない」と思う人々の心の安定性と快適さを引き出し、しなやかなパフォーマンスの発揮を追求している。

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