![]() 花粉症による経済損失は1日あたり約2,320億円——。2025年にパナソニックが発表した推計によれば、花粉症を持つ社会人の79%が「仕事のコンディションに影響がある」と回答し、パフォーマンス低下を感じる時間は1日平均2.8時間にのぼるとされています(※1)。 非常に大きな数字です。しかし、これほどの生産性損失がなぜ生まれるのか、その背景にある『心身への影響プロセス』は、これまで見過ごされがちでした。 企業の健康経営についてアドバイスも行う理学療法士の立場から、花粉症と生産性損失との関係性、そして企業として花粉症によるパフォーマンス低下にどう対応すべきかについて考えてみたいと思います。 ■研究が示したのは花粉症の「有無」ではなく「重症度」 「たかが花粉症」、それがなぜこれほど大きな生産性損失を引き起こすのか。2026年に発表された職域研究(※2)は、この問いに対して新たな視点を提示しました。 まず、単に花粉症の「ある群」と「ない群」を比較しただけでは、プレゼンティーイズム(出社はしているが不調により生産性が下がっている状態)に明確な差は認められませんでした。 つまり、単に「花粉症かどうか」という事実だけが、生産性を下げる決定的な要因ではなかったのです。 本当の分かれ道となったのは、症状の“重症度”でした。症状が重くなるほどプレゼンティーイズムは急激に悪化し、その背景には「うつ症状の進行」が深く関与していることが統計的に示されました。 これは、鼻水やくしゃみが物理的に仕事の手を止めている、という単純な話ではありません。重症化した花粉症がメンタルコンディションを著しく悪化させ、その結果として脳のパフォーマンス(生産性)が低下している――。この負のルートが明らかになったのです。 花粉症が気分を落ち込ませるというと違和感があるかもしれません。しかし、風邪をひいたとき体調だけでなく気分まで沈んだ経験はないでしょうか。それは気の持ちようではありません。 理学療法士として身体を見てきた立場から言えば、身体の炎症と気分の落ち込みは無関係ではなく、同じ生理反応の延長線上にあります。この構造を知らずに、花粉症によるプレゼンティーイズムを「気合いの問題」と捉えるのか、それとも「免疫反応」と捉えるのか。その違いは、組織としての対応を大きく左右します。 ■経営が設計できる3つのポイント そうはいっても、花粉症への対策を企業が取るとなると「個人の体質にどこまで介入すべきか」「コストがかかりすぎる」と考える経営者もいるでしょう。しかし、対策を講じないことで生じる「1日2.8時間の損失」を放置する方が、結果として大きなコストになる可能性もあります。 ここでは、具体的に3つの対策を挙げたいと思います。 (1)環境要因のコントロール(重症化の抑止) 空気清浄機の適切な配置や湿度管理は、花粉への曝露量を物理的に減らす対策です。症状を完全に防ぐことは難しくても、重症化のリスクを抑えることは可能です。春の3か月間に生じる生産性損失と比較すれば、検討に値する投資と言えるでしょう。 (2)プレゼンティーイズムの可視化 欠勤は数値として把握できますが、「出社している不調」は見えにくいものです。「最近集中できていない」「睡眠が十分に取れていない」といった変化は、対話がなければ表に出てきません。産業医との連携や、日常的なコミュニケーションの質がここで重要になります。 (3)メンタルとの重なりに目を向ける 「花粉症がひどくて」と相談を受けたとき、それが鼻症状だけの問題なのか、気分の落ち込みまで及んでいるのか。「最近眠れているか」「気分の落ち込みはないか」といった一歩踏み込んだ確認が、早期発見につながります。花粉症をきっかけに産業医面談へつなげる企業も増えています。身体の相談を入り口にすることで、メンタルの問題が早い段階で可視化されるケースも少なくありません。 ■春の生産性は「設計」で変えられる 毎年春になると、「今年も花粉が多い」で話題は終わりがちです。しかし本質は、花粉の量そのものではありません。問題は、症状が重症化し、うつ症状が重なり、生産性を押し下げている構造にあります。 花粉症は個人の体質の問題——。そう切り分けてきた結果、損失は毎年繰り返されてきました。けれど研究は示しています。生産性損失の本体は、「重症化」と「うつとの重なり」にあります。 環境を整え、重症化を防ぎ、身体とメンタルの両面に目を向ける。それは企業の設計で変えられる領域です。 「花粉症だから仕方ない」と片付けないこと。その視点の転換こそが、春のパフォーマンスを守る第一歩になるのではないでしょうか。 【参考文献・資料】 (※1)パナソニック株式会社「花粉症による労働力低下の経済損失額2025」(2025年2月) (※2)Sekine, Y., et al. (2026). Association between allergic rhinitis and work productivity in a nonclinical setting: a cross-sectional study. Journal of Occupational Health, 68(1), uiaf071. 木城拓也 理学療法士・整体 ピラティス事業「株式会社理学ボディ」代表取締役社長 【関連記事】 ■健康診断では見抜けないシニア雇用の意外なリスク「転倒」の防ぎ方 (木城拓也 理学療法士) https://sharescafe.net/63008711-20260214.html ■社員の「なんとなく不調」で年間6,500万円以上の生産性損失?健康経営優良法人「取っただけ」では終われないワケ (木城拓也 理学療法士) https://sharescafe.net/62915827-20260107.html ■猫背を直したいなら「足裏」から―理学療法士が教える“整え直し”の新常識(木城拓也 理学療法士) https://sharescafe.net/62707626-20251014.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール 木城拓也 理学療法士・整体 ピラティス事業「株式会社理学ボディ」代表取締役社長】 ![]() 「最高の技術で世界中を健康に」という理念のもと、“通わせない整体”を目指した理学療法士による整体と、理学療法士監修のピラティススタジオ「ルルト」を展開し海外進出も果たす。現在では日本と東南アジアを中心に170店舗以上を運営している。 公式サイト:https://kabushikigaisya-rigakubody.co.jp/ シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


