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夜20時前、都内の駅前。仕事帰りの人が行き交う中、ひとつの店の前だけに列ができている。看板には「麻辣湯」とある。並んでいるのは20〜30代の女性が中心だ。トングで野菜などの具材を選び、赤いスープで煮込まれた一杯を静かに食べていく。

麻辣湯は、中国発祥のスープ料理で、ショーケースに並んだ野菜や肉などの具材を自分で選び、春雨とともに辛いスープで煮込んで食べるスタイルが特徴です。2024年頃から専門店の出店が目立つようになり、「七宝麻辣湯」などでは行列が見られることもあります。

SNS上では麻辣湯の投稿が多数見られ、具材が一杯ごとに異なる様子が確認されており、特に20〜30代女性の利用が目立ちます。

なぜ今、麻辣湯なのでしょうか。ラーメンのような強い満足感を持つわけでもなく、サラダのように明確にヘルシーでもありません。それにもかかわらず、外食の選択肢として急速に定着しています。

このどっちつかずの存在が、なぜこれほど支持されるのか。一見すると不思議に感じます。単なる激辛ブームでは説明できません。

むしろこの現象の本質は、味ではなく「選ばれ方」にあります。ラーメンか、サラダか。その間で揺れる現代人の選択に対して、麻辣湯は明確な答えを提示しています。

なぜ麻辣湯がこれほど選ばれているのか。その理由をマーケティングの視点から読み解きます。

■ラーメンかサラダか、現代人の終わらない葛藤
外食を選ぶとき、多くの人は同じ迷いを抱えています。しっかり満足したいならラーメンや丼ものが頭に浮かびますが、同時に「重い」「太りそう」というブレーキもかかります。

一方で、サラダやヘルシー系の食事は安心感がありますが、「それだけで足りるのか」という物足りなさが残ります。満足感を取るか、健康を取るか。この二択はシンプルでありながら、日常的に繰り返される厄介な問題です。

特に20〜30代のビジネスパーソンは、この葛藤を強く抱えています。仕事のストレスを考えれば、ある程度しっかりした食事を取りたい。しかし同時に、体型や美容、将来の健康も気になる。

情報があふれる現代では、「何が体に悪いか」を誰もが知っているため、ラーメン一杯にも心理的な負担が生まれます。逆に、健康を優先しすぎると「我慢している感覚」が残り、満足度は下がる。このジレンマが、外食選びを難しくしています。

重要なのは、この問題が「どちらかを選べば解決する」という単純な話ではない点です。人は合理的に最適解を選んでいるわけではなく、「納得できる選択」を求めています。

ラーメンを食べれば満足はするがどこかで後ろめたさが残る。サラダを食べれば安心感はあるが、どこか物足りなさが残る。

この構造こそが、現代の外食における本質的な壁です。そして麻辣湯は、このどちらにも寄り切らない形で、この葛藤に入り込んできた存在なのです。

■麻辣湯が支持される「絶妙なバランス設計」
麻辣湯の本質は、単なる料理ではなく「設計」にあります。ラーメンのように満足感を強く押し出すわけでもなく、サラダのように健康を前面に掲げるわけでもない。

それでも多くの人が納得して選んでしまう。この不思議な現象は、複数の要素が組み合わさることで成り立っています。

まず大きいのが、「薬膳スープ」というイメージです。実際の栄養バランス以上に、「体に良さそう」という認識を強く喚起します。さらに、ショーケースに並ぶ大量の野菜を自分で選ぶ行為が、選択の自由度を高めています。

加えて、主食が白米や中華麺ではなく春雨であることも重要です。春雨には「軽い」「太りにくい」というイメージがあり、心理的なハードルを下げています。

一方で、味の満足感はしっかりと確保されています。スープには油分と旨味があり、辛さも加わることで食欲を強く刺激します。結果として、食後の体感はラーメンに近い。

それにもかかわらず、選んだ本人は「健康的なものを食べた」という感覚を持ちやすい。この認識と実態の差が、麻辣湯を特徴づけています。満足感と安心感を同時に成立させるこのバランス設計が、多くの人に受け入れられています。

■なぜ人はそのバランスに納得してしまうのか
麻辣湯の支持を理解するうえで重要なのは、食事の選び方が必ずしも合理性だけで決まるわけではないという点です。

カロリーや栄養を正確に比較して最適解を選んでいるわけではなく、「これなら大丈夫だろう」という納得感で意思決定をしています。この納得感こそが、麻辣湯の人気を支える見えない基盤です。

ポイントは「自己決定」にあります。麻辣湯は具材を自分で選ぶスタイルであり、そのプロセス自体が価値になります。野菜を多めに取れば「健康的にした」という実感が生まれ、多少カロリーが高くなっても納得できる。

逆にラーメンのように完成された一杯は、選択の余地が少ないため、食後の納得感をコントロールしにくい。この違いは小さく見えて、選び方に大きく影響します。

結果として、「しっかり食べたい」という欲求と、「できるだけ健康的でありたい」という意識の両方が満たされます。特別な工夫というよりも、現代人の感覚に無理なくフィットしている点に、この料理の強さがあります。

■強い商品は「葛藤の解消」が鍵
麻辣湯の広がりは、決して特殊な現象ではありません。むしろ多くの商品に共通する、「葛藤の解消」というパターンに当てはまります。消費者は常に、「こうしたいができない」という小さな矛盾を抱えています。その障壁を取り除いたとき、商品は広がっていきます。

例えば、森永製菓の「inゼリー(旧ウイダーinゼリー)」は、「本当は朝食を摂るべきだが時間がない」という葛藤を解消しました。食事と時間のトレードオフを「飲む」という形で乗り越えたのです。

また、コンビニのサラダチキンも同様です。「しっかり栄養を取りたいが手間はかけたくない」という葛藤に対して、手軽さと健康的にしっかり食べられることを両立させました。

麻辣湯も同じ構造です。「しっかり食べたい」と「健康的でありたい」という相反する欲求を、どちらか一方に寄せるのではなく、両立できる形に再設計している。

だからこそ新しい需要を生み出したのではなく、本来存在していたが表に出ていなかったニーズを顕在化させたと言えます。新しい欲求を作るのではなく、すでにある葛藤を解消する。その構造が、麻辣湯には当てはまります。

■なぜ人は麻辣湯を選ぶのか
「結局、中途半端なのではないか」という見方もあります。ラーメンほどの満足感があるわけでもなく、サラダほど明確に健康的でもない。どちらにも振り切れていない存在に見えるのは事実です。

しかし、まさにその中間であることに価値があります。人は常に最適解を求めているわけではなく、「今日はこれくらいでいい」という現実的な落としどころを探しています。

ラーメンでは重すぎるが、サラダでは物足りない。その間にある選択肢が、日常の中では最も選ばれやすいのです。

ここまで見てきた通り、麻辣湯が選ばれているのは、その構造にあります。多くの商品は、「満足感」か「健康」かといったトレードオフの中でどちらかを選ばせてきました。しかし麻辣湯は、この前提そのものを崩しています。

「しっかり食べたい」と「健康でありたい」という、本来は両立しにくい欲求を、無理なく同時に満たせる形に再設計した。つまり、選択を迫るのではなく、葛藤そのものを解消しているのです。

重要なのは新しい価値を足すことだけではありません。既存のトレードオフをどう崩すか、これも重要なアプローチです。この構造が成立したとき、人はその選択を取りやすくなります。麻辣湯はその典型的な形といえます。


木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント 株式会社ユアウィル 代表取締役

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■プロフィール 木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント 株式会社ユアウィル 代表取締役
kinoshita
「なぜ伝わらないのか」「なぜ売れないのか」を構造から整理し、露出・信頼・売上が一貫して成立する状態を設計する専門家。外資系企業で13年間マーケティングに従事。ベンチャー支援団体にて広報・マーケティング領域を経験した後、株式会社ユアウィルを設立。中小企業や個人事業主200社以上を支援し、構造や伝え方を整理することで、評価や機会につながるケースを数多く生み出す。支援したコンサルタントや中小企業診断士などが雑誌掲載されるなど、第三者評価につながる成果も多い。自身も30冊以上の法人向けビジネス誌や日本経済新聞等に寄稿。商工会議所や大学校などの教育機関では講演活動にも取り組み、実践的な考え方や方法を伝えている。近著に『コンサルタント・講師のためのPR戦略』(同友館)

公式サイト https://practical-marketingpr.com/
著書 『コンサルタント・講師のためのPR戦略』https://www.amazon.co.jp/dp/4496057603

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