![]() 「言っても分からないなら、殴るしかないじゃないですか」 千葉県にある八街少年院。私はここで、演劇の手法を使った「行動変容」のワークショップを行っています。このセリフは、卒院後に彼らが直面するであろう現場を想定したケーススタディに対し、グループディスカッションを行っていた一人の少年がこぼした言葉です。 この言葉だけを聞けば、少年の人間性に問題があると感じるかもしれません。しかし、彼が考えていたのは、足場建設現場での「安全指示を聞かない後輩役にどう関わるか」という場面です。教育係として、現場の安全を死守する責任感を強く持っているからこそ出た、彼なりの「正解」だったとも捉えられます。 その正義感の半面、なぜ「殴るしかない」という極端な思考に至るのか。そこには、彼らの圧倒的な「選択肢(カード)の少なさ」という課題があります。そしてこれは、現代の企業組織でハラスメントの加害者となってしまう管理職が抱える葛藤とも、地続きの問題なのです。 ■「24時間戦えますか」のサバイバーたちが抱える傷 現代の管理職の中には、「分厚いガラスの灰皿が飛んできた」「客先で粘りすぎて警察を呼ばれ、上司に『よくやった』と褒められた。そのまま帰社していたら怒鳴られていた」といった過酷な経験を語る人がいます。 私がお話を伺ったある方は、現在独立され、自らの痛みを乗り越えてハラスメントに毅然とした態度で向き合っています。ですが、こうした苛烈な環境を生き抜いた人々は、ある種の「サバイバー」と言えます。40代以上の方から話を聞く中で「俺たちのころは、24時間戦えますかの世界だったからさ」と笑いながら話す人は少なくありません。しかし、その後にぽつりぽつりと語られるのは、被害者としての深い傷です。 家庭内虐待の連鎖を止めることが困難であるように、職場にも負の連鎖が起きています。「今の若手をどう指導していいか分からない」と、彼らは自分が生き延びてきた“当たり前”と戦いながら、役職者として負の連鎖を止めようともがいています。 厳しい指導以外で育てられた実感や体験を持たない彼らは、理想と現実の狭間でフリーズし、結果としてかつての自分を苦しめたものと同じ手法を繰り返してしまうのです。 ■「カード」を持たずに現場へ送られる少年たち 話を少年院のプログラムに戻します。少年院の先生方の説明によれば、ここにいる少年たちの多くは、虐待的な環境で育つなど適切な対話のモデルがない背景を持っているそうです。 対話によって環境を変えたり、誰かと共に乗り越えたりした実感が乏しい彼らにとって、暴力的なコミュニケーションは、事態を即座に動かすための「非常に有効なカード」になってしまっています。さらに、暴力で相手を従わせた経験は、脳の報酬系を刺激する強烈な成功体験として記憶に刻まれます。一度その万能感を知ってしまうと、微細な対話による解決がひどく回りくどく、無力に感じられてしまう依存性を孕んでいるのです。 今回、少年院で行ったのは「フォーラムシアター」という演劇手法を用いたプログラムです。演劇を用いた研修は、欧米では企業や政府機関が導入する、行動変容のための標準的な手法の一つです。 八街少年院では卒院後に建設業に従事する少年が多いため、今回は足場建設の企業経営者の協力を仰ぎ、現場のリアリティを追求した「卒院後のよくあるケースモデル」を開発しました。プロの俳優や劇作家が入り、一筋縄ではいかない「現場の本音」が衝突するシナリオを作成したのです。 ■「受け身の学び」の限界 文部科学省も「アクティブ・ラーニング」(能動的な学び)の重要性を発信していますが、今の時代に求められているのは、単なる知識量ではありません。一方的にネガティブ事例や法的知識を伝えられる学習では、いざ現場に立った時に「実際どう動けばいいのか」とフリーズしてしまう可能性があります。 そこで有効なのが、以下のステップで進めるプログラムです。 1.アンチモデル(悪い見本)の上演 現場に潜む「認識のズレ」が生々しく描かれた、うまくいかない状況の劇を鑑賞する。 2.客観的分析とシェア 何が問題だったのか、どの瞬間により良い行動ができたかを話し合う。 3.別の関わり方の実践 参加者自らが舞台に上がり、役を交代して「新しいアプローチ」を実際に試す。 4.フィードバックとインタビュー 介入によって結末や内面がどう変わったかを全員で目撃する。 全員で攻略法を考えるゲームのような一体感があるため、少年たちによる自主的な「リハーサル」は時間いっぱいまで続きました。 ■アンケートから見る少年たちの変化 ワークショップ(対象:少年13名)における、自筆感想文の内容分析結果は以下の通りです。 •自己客観視・内省の深化:100%(13/13名) 全員が劇中の役の失敗を自分と重ね、自らの過去を客観的に振り返る記述が見られた。 •代替案の提示(試行):92%(12/13名) 暴力や沈黙ではない、具体的な「言葉選び」や「間の取り方」を模索し始めた。 •主体的な介入意識:85%(11/13名) 「自分が動けば状況は変わるかもしれない」という当事者意識への変化が記述された。 感想文の中では、全員が「自分ならこうする」という趣旨を綴っており、自己客観視の入り口に立ったことが分かります。また、「楽しく参加できた」という声も多く、深い内省を促しながらも、過度な抑圧のない学びの場となりました。 ■「現実の物語は自分の力で、書き換えることができる」 少年院は、社会で生き抜くための新たな「カード(選択肢)」を増やす場所です。これは学校教育や企業研修においても同様です。ルールや処罰だけで縛るのではなく、全員の実践によって新しい選択肢を増やしていくことが不可欠です。 「殴るしかない」「我慢するしかない」という無力感を、ほんの少しの「言葉や関わり方」で未来は変わるのだという確かな手応えに書き換えていく。自分とは違う他者とつながり、時にぶつかりながらも共に生きる力を育てていく。こうした「リハーサル」の積み重ねが、閉塞感のある社会を生き抜く力になると信じています。 葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表 【関連記事】 ■子どもの「僕って最強!」は挑戦できるサイン―子を伸ばす親のうまい関わり方 (森知香 メンタルトレーナー) https://sharescafe.net/63140655-20260413.html ■RPGに学ぶ、子どものやる気を爆上げする「即フィードバック」の効果 (森知香 メンタルトレーナー) https://sharescafe.net/63138098-20260412.html ■「勉強しないでゲームばかり」と思うなかれ。RPGに学ぶ、子どものやる気を引き出すコツ (森知香 メンタルトレーナー) https://sharescafe.net/63129404-20260408.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表 25年のキャリアを持つ現役脚本家。エンターテインメント作品の他、応用演劇の手法“フォーラムシアター”を使った少年院での更生支援や、行政の人権ワークショップ、企業の組織開発研修を実践。表現コミュニケーション教育の持つ「答えのない世界で生き抜く力」を、具体的なワークショップや研修プログラムへと落とし込む。パワハラ予防士、折れない心を育てるいのちの授業認定講師。いしかわ観光特使。 公式サイト http://www.stage-connect.com X https://x.com/kuzukiakira @kuzukiakira 公式サイト(個人) http://www.kuzukiakira.work シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |

