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締切が近いのに、なぜか仕事が進まない。気づけばスマホを手に取り、SNSや通知を確認している。「集中しなきゃ」と思うほど、集中できない。もしこれに心当たりがあるなら、それはあなたの意志の問題ではありません。脳の構造と環境の問題です。昨今の働く環境は、人間の脳が集中できなくて当たり前の構造になっているのです。

■スマホ1回で「23分」失われる現実
作業中に一度でも中断が入ると、元のタスクに戻るまでに平均23分かかるという研究報告があります。(※1)ここで重要なのは、これは「完全に集中できるまでの時間」ではない、という点です。つまり私たちは、気づかないうちに1回のスマホ確認で約20分の生産性を失っている可能性があります。これが1日に何回も起きているとしたら、仕事が終わらないのも、無理はありません。

■マルチタスクは「効率的」ではなく「能力を下げる」
「複数の仕事を同時にこなす方が効率的」はよくある誤解です。実際には、人間の脳はマルチタスクをしていません。やっているのは、高速な切り替えです。この切り替えが起きるたびに、脳はエネルギーを消費します。マルチタスクが認知機能に与える影響は深刻です。

ロンドン大学の研究(※2)では、マルチタスク中のIQ低下は一晩徹夜したくらいの睡眠不足に匹敵することが示唆されています。

マルチタスクは、脳の「司令塔」である前頭前野を麻痺させます。スタンフォード大学の研究(※3)によれば、複数の作業を同時に行う習慣がある人ほど、情報の取捨選択ができなくなり、注意力が著しく低下します。効率が下がるだけでなく、脳そのものが「集中できない体質」に変わってしまうリスクがあるのです。

つまりあなたは、起きているのに「脳が働いていない状態」で仕事をしている可能性があります。

■実は「触っていなくても」集中力は奪われる
さらに厄介なのは、スマホは使っていなくても影響するという点です。スマホが視界にあるだけで、脳は無意識に「通知を無視する」ためのリソースを使います。その結果、集中に使えるはずのエネルギーが削られていく。これは「気のせい」ではなく、脳の仕組みそのものです。

■問題は「意志」ではなく「環境設計」
ここまで読むと、「じゃあ、もっと我慢すればいいのでは?」と思うかもしれません。
しかし、それは難しいです。なぜなら、人間は「誘惑に勝つ」ようにはできていないからです。特にスマホは、脳の報酬系を直接刺激する設計になっています。つまりこれは、個人の努力ではなく環境の問題です。

■今日からできる「集中を取り戻す3つの方法」
ではどうすればいいのか。重要なのは「意志」ではなく仕組み作りです。

(1)スマホは「手元」ではなく「視界の外」へ
机の上に置くだけで集中力は落ちます。最も効果的なのは、物理的に距離を取ることです。カバンの中に入れる、別の部屋に置く。これだけで、脳の負担は明確に減ります。

(2)通知は「時間で遮断」する
おすすめは、通知を常に切るのではなく時間で区切ることです。

例えば、
・9:00〜10:30 → 通知オフ
・10:30〜 → 確認タイム

こうすることで、「いつでも見られる安心感」と「集中」を両立できます。

(3)あえて「何もしない時間」を作る
集中が切れたとき、多くの人はすぐスマホに手を伸ばします。しかしそれでは、脳は回復しません。おすすめは、5分間、何もしない時間を作ることです。

ぼーっとする、外を見る、目を閉じる。これだけで、脳は自然とリセットされます。

■あなたの生産性を奪っているのは何か
仕事が終わらない理由は、「能力」でも「やる気」でもありません。環境が、あなたの脳に合っていないだけです。

スマホを遠ざける。
通知をコントロールする。
何もしない時間をつくる。

これらはどれもシンプルですが、実行すれば確実に変化が出ます。まずは一つだけで構いません。「スマホを視界から消す」ことから、試してみてください。

【参考】
※1 Gloria Mark, Daniela Gudith, and Ulrich Klocke. (2008). "The Cost of Interrupted Work: More Speed and Stress." In Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems (CHI '08). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, 107–110.

※2 Hewlett-Packard. (2005). Infomania Study (Research conducted by Dr. Glenn Wilson at the Institute of Psychiatry, University of London).

※3 Ophir, E., Nass, C., & Wagner, A. D. (2009). Cognitive control in media multitaskers. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(37), 15583-15587.


西川晶子 精神科専門医・産業医・医学博士・公認心理師


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■プロフィール 西川晶子 精神科専門医・産業医・医学博士・公認心理師
早稲田大学大学院(心理学修士)を修了後、外務省に入省。その後、スタンフォード大学大学院にてコミュニケーション学修士号を取得。国際協力の現場でメンタルケアの重要性を再認識したことを機に、より直接的に人を癒やす道を志して滋賀医科大学へ学士編入学。卒業後、医師となってからは、精神科医として臨床に携わり、産業医として「働く現場」の快適な環境づくりをサポートしている。現在は、認知心理学と脳科学の知見を統合し、脳への「入力情報」をかえて、コンディションを整える独自のメソッドを共同開発中。「もっと頑張りたい」とか「頑張れない」と思う人々の心の安定性と快適さを引き出し、しなやかなパフォーマンスの発揮を追求している。

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