![]() これは経済欄の遠いニュースではない。近くの飲食店が閉まり、地域の運送会社が動けなくなり、身近なサービスが静かに減っていくということだ。 「実力がない会社が潰れるだけ」、「魅力があれば人を採用できるはず」という意見もある。しかし、もし人手不足倒産が社長や会社ごとの努力不足だけで決まるなら、倒産する業種にここまでの偏りは出ないはずだ。 人手不足倒産は、経営者を責めて終わる話ではない。なぜ特定の業種で人手不足が倒産にまでつながりやすいのかという、構造の問題でもある。本記事では、中小企業診断士として、この問題を市場の力関係と、事業構造の両面から考えてみたい。 ■人手不足倒産を生む3つの構造要因 なぜ、特定の業種で人手不足が倒産にまでつながりやすいのか。まずは、その背景にある3つの壁を見ていきたい。 一般的に「値上げできない会社が苦しい」と見られがちだが、現実には飲食店や建設会社の多くは、まったく値上げしていないわけではない。問題は、上がったコストに見合うだけの値上げがしにくいことである。少しは上げられても、大きく上げれば客離れや失注が怖い。ここがまず一つ目の壁である。 二つ目の壁は、人件費がコストの中心にあることだ。飲食業は、厨房にもホールにも人が要る。建設業は、技能を持つ人がいなければ現場が回らない。こうした業種では、賃金の上昇がそのまま経営を直撃しやすい。材料費の上昇も苦しいが、人件費が真ん中にある以上、人手不足の時代ほど痛手が大きい。 三つ目の壁は、人がいなければ仕事そのものが消えることだ。飲食店なら、営業時間を縮めるしかない。建設業なら、工程が遅れ、受けた仕事を回せなくなる。つまり人手不足は、コストが増えるだけでなく、売上を立てる力そのものを削る。だから人手不足倒産は、単なる採用難として片づけられない。 ■飲食業や建設業が苦しい理由 飲食業の苦しさは、値上げしにくいことだけではない。客の値ごろ感が強く、食材費や人件費が上がっても、それに見合うだけ一気に価格を上げるのは難しい。しかも昼や夜のピーク時には、一定の人数を確保しないと店が回らない。少しの人手不足が、そのまま回転率や接客の質に響きやすい業種だ。 さらに、人手不足はコスト増で終わらない。待ち時間が長くなり接客の質が落ちれば、客足が遠のく。飲食業では、人手不足が売上を作る力まで削ってしまう。だから、値上げしたのに苦しい、ということが、十分に起きるのである。 建設業も、単価を上げにくいというだけでは説明が足りない。技能を持つ人がいなければ工程そのものが動かず、しかも工期は待ってくれない。安全面でも、単に人数を減らせば済む仕事ではない。 そのため、人手不足はコスト増にとどまらず、現場の遅れや次の受注機会の損失にまでつながりやすい。受注はあるのに回せる力が足りない、というのが建設業の怖さだ。 つまり人手不足倒産とは、単なる採用の失敗ではない。値上げがコスト増に追いつかず、人件費の重さが直撃し、人がいなければ仕事そのものが消える。その三つが重なった時に起きる。 ■生き残る会社と倒産する会社の違い 同じように人手不足でも、倒れる会社と残る会社の差は、単に値上げしたかどうかではない。上がったコストに対して、顧客が「それなら払う」と思える理由を作れたかどうかである。 たとえば、大阪府門真市の大日運輸は分かりやすい例だ。この会社はもともと建設現場への建材配送を主力にしていたが、1990年代に価格競争へ巻き込まれ、主要顧客の商流変更などで売上を大きく落とした。単に物を運ぶだけでは、運賃の世界でしか比べられず、価格競争から抜け出しにくかったのである。 そこで同社が目を付けたのは、配送そのものではなく、顧客の現場で手間のかかっていた加工工程であった。外壁材のコーナー部材は、現場ごとに加工や修正が必要になることがあり、その手間が現場の負担になっていた。大日運輸は、配送した建材の端材を回収し、現場仕様に合わせて加工して再納品する「大日ECOコーナー」を始めた(参考:中小企業白書2020 中小企業庁 2020/04/24)。 つまり同社は、運賃そのものを無理に上げるのではなく、現場の工数削減や廃材削減という新しい価値を足した。そうすることで「それなら払う意味がある」と思ってもらえる形に変えたのだ。 人手不足時代の分岐点は、人が足りない時に仕事の形そのものを変えられるかどうかにも出る。 たとえば、富山県氷見市の平和交通は、貸切バス業で長くバスガイドの人材問題に悩まされてきた。繁忙期と閑散期の差が大きく、必要な時だけ人を確保するのは難しい。しかも規制緩和後の価格競争で貸切代金は下がる一方、派遣バスガイドの人件費は高騰し、繁忙期には1泊2日で6万~7万円がかかることもあった。この会社が苦しかったのは、単に人手不足だからではない。価格は下がる一方で、人に強く頼るコストだけが重くなるという構造があった。 そこで同社は、バスガイドを全部なくすのではなく、その役割の一部を別の形で補う道を選んだ。GPSを使った自動観光ガイドシステム「タビ子」を開発し、バスガイドが同行しないツアーでも、乗客が移動中に観光情報を楽しめるようにした。 ここで大事なのは、これが単なるIT導入ではないことだ。人がいなければ売れない仕事を、人が少なくても成り立つ形へ少しずつ作り替えた点に意味がある。 さらにこの事例の面白さは、派手なDXで終わっていないことだ。iPad版は改修費が重くなり、同社はそれを見切って、社長自らVBAというプログラムで「タビ子2」を作り直した(参考:中小企業白書2021 中小企業庁 2021/07/03)。 平和交通がやったのは、最新技術を追うことではなく、人手依存の重い部分を見つけ、身の丈に合う形で置き換えることだった。人手不足の時代に差がつくのは、人数の多い会社ではない。人が足りない現実に合わせて、仕事の提供の仕方を変えられる会社なのである。 ■自己責任だけで終わらせない思考が大切 やはり工夫できなかった会社が潰れたのではないか、と思う人もいるかもしれない。たしかに、顧客の現場のムダを見つけて新しい価値を作った会社や、人に頼り切る仕事の形を少し変えた会社は、厳しい中でも踏みとどまりやすい。 だが、その事実だけを取り出して「結局は自己責任だ」と言うのは早すぎる。なぜなら、どの会社にも同じだけ工夫の余地があるわけではないからである。顧客との力関係が強すぎて値上げが通りにくい会社もある。人を代える余地がきわめて小さい現場もある。つまり、工夫の差はある。だが、その工夫が通用する余地にも差がある。 大日運輸のような工夫も、顧客の現場に入り込み、困りごとを受け止めてもらえる関係があって初めて意味を持つ。平和交通のような工夫も、価格だけで選ばれない場面があるから武器になる。 つまり、倒れる会社と残る会社の差は、社長一人の腕前だけで決まるわけではない。荷主が運賃の見直しを認めるか。元請けが下請けに無理を押しつけないか。客が値上げを受け入れるか。そうした外側の条件によって、同じ工夫でも効き方は大きく変わる。ここを無視して工夫不足といってしまえば、問題は一気に雑になる。 だから本当に見るべきなのは、会社が何をしたかだけではない。どんな工夫なら通りやすく、どんな工夫は最初から通りにくいのか。その差を生む取引慣行や市場の力関係まで含めて見る必要があるのだ。 必要なのは二者択一ではない。人手不足倒産を「弱い会社が消えただけ」と見るのも浅いし、「全部市場のせいだ」と言って思考停止するのも違う。まず構造の重さがあり、その上に工夫の差が出る。その順番で見るべきだ。 人手不足倒産とは、経営者を責めるための材料ではない。安さを当然としてきた社会の限界が、運送、建設、外食といった身近な現場から先に表れている。 濵口誠一 中小企業診断士 【関連記事】 ■星街すいせいはなぜ卒業しないのか?カバーが選んだ「囲い込まない経営」(濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63129474-20260409.html ■「食えない資格」中小企業診断士が会社員に注目されるようになった理由(濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/62650313-20250919.html ■Switch2の落選地獄は任天堂の「品薄商法」なのか(濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/62572364-20250817.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万?(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール 濵口誠一 中小企業診断士】 従業員2万名の企業から10名の企業まで、約20年経営企画に従事し1000件以上の事業計画を策定。現在は中小企業診断士として経営戦略から実行支援まで行う。 言語化・数値化を得意とし「話しているだけで悩みが解決した」「目標が従業員に伝わるようになった」という評価多数。 公式サイト https://billion-break.com/ X:https://x.com/hamatoukon @hamatoukon シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |



