unnamed
■2026年、拘禁刑導入。更生の現場で今、起きていること
2026年、日本の刑務所の在り方が大きく変わります。「懲役」と「禁錮」を一本化した「拘禁刑」の導入です。これまでの刑罰は規則正しい「作業(労働)」が中心でしたが、新制度では個々の特性に応じた「指導(教育)」へと、より一層重きが置かれます(参考:刑法等の一部を改正する法律案(拘禁刑の創設等) 法務省)。

この大きな制度改正を背景に、少年院の現場でも新たな教育の模索が続いています。私は千葉県八街市にある少年院で、月に一度、演劇をベースとした表現コミュニケーションのプログラムを行っています。そこで出会ったのは、情緒や発達の面で特性を持つ少年たちが、身体を通じた表現の中で見せる「明確な変化」という事実でした。

■「肩車」を知らない少年たちと、更生の土台
幼少期に適切な愛着体験や遊びが十分に足りていない「逆境的小児期体験(ACEs)」が、脳の情動制御に影響を与え、非行の引き金になり得る。これは米国での調査でも、少年院等に収容されている少年の約9割以上(一説には93%)にACEsが該当するというデータがある世界的な事実です。

ワークを行っている少年院の教官の方々からの説明でも、やはり「9割程度の子たちが、何らかの逆境的体験を抱えている」と伺います。一般的な家庭や学校で経験するはずの日常的な遊びや、文化に触れる機会が足りないまま、彼らは大人になっていくのです。

八街少年院では、以前の記事で書いた「フォーラムシアター(葛藤解決を模索する演劇)」を行う「A2課程(反社会的な価値観や認知の偏りなど、資質上の問題がある層)」だけでなく、知的・発達面の特性を持つ「N2課程(知的障害もしくはそれに準ずる能力、または発達障害がある層)」の少年たちに対しても、演劇手法をベースとしたプログラムを通じてアプローチを続けています。

彼らとワークショップを共にする中では、ごく普通の少年たちだと感じることがほとんどです。しかし時折、彼らから投げかけられる問いに、ふと彼らの背景を感じることがあります。

「潮干狩りって何ですか?」
「家で魚や野菜を食べたことがない」

さらには、「肩車って、なんですか?」という声も上がりました。彼らにとって肩車は言葉として聞いたことすらなく、その光景をイメージすることすら難しい未知の概念だったのです。

本プログラムを導入する際、少年院とはどんな場所なのかの説明を受ける機会がありました。警察に検挙・補導される少年は年間約11万人(令和4年度データ等)。そのうち少年院に送致されるのは、わずか4%程度(約1,600人)に過ぎないこと。そして八街少年院は国内でも特に非行傾向の強い少年が収容される施設であること。

その上で、院長からは「彼らに楽しい経験をさせてあげたい」というお話がありました。

「楽しい経験に税金を使うのか」という厳しい意見もあるかもしれません。しかし、彼らの多くは「他者は自分を害するもの」「社会は苦しい場所」という根深い厭世観(えんせいかん)を抱えています。義務や規律、叱責ばかりの環境下で、コミュニケーションの学びを「楽しくない、苦痛なもの」と感じれば、彼らは即座に心のシャッターを下ろし、対話や自己表現への意欲を失ってしまいます。

自己理解や他者協力につながる「楽しい体験」をすることで、過去の体験機会の不足を補い、他者と関わることへの抵抗感を和らげる。柔軟に協力して何かを創り上げる経験を積むことこそが、非認知能力を育み、再犯率を低下させるための現実的な道なのです。

■「承認」が引き出す創造性と、自発的な変化
プログラムでは「自分を感じる」「他者と関わる」「協働する」「創作する」の4本柱を据えています。当初は教官の方々とも「そもそも参加できない子がいるのではないか」と危惧していました。しかし、私語が厳禁とされ、常に緊張感のある院内で、少年同士や先生方と創意工夫ができるこの場に、彼らは驚くほど意欲的に取り組んでくれました。

「ただ歩くだけでいい」「無理にはやらなくていい」と少しずつアイスブレイクを重ねると、終わるころには緊張していた空気がふわっと緩んでいきます。初期の感想文には、ファシリテーターに対して「あの笑顔も演技(嘘)なのではないか」という戸惑いも見られましたが、回を重ねるごとに「次はもっとこうしたい」といった意欲と主体性が生まれていきました。

我々が徹底しているのは、とにかく「肯定的に関わること」です。正解・不正解のジャッジを捨て、その場から生まれる表現をまずは受け止めます。例えば、暴力的な関わりを「カッコいい」と感じているような表現が出た際にも、「そういうのが好きなんだね!じゃあ次は、違うパターンもチャレンジしてみよう!」と声をかけます。

彼らにとって、暴力は日常的なコミュニケーション手段でもあります。それを単に禁止するのではなく、別のアイデアへの挑戦に対して「それいいね!」「面白いね!」と承認のシャワーを浴びるような経験を重ねることで、彼らは「新しい選択肢」を安心して試せるようになります。

これは組織運営などにも言えますが、新しいアイデアが肯定的に受け入れられる場であると確信したとき、人の創造性は一気に開花します。承認を受けると、彼らは驚くほど年相応の素直な反応を見せ、自発的な提案が次々と生まれていくのです。

ある時、引っ込み思案な少年が「見学」を希望したため、自主性を尊重して無理なく先生と共に見てもらっていましたが、楽しそうにアイデアを出し合う仲間たちのやり取りをじっと見ていた彼は、終了直後に「やっぱり入りたかった」と教官に向かってつぶやいたそうです。翌月、プログラムに参加した彼は、人一倍のアイデアを持って大活躍してくれました。

■「身体知」がもたらす、のびやかな対話
こうした演劇プログラムの効果は、世界的に証明されています。米国のシンシン刑務所で行われている「Rehabilitation Through the Arts (RTA)」では、演劇を学んだ受刑者の再犯率が3%(一般的には60%超)という驚異的なデータも出ています(参考:Rehabilitation Through the Arts (RTA) Official Site)。

4月のワークショップでは、地元の郷土資料館からお借りした民話を劇にしました。「徳川家康が籠(かご)に乗って鷹狩りに来た」という描写に対し、部屋にあるものを駆使して「階段を籠に見立てよう」「これをテープで巻いたら杓子(しゃくし)に見える」と次々にアイデアが出ます。

その中で、チームで話し合って大きな木を表現する場面がありました。できるだけ大きな木を表現しようと話し合う中で出たのが、肩車というアイデアでした。そこで、先述の「肩車って何ですか?」という質問に繋がります。

教官と相談して「やってみよう」となり、肩車という言葉すら知らなかった少年が、大人に肩車をされ、その上で枝を広げるように木を表現しました。

十数年の人生でおそらく初めて、大人に身を預けた「全幅の信頼」という肉体の経験。その瞬間に立ち会えたことは、私の中で非常に大きな出来事でした。

言語化にプレッシャーを感じる子は、言葉で感想を求められると冷や汗をかいて固まってしまうことがありますが、身体的な表現コミュニケーションにおいては驚くほど雄弁で、のびやかです。そこには何の「障害」もなく、スムーズなやり取りが行われます。

既存の「枠」に当てはめようとすると苦手なことが多い子なのかもしれませんが、この演劇の場においては、彼らは何の問題もありません。それどころか、素晴らしい表現者であり、協力者なのです。

■AIには代替できない、レジリエンスという力
劇作家の野田秀樹氏は、令和8年度の東京大学学部入学式の祝辞で、AIと人間の対比に触れ、「人間には知能以外の身体、肉体があります。けれどもAIには体がない。これこそが、AIの最大の弱点なんです」と語りました。そして「AIがあなた方の『若い身体』を、『その身体に根ざす若い心』を超えることは決してない」と新入生を激励しました。

「自分は受け入れられている」「自分にも何かを創る力がある」という実感を一度も持てないまま社会に戻ることは、再犯のリスクを高めます。正解のない問いに他者と身体を動かして解決策を創り出す。この経験こそが、現実でつまずいても再び立ち上がる「レジリエンス(回復力)」を育みます。

AIがどんなに「それらしい答え」を生成できても、他者と息を合わせ、肩車をして一つの木になるような「肉体の経験」を代替することはできません。

効率が求められつながりが希薄な今だからこそ、身体を通じたコミュニケーションはこれからの更生支援、そして特性を抱える子への教育の要になると確信しています。


葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表


【関連記事】
■「殴るしかない」はなぜ生まれるのか? 少年院で見えた職場ハラスメントとの共通点 (脚本家 葛木英)
https://sharescafe.net/63144865-20260415.html
■親が決めた目標では子は動かない―RPGに学ぶ“ワクワクするラスボス”の見つけ方 (森知香 メンタルトレーナー)
https://sharescafe.net/63153400-20260419.html
■「失敗させたくない」が成長を奪う―RPGに学ぶ親の“ちょうどいい関わり方” (森知香 メンタルトレーナー)
https://sharescafe.net/63153368-20260419.html
■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/62674731-20250930.html
■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/61186482-20240125.html


■プロフィール 葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表
kuzuki
25年のキャリアを持つ現役脚本家。エンターテインメント作品の他、応用演劇の手法“フォーラムシアター”を使った少年院での更生支援や、行政の人権ワークショップ、企業の組織開発研修を実践。表現コミュニケーション教育の持つ「答えのない世界で生き抜く力」を、具体的なワークショップや研修プログラムへと落とし込む。パワハラ予防士、折れない心を育てるいのちの授業認定講師。いしかわ観光特使。

公式サイト http://www.stage-connect.com
X https://x.com/kuzukiakira @kuzukiakira
公式サイト(個人) http://www.kuzukiakira.work

この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。