![]() しかし、この数字を見て「うちは給料が低いから人が来ない」と考えた社長がいるとすれば、問いの立て方から間違っている。 ■問題は、複合的圧力の中で積み重なる 2025年度の問題は、人手不足に限らない。物価高倒産は801件で2022年度以降最多。コロナ借換保証の最後の返済がピークを迎え、加えて政策金利の引き上げで貸出金利も上昇している。倒産件数全体は1万505件と12年ぶりの水準で、負債1億円未満の小・零細規模が全体の76.7%を占める。 物価高で利益が削られ、金利上昇で資金コストが上がり、コロナ融資の返済が始まる。この三重苦の中で、さらに人材まで確保できないとなれば、会社が立ち行かなくなるのは必然だ。 こうした複合的な圧力を前に、多くの社長が取る行動がある。「もっと忙しく動く」「もっと声を大きくする」「俺についてこい、と言い続ける」。それが、問題をより深刻にしている。 ■「俺についてこい」はリーダーシップではない セルズニックという組織論の研究者は、トップが本来果たすべき役割を「制度的リーダーシップ(組織の存在意義と進む方向を示す役割)」と定義した。それは「どうやってやるか」ではなく「なぜ、どこへ向かうのか」を示すことだ。現場で先頭に立ち、声を張り上げることではない。 問いを立てる力と、未来を言語化する力。これが社長にしかできない仕事である。 ところが実績で社長になった人間には、特有の罠がある。高橋伸夫・東京大学名誉教授(現・東京理科大学教授)はこれを「技術への逃避」と呼ぶ。かつて営業で結果を出した社長は、困難な局面に直面するたびに「自分が動く」ことに戻っていく。それは「どうやって」の思考であり、「なぜ・どこへ」の問いを回避する行為だ。 人材が確保できない会社の社長の多くは、忙しい。しかし、忙しさの種類が違う。 ■賃金競争という「負けが決まった戦い」 中小企業が採用で大企業と賃金競争をすることは、最初から結果が決まっている戦いだ。 組織行動論の古典として知られるマーチ=サイモンは『オーガニゼーションズ』でこう指摘している。「賃金は、全体として数ある報酬のうちの一つにすぎない」。そして賃金の効用は「要求水準の変化につれて時とともに変化し、そのため奨励給の効果は安定しない」とも述べた。これは1958年の指摘である。 70年前にすでに答えは出ていた。賃金を上げても、それが「当然の水準」として認識された瞬間に効果は消える。 人が会社に留まる、あるいは会社を選ぶ最大の理由は別にある。高橋教授の研究はこれを「見通し」と定義した。「見通しがあれば、満足度が低くても離職率は下がる」——この知見は、日本金融通信社(ニッキン)が2025年11月に実施した転職意識調査(280名)でも実証されている。 転職を考えた理由の1位は「キャリアアップのため」(64名)、2位は「会社の将来性への不安」(53名)、3位は「仕事内容への不満」(50名)だった。給与・福利厚生への不満は31名で5位にとどまった。 人は賃金ではなく、「この会社で自分はどうなるのか」「この会社は5年後どこにいるのか」という見通しを求めている。その見通しを示せるのは、社長だけだ。税理士にも、銀行にも、従業員にも示せない。 ■「見通し」を示す道具 見通しを示すための具体的な手段が、事業計画書である。中小企業白書が繰り返し示すように、事業計画を策定している中小企業は全体の約3割にすぎない。残り7割の社長は、見通しを示せないまま採用活動をしている。 求人票に書けるのは条件だけだ。しかし、採用面談の場を想像してみてほしい。「あなたは何ができますか、これまで何をしてきましたか」という質問だけで終わる面談と、「当社はこういう目標を持ち、この方向性で進んでいく。そのために、こういう人材を求めている。そして、これだけの成果を出せるようになれば、給与はこのように変わっていく」と社長が説明できる面談——求職者はどちらの会社で働きたいと思うだろうか。 社長が見通しを持っているかどうかは、面談の場で一瞬で伝わる。給料を上げることを否定しているのではない。見通しがあって初めて、給料の上げ方が意味を持つ。見通しのない会社で給料を上げても、それは条件の改善にすぎず、人を引き留める力にはならない。 複合的な圧力がかかる今だからこそ、社長の役割は従業員にハッパをかけることではない。状況が厳しいほど、従業員も求職者も「この会社はどこへ向かっているのか」を知りたがっている。 「なぜ自分の職場には行き先が見えないのか」——その問いに悩む従業員が増えているとすれば、答えはシンプルだ。社長が目的地を持っていないからである。 「俺についてこい」だけでは、目的地を示さない航海と同じだ。どれだけ力強くオールを漕いでも、行き先が見えなければ、船員は舷側から海を見るようになる。中小企業の社長のリーダーシップのスタートは、会社の目的地を示すことである。 【参照・出典】 ・東京商工リサーチ「2025年度『人手不足』関連倒産調査」 ・東京商工リサーチ「2025年度の全国企業倒産(負債総額1,000万円以上)」 ・『オーガニゼーションズ』マーチ、サイモン(ダイヤモンド社) ・『虚妄の成果主義』高橋伸夫(日経BP社) ・日本金融通信社(ニッキン)「転職意識調査」2025年11月実施(回答者280名) ・中小企業庁『中小企業白書』 長瀬好征 合同会社エバーグリーン経営研究所 代表社員、経営コンサルタント 【関連記事】 ■良かれと思った「返済猶予」が会社を殺す——支援機関が自ら認めた“計画なき延命”の正体 (長瀬好征 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/63170165-20260426.html ■伊藤忠「部長年収5000万円」は高すぎるのか―近江商人に学ぶ報酬の合理性 (長瀬好征 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/63153215-20260419.html ■なぜニデックで不正会計は起きたのか?「誠実さ」を失った組織の代償 (長瀬好征 経営コンサルタント) https://sharescafe.net/63152891-20260419.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 長瀬好征 合同会社エバーグリーン経営研究所 代表社員、経営コンサルタント ![]() 公式サイト http://evergreen-mgt.biz/ ブログ https://evergreen-mgt.biz/blog/ YouTube https://www.youtube.com/channel/UC-AGeWvbpXm6ruOzaWhAhkA シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


