unnamed
ニトリが通年採用の枠を広げる(参考:ニトリが新卒「いつでも面接」、採用戦略を転換 日本経済新聞 2026/04/17)。学生側には柔軟化に映るが、企業側、とりわけ現場には、新人教育の常態化という重い課題だ。

採用の入口を広げること自体は時代の流れである。しかし企業にとって本当に難しいのは、入ってきた人材をどう育て、どこで戦力化するかである。

問題は、通年採用が採る時期だけを変える話ではない点にある。採った後の育て方まで変えないと、制度だけが先に進み、現場がしわ寄せを引き受ける。見た目は柔軟化でも、現場から見れば、受け入れと育成が絶え間なく続くことになる。

核心は、新人が入ってきたとき、何をどこまでできたら戦力なのか、を定義できているかである。接客ができる、レジに立てる、売場を任せられるといった言葉が曖昧なままでは、配属先ごとに期待値がずれ、教える側も教わる側も疲弊する。

ニトリの通年採用が突きつけているのは、日本企業の育成の解像度である。現場で人事制度を回してきた中小企業診断士として、通年採用の問題を組織運営とマネジメントの視点で考えてみたい。

■4月一括入社は育成の粗さを吸収していた
4月一括入社の仕組みは、単なる昔ながらの慣行ではない。採用、研修、配属、OJTを同じ時期に動かし、教育負荷を一定期間に集約するための運用装置であった。

新人がまとまって入るからこそ、会社も現場も、この時期は教育コストが増えると最初から織り込めた。教育担当を厚めに置き、店長が面談時間を確保し、多少現場の生産性が落ちても一時的なものとして受け止める。4月一括入社とは、教育を例外ではなく季節業務として処理できる仕組みだったのである。

本来、何をどこまでできたら戦力かは、人事が現場とともに定義しておくべきものである。だが新卒一括採用の時代は、それが多少粗くても回っていた。理由は、同期集団という緩衝材があったからである。新人が複数いれば、分からないことを互いに補い合え、集合研修で基礎理解もそろえやすい。つまり一括採用は、戦力定義の精密さが多少足りなくても、同期、研修、横並び運用で曖昧さを吸収できる仕組みだったのである。

しかし通年採用では、この吸収装置が効きにくくなる。入社時期がばらければ、教育負荷を一時的な波として処理できない。同期集団も薄くなり、新人同士で補い合う力も弱くなる。現場は通常業務を回しながら、その都度、一人ずつ受け入れなければならない。

このとき、新卒に求める能力やスキルが粗いままだと、この人はいま何をどこまでやる段階なのかが曖昧になり、4月なら横並びで回せたものが、通年採用では場当たり的な対応に変わる。

つまり通年採用が暴くのは現場の努力不足ではない。一括採用のもとで運用が吸収してきた制度の粗さそのものであり、そこにこの変化の本当の重さがあるのである。

■通年採用で育成のばらつきが表に出る
通年採用でまず表に出るのは、新卒に求める能力やスキルが曖昧なことによる成長のばらつきである。

ある新人は、教え方のうまい先輩に当たり、最初の1週間で売場の全体像を教わる。朝礼で何を見るのか、接客では何を優先するのか、レジはどこまで覚えれば次に進めるのかを順番に示されるため、自分の現在地が分かる。

だが別の新人は、忙しい現場に入り、「まずこれをやって」「次はこっちを見て」と細切れの指示だけを受ける。商品の補充をしたかと思えば、次は接客の横に立たされ、レジにも入るが、どこまでできれば合格なのかは示されない。これでは、本人は叱られているのか育てられているのかも分かりにくい。

新人に求めるものが明確でなければ、どこまで求めるかは指導者次第になる。結果として、本来なら育つ余地のある新卒まで、「まだ使えない」「戦力化が遅い」と見なされやすくなる。通年採用が生みやすいのは、能力差以上に、育成の当たり外れで成長が決まる状態なのである。

次に管理職の負担が重くなる。4月一括入社なら、面談、進捗確認、教育担当とのすり合わせ、立ち上がりのチェックを一定期間にまとめて置きやすい。

だが通年採用では、入社時期がずれるたびに、初週の確認、2週目のフォロー、1か月後の振り返りが通常業務の中へ差し込まれる。月初は予算確認、中旬は売場づくり、月末は数字締め。そこに、新人Aの初週確認、新人Bの1か月面談、教育担当とのすり合わせがばらばらに入ってくる。

一つひとつは30分でも、管理職の頭はそのたびに切り替わる。売場の数字を見ていた次の瞬間に新人面談へ入り、終われば今度はクレーム対応に戻る。これが続くと、面談はどうしても薄くなる。本来なら、何が分かっていないのか、どこでつまずいているのかまで見るべきなのに、「困ってないか」「何かあったら言って」で終わりやすい。

通年採用の負荷は、管理職の忙しさで終わらない。管理職時間の圧迫が、そのまま新人対応の粗さになって返ってくるのである。

新人にもしわ寄せがくる。問題になるのは、同月同職場の人数が少なく、横並びの支えが弱い場合である。4月一括入社なら、同じ時期に学ぶ同期がいるため、自分はいまこの段階にいる、という感覚を持ちやすい。

だが通年採用では、その感覚を持ちにくい。周りはすでに仕事を回しており、自分だけが途中から入る。誰に聞けばいいか、昨日教わったことをもう一度聞いていいかも迷う。結果として、分からないことを抱えたまま次の仕事に入ってしまう。

たとえば、売場整理の優先順位が分からないまま作業をして注意される。接客でどこまで説明すればよいか分からず、話が短すぎると指摘される。レジでイレギュラー対応に出会っても、誰を呼べばいいかが瞬時に出てこない。こうした小さな詰まりが毎日積み重なると、業務の覚え方そのものが遅くなる。

分からないことを自分から整理し、周囲に働きかけ、学び方を自力で組み立てられる新卒は何とか残る。だが、そこまで自発性の高くない新卒は、業務理解が進まないまま取り残されやすい。通年採用で一番怖いのは、不安が増えることではない。業務を覚えられる新卒と覚えられない新卒の差が、本人の素質以上に、置かれた条件で広がりやすいことである。

■ニトリが通年採用を行う理由
「そんなに現場が大変なら、なぜニトリは通年採用を広げるのか」と思うかもしれない。

理由は、採用市場そのものが、4月一括入社だけでは対応しにくくなっているからだ。早く就活を始める学生もいれば、留学や部活、大学院進学などで動く時期が後ろにずれる学生もいる。企業の側も、4月にまとめて採るだけでは、欲しい人を取り切れない。

つまり通年採用は、企業が好きで複雑にしているというより、人を確保するためにそうせざるを得なくなっている面がある。

研修、配属、現場運営の仕組みができる算段がなければニトリも思い切った決断はできないはずだ。ただし、どこの会社でも同じようにできるとは限らない。

仕組みが弱い会社まで、見た目だけまねすると危ない。通年採用は、採用のやり方を変える話に見えて、実際には育てる仕組みを試す制度なのである。

■問われているのは「いつ入っても育てられる仕組み」
通年採用に良い面があることは否定できない。問題は、その入口の広さに、育てる仕組みが追いついているかどうかである。入社したあとに、きちんと育てられなければ意味がない。学生から見れば、「入れたけれど、育ててもらえなかった」と思うからだ。会社が本当に見るべきなのは、何人採れたかではない。入社した人が、きちんと仕事を覚え、現場で力を出せるようになるかである。

現場で教える人に必要なのも、特別な話ではない。「この新人に、今週はどこまで求めるのか」をはっきりさせることである。全部を一気に教えようとすると、教える側も教わる側も混乱する。順番を決めて、一つずつできることを増やしていくほうが、結局は早く育つ。

ニトリの通年採用が突きつけているのは、会社の育成力である。採用のやり方を変えるだけでは足りない。会社の本当の力は、「人を採る力」ではなく、「人を育てて戦力にする力」で決まるのである。


濵口誠一 中小企業診断士


【関連記事】
■人手不足倒産は会社の「自己責任」なのか? (濵口誠一 中小企業診断士)
https://sharescafe.net/63144956-20260415.html
■星街すいせいはなぜ卒業しないのか?カバーが選んだ「囲い込まない経営」(濵口誠一 中小企業診断士)
https://sharescafe.net/63129474-20260409.html
■「食えない資格」中小企業診断士が会社員に注目されるようになった理由(濵口誠一 中小企業診断士)
https://sharescafe.net/62650313-20250919.html
■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/62674731-20250930.html
■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万?(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/61186482-20240125.html

【プロフィール 濵口誠一 中小企業診断士】
unnamed (3)
従業員2万名の企業から10名の企業まで、約20年経営企画に従事し1000件以上の事業計画を策定。現在は中小企業診断士として経営戦略から実行支援まで行う。
言語化・数値化を得意とし「話しているだけで悩みが解決した」「目標が従業員に伝わるようになった」という評価多数。

公式サイト https://billion-break.com/
X:https://x.com/hamatoukon @hamatoukon



この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。