![]() 「となりのトトロ」のトトロも同じだ。唸り声と巨体だけで、あの生き物が信頼できる存在であることが伝わってくる。「もののけ姫」のこだまは、カタカタと首を振るだけで、森の深さと神秘を体現する。「風の谷のナウシカ」の王蟲は、言葉を一切持たないまま、自然の怒りと悲しみを全身で語る。 宮崎駿作品には、言葉で説明されないのに感情や気配が強く伝わる場面が数多くある。言語を経由しないまま、感情や気配がキャラクターの存在そのものに宿る。ここには「言葉を介さずにイメージを捉える知性」が関わっているように見える。それが宮崎駿作品の核心であり、世代を超えて愛され続ける理由の根っこにあると、私は考えている。 この記事では、IQトレーニング講座を主宰し思考特性について見てきた立場から、言語を介さずにイメージを具現化する力と、宮崎駿作品の魅力との関係について考えてみたい。 ■非言語IQとは 一般的に知性やIQと聞くと、試験問題やクイズで解答を言葉で導き出すなど、思考を言語化する能力をイメージする人が多いだろう。しかし、思考特性の研究と教育に携わるなかで、繰り返し直面してきた問いがある。「知性とは、言語化できる力のことだけなのか」という問いだ。実際、知能検査では、言葉を使った理解や推論だけでなく、視覚的・空間的な情報を処理する力も見られる。こうした力を指す言葉として「非言語IQ」というものがある。 非言語IQとは、言葉や知識に頼らず、視覚的・空間的な情報を処理する知性を指す言葉で、ウェクスラー式知能検査(WISCやWAIS)などでも用いられる概念だ。図形の法則を見つけたり、パズルを解いたりする能力がその代表例とされる。 宮崎駿作品には一貫した特徴がある。最も重要なことを言葉で語らないということだ。この魅力を読み解くのに、言葉を介さない非言語IQという知性が役立つと考えた。本稿ではこの非言語IQを、言葉を介さずにイメージや気配を捉える力という広い意味で用い、宮崎駿作品の表現特性を読み解く補助線としたい。 ■ディズニーとの対比で見える「非言語IQ」の正体 宮崎駿の表現の特質は、ディズニーと並べたときに、より鮮明に見えてくる。 ディズニーの傑作群、特にミュージカル形式の作品では、キャラクターは歌と言葉で感情を定義する傾向がある。「アナと雪の女王」のエルサが「Let It Go」を歌うとき、彼女の解放感と決意は、歌詞という言語によって明確に輪郭を与えられる。観客はその言葉を受け取り、感情を理解し、共感する。これは「言語と論理の積み上げ」による表現として、一つの完成された方法論だ。 一方、宮崎駿作品では、イメージと直感の直接体験を重視する傾向が強い、と感じさせる場面が多い。 海外でも注目された映像比較がある。「もののけ姫」と「塔の上のラプンツェル」で、水が顔に落ちる場面を並べたものだ。ディズニーの場面にはBGMが流れ、キャラクターの表情にカメラが寄り、感情の動きを、音楽と映像が丁寧に説明する。ジブリの場面には、BGMが一切なく、川のせせらぎだけが流れ、カメラは引いたまま、自然の空間全体をとらえる。観客は感情を説明されるのではなく、その場の空気を体験するような構造になっている。 もちろん、これは単純な優劣の話ではない。ディズニーにも言語を超えた表現は随所にあるし、ジブリ作品もすべてが言語を排しているわけではない。あくまで傾向として、この対比は宮崎駿作品の特質を浮かび上がらせる。 ディズニーが「言語と感情の対応関係」を丁寧に構築する傾向があるとすれば、宮崎駿作品は「言語以前のイメージ」をそのまま画面に置こうとする傾向がある。言語より速く、言語より豊かに映像で思考する。 ■思考の速度に手が追いつかない「走り書きの原画」 宮崎駿の初期原画には、完成画のように整えられた線ではなく、勢いのある線でイメージをつかみ取ろうとするようなものが見られる。そこからは、整った絵を描くことよりも、まず湧き上がるイメージを逃さず捉えようとする姿勢が感じられる。 非言語的な思考が活発な人間においては、次々と湧き上がるイメージを綺麗に描き留めようとした瞬間、「描く」という行為が目的になり、思考の流れが止まってしまうことがある。走り書きのような原画によって、思考の流れを止めずにイメージを具現化できていると考えられる。 他にも、宮崎駿作品の制作過程では、言葉より先にイメージが伝えられる場面が見られる。たとえば、「千と千尋の神隠し」の制作では、物語の全貌が決まらないまま制作が進められたとされる。カオナシも当初は名前すら決まっておらず、絵コンテには「お化けか妖怪か神様」とだけ記されていたという。これは言語で設計図を引く前に、イメージが先行して動く創作プロセスの一形態ではないか。その動きに従って描き続けることで、言葉では設計できなかったキャラクターが生まれてくる。そう考えると、あのプロセスに合点がいく。 宮崎駿がアナログの手描きにこだわり続けてきたことも、この文脈で読むことができる。デジタルツールは「できること」の範囲が広い分、ツールの論理が思考に影響を与えやすい。手描きという制約の中に留まることが、イメージを言語化させずに先行させるための環境として機能していた可能性がある。 ■私たちは「言葉以前の世界」を求めている 宮崎駿作品が世代を超えて愛され続ける理由を、多くの人はストーリーや世界観の豊かさに求める。しかしその本質は、もっと深いところ、私たちが「言葉以前の世界を求めている」ところにあるのではないか。 私たちは日常のほとんどを、言語の世界で生きている。仕事も、人間関係も、感情でさえも、言葉に変換されて処理される。「どう思った?」と聞かれれば、言葉で答えなければならない。「なぜそうしたい?」と問われれば、理由を言語化しなければならない。言葉にできないものは、存在しないかのように扱われがちな時代だ。 しかし人間の感覚は、言語よりずっと広い領域を感じとっている。森の気配、水の冷たさ、誰かの孤独、場の空気。それらは言葉になる前から、すでに私たちの中に届いている。言語は感覚を整理する道具だが、同時に感覚を狭める面もある。 宮崎駿作品が与えるのは、その「言葉以前の感覚」を取り戻す体験といえる。カオナシの孤独に胸が痛むとき、私たちは説明を受けているのではない。説明なしに、直接感じている。トトロに安心するとき、その理由を言葉で説明できなくてもいい。こだまを見て森が深いと感じるとき、その感覚に論理は要らない。なぜ感動したのかを言葉にしようとすると、何かが抜け落ちる感覚がある。その「抜け落ちる何か」こそが、宮崎駿が届けようとしたものの核心なのかもしれない。 本稿でいう非言語IQとは、言葉にならない感覚やイメージを言葉以外の形で捉え、表現する力だ。それは特別な才能というより、人間が本来持っている感覚の回路を、ある方向へ極限まで磨き上げた先にある力だと、私は考えている。 宮崎駿はその力を通じて、私たちが日常の言語生活の中で少しずつ手放していく「言葉以前の感覚」を、スクリーンの上に蘇らせているのではないか。言葉にできないのに深く揺さぶられ、何年経っても色褪せない。宮崎駿作品が持つ普遍性の秘密は、そこにあるのかもしれない。 秋谷光輝 JAPANMENSA会員 【関連記事】 ■箱根駅伝で勝ち続ける理由は何か?原晋監督が磨いた「偶然を削るIQ」(秋谷光輝MENSA会員) https://sharescafe.net/63116030-20260406.html ■藤井聡太さんも「間違える」。IQが高い人がやっている「高速の試行錯誤」とは? (秋谷光輝 MENSA会員) https://sharescafe.net/62975543-20260201.html ■大谷選手の二刀流も生んだ「思い込み」の力を使えば、IQは後天的に伸ばせる。 (秋谷光輝 MENSA会員) https://sharescafe.net/62857086-20251215.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 秋谷光輝 JAPANMENSA会員 1974年生まれ、IQトレーニング講座「ExpIQ」(エクスピーク)主催。ソニー株式会社にて16年間エンジニアとしてオーディオ設計に携わる。小学校4年生で受けた全国一斉知能テストが全国1位(180万人中)だったことを知り思考法が特異であることに気づく。数学の偏差値は104を記録。心身の不調をきっかけに「モノづくりからヒトづくり」へ転身。大手企業での研修実績、雑誌、新聞などでの掲載多数。一般財団法人高IQ者支援機構にてIQ185(sd24)を認定される。 著書:「楽算メソッド」(合同フォレスト)、「今から伸ばす!IQトレーニング」(大創出版)「記憶の出し入れがスムーズになる衰え知らずの脳トレ習慣」(日本実業出版社)(2025.12) 公式サイト https://www.housokugaku.com/ シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |

