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大阪府吹田市で、部下の職員が直属の上司に対して「逆パワハラ」を行ったとして懲戒処分を受けた事案が注目を集めています。

2026年4月に公表されたこの事案では、市民部市民室主査(47歳)が、自分より知識・経験が乏しいと判断した直属の上司に対して、大声での詰問、机を叩いての威圧、深夜までのチャット攻撃、上司の手を払いのけるなどの行為を繰り返したとされています。さらに同僚の管理監督者がその言動に同調・黙認していたことも明らかになりました。内部通報をきっかけに調査が行われ、パワハラと認定されたものです。

近年、こうした逆パワハラは増えています。「これは公務員の特殊な話だ」と思う方もいるかもしれません。しかし社労士として多くの職場を見てきた経験から言えば、逆パワハラは民間企業でも静かに、そして確実に広がっています。表面化していないだけで、今この瞬間も苦しんでいる上司がいる職場は少なくないはずです。 「うちの会社には関係ない」と思っている経営者や人事担当者ほど、実は足元にリスクが潜んでいることがあります。

雇用の専門家である社労士の立場から、逆パワハラが増えている背景と法的位置づけ、そして会社が今すぐとるべき対策について解説します。

■そもそも「逆パワハラ」とはなにか?
パワーハラスメント(パワハラ)といえば、上司が部下に対して行うものというイメージを持つ人が多いでしょう。

では、「逆パワハラ」とはなんでしょうか。その名のとおり、部下から上司に対して行われるパワーハラスメントのことです。部下が上司に対して暴言を吐いたり、無視したり、業務を妨害したりする行為がこれにあたります。

「でも、上司の方が立場が上なのだから、部下からのハラスメントにはならないのでは?」と思う方もいるかもしれません。

「労働施策総合推進法」(いわゆるパワハラ防止法)では、パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動」と定義しています。

「優越的な関係」というと上司から部下への関係をイメージしがちですが、必ずしも役職上の上下関係に限られません。知識・経験・人数・情報など、あらゆる場面で「優越的な立場」は生まれます。部下が上司に対して優越的な立場をとることも、十分にあり得るのです。

厚生労働省のパワハラ防止指針でも、「同僚または部下による言動で、当該言動を行う者が業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難である場合」は優越的な関係に当たり得るとされています。

つまり、逆パワハラもパワハラ防止法の対象になり得るのです。

■逆パワハラによくある3つのケース
逆パワハラは一口に言っても、その形態はさまざまです。ここでは特によく見られるケースを3つ紹介します。

●ケース(1)「ハラスメント」を盾にして上司を委縮させるタイプ
パワハラ防止法の浸透により、「ハラスメントだ」という言葉が部下にとって上司への対抗手段として使われるケースが増えています。

実際にはハラスメントとは言えない場面でも「それはパワハラだ」「セクハラだ」と繰り返し主張することで、上司が萎縮してしまい、正当な業務指示や指導ができなくなる——こうした状況も逆パワハラの一形態です。

「ハラスメント」という言葉に過剰反応してしまう職場環境では、上司が「何か言うとまたハラスメントと言われる」と恐れるあまり、適切なマネジメントが機能しなくなってしまいます。本来であれば必要な注意や指導すら行えなくなるのは、組織として非常に危険な状態です。

●ケース(2) 知識・経験の優位性を背景に上司を見下すタイプ
吹田市の事案がまさにこれにあたります。部下の方が専門知識や実務経験で上司を上回っており、それを背景に上司を「無能だ」と見下したり、侮辱したりするケースです。

「でも、仕事ができない上司に対して部下が不満を持つのは当然では?」と思う方もいるかもしれません。

確かに、不満を持つこと自体は自然なことです。ただし、その不満を「大声での詰問」「威圧的な言動」「深夜までのチャット攻撃」といった形でぶつけることは、相手が上司であっても許されません。

スペシャリスト職種や技術職では、現場の第一線で働く部下の方がマネジメント職の上司よりも高い専門知識を持っているケースは珍しくありません。それ自体は問題ではありませんが、その優位性を背景に上司への侮辱や嫌がらせが行われると逆パワハラになります。

このタイプは「自分は正当なことを言っているだけ」という加害者側の自覚のなさが特徴的で、発覚や対処が難しいという問題があります。

●ケース(3) 周囲を巻き込んで上司を孤立させるタイプ
行為者1人が主導しながら、周囲の同僚がその言動に同調・黙認することで、上司が孤立無援の状態に追い込まれるケースです。吹田市の事案でも、別の管理監督者が行為者に同調して発言を黙認していたことが問題視され、懲戒処分の対象となりました。

「黙って見ていただけなのに処分されるの?」と驚く方もいるかもしれません。

今回処分されたのは、管理監督者という立場から部下を指導教育する義務を負っていたためです。一般職員の黙認とは異なり、管理監督者には見て見ぬふりをしないという職務上の責任があります。その責任を怠り、ハラスメントを助長したと判断されたのです。

ただし、一般職員であっても無関係ではありません。職場全体でハラスメントを黙認する空気が広がれば、被害者が声を上げにくい環境が生まれ、組織としての問題に発展していきます。

こうした構図では、被害を受けた上司が「自分だけがおかしいのか」と感じてしまい、相談や通報をためらうケースも多く、被害が長期化しやすいという特徴があります。

■逆パワハラが増えている3つの背景
なぜ今、逆パワハラが増えているのでしょうか。社会的背景として大きく3つの要因が考えられます。

●ハラスメントへの意識の高まり
パワハラ防止法の施行以降、「ハラスメント」という言葉は社会に急速に浸透しました。ハラスメントに対する意識が高まったことは、本来であれば良いことです。

一方で、「ハラスメント」という言葉が独り歩きし、正当な業務指示や指導まで「ハラスメントだ」と主張する事例も増えてきました。被害を受けた側の感じ方を重視するハラスメントの判断基準が、本来の趣旨から外れた形で使われるケースが出てきているのです。

●上司のマネジメント経験の不足
近年、管理職になる人材の育成が追いついていないという指摘があります。プレイヤーとして優秀であっても、マネジメントのスキルを十分に持たないまま管理職に就く人も多いのが実態です。

「上司なら部下からの攻撃を跳ね返せるはずでは?」と思う方もいるかもしれません。実際はそうではありません。役職はあっても、マネジメントに自信を持てない上司は部下からの圧力に萎縮しやすく、「自分の指導が間違っているのかもしれない」「訴えられたら困る」という不安から声を上げられないまま、一人で抱え込んでしまうのです。

●相談窓口・ハラスメント対策の「片方向」問題
多くの会社では、ハラスメント対策として相談窓口を設置しています。制度上は上司であっても利用できるはずです。

しかしそもそも、「部下から上司へのハラスメントも起こり得る」という認識が社内に十分に浸透していない会社も多いのが実情です。研修や社内周知の内容が「上司から部下へのハラスメント防止」に偏っていれば、被害を受けた上司自身も「これはハラスメントに該当するのだろうか」と判断できないまま我慢し続けてしまいます。

上司は「部下にパワハラをしているのでは」という目で見られることを恐れて相談できなかったり、「管理職なのに部下にハラスメントをされたなんて恥ずかしい」という思いから声を上げられなかったりします。相談窓口はあっても、上司が「自分が被害者だ」と名乗り出ることへの心理的ハードルは非常に高いのです。

■会社はどんな責任を負うのか?
逆パワハラが職場で起きた場合、会社はどのような責任を問われるのでしょうか。

会社は、従業員が安全に働くことができるよう職場環境を整える「職場環境配慮義務」を負っています。これは労働契約法第5条に定められているもので、上司・部下の立場を問わず、すべての従業員に対して適用されます。

「でも、被害者は上司なのだから、会社が責任を負う必要はないのでは?」と思う方もいるかもしれません。

そうではありません。逆パワハラの被害を受けた上司が会社に相談したにもかかわらず、会社が適切な対応を取らなかった場合には、会社が職場環境配慮義務違反として損害賠償を求められるリスクがあります。

また、パワハラ防止法では、事業主に対してパワハラ防止のための措置を講じることを義務付けています。この「パワハラ」には部下から上司へのものも含まれますので、逆パワハラについても防止措置を取ることは会社の法的義務です。

「被害者は上司だから大丈夫」「管理職同士で解決してほしい」という姿勢では、会社としての責任を果たしているとは言えません。実際に、部下から上司への暴言や侮辱が繰り返され、上司が精神疾患を発症したケースで、部下の不法行為責任と会社の安全配慮義務違反の両方が認められた裁判例があります。「上司だから我慢すべき」という姿勢が、会社を法的リスクに晒すことになるのです。「被害者は上司だから大丈夫」という姿勢では、会社としての責任を果たしているとは言えません。

■会社が今すぐとるべき対策
では、逆パワハラのリスクに備えるために、会社として具体的にどのような対策をとるべきでしょうか。

●就業規則・ハラスメント規程の見直し
まず、就業規則やハラスメント規程に「逆パワハラ」を明示することが重要です。「ハラスメントは上司から部下に対するもの」という誤解を排除し、部下から上司へのハラスメントも禁止行為であることを明確に定めましょう。

「規程に書くだけで意味があるの?」と思う方もいるかもしれません。実は、明文化することには「自分たちのやっていることはハラスメントにならない」という加害者側の誤解を正す抑止効果があります。知らなかったでは済まされないという意識を職場全体に根付かせることができるのです。

●相談窓口の整備
ハラスメントの相談窓口を「上司からでも相談できる窓口」として明確に位置づけることが大切です。

社内の相談窓口だけでなく、外部の相談窓口も設けることで、管理職が「社内に知られたくない」という心理的ハードルを越えやすくなります。相談しやすい環境を整えることが、逆パワハラの早期発見・早期対応につながります。

●全従業員へのハラスメント研修
ハラスメント研修は、管理職だけでなく全従業員を対象に行うことが重要です。

部下側には、「上司に対する言動もハラスメントになり得る」という認識を持ってもらうことが必要です。悪意がなくても、知識・経験の優位性を背景にした言動や、「ハラスメントだ」という言葉を対抗手段として使う行為が、逆パワハラに該当し得ることを正しく理解してもらいましょう。

管理職側も、「自分が被害を受けた場合にどう対応すべきか」を知っておく必要があります。被害に気づけない、あるいは気づいても相談できないという状況を防ぐためにも、双方向のハラスメント研修を実施することが、実効性のある逆パワハラ対策につながります。

●記録をしっかり残す
万が一、逆パワハラが法的紛争に発展した場合、会社はどう対応すればよいのでしょうか。その備えとして欠かせないのが記録です。証拠資料があるかどうかで結論が大きく左右されます。「こういうことがあった」と口頭で説明しても、裏付ける記録がなければ、あっせんや労働審判、訴訟の場では主張が認められにくくなります。「言った」「言わない」の水掛け論を防ぐためにも、日頃から記録を残す習慣を会社として徹底しておきましょう。

業務上のやり取りはメールやチャットツールで記録に残す、口頭での注意・指導は内容や相手の反応を「指導票」などの書面にまとめておく、問題が起きた際はできるだけ速やかに時系列で書面化する、といった方法が有効です。注意・指導を複数名で行うことも、事実確認の観点から効果的です。

●定期的な職場環境の把握
逆パワハラは、外からは見えにくいという特徴があります。では、深刻化する前に気づくにはどうすればよいのでしょうか。

定期的な従業員へのアンケートや面談を通じて、職場環境を把握することが重要です。アンケートには管理職向けの設問も盛り込み、職場の実態を多角的に把握するようにしましょう。

■まとめ
部下から上司へのパワハラ、「逆パワハラ」は決して珍しいことではありません。吹田市の事案はその一例に過ぎず、表面化していないだけで類似の問題を抱えている職場は少なくないでしょう。

パワハラ防止法の対象は上司から部下への行為だけではなく、部下から上司への行為も含まれます。「ハラスメント」という言葉を盾に上司を委縮させるケース、専門知識・経験を背景に上司を見下すケース、周囲を巻き込んで上司を孤立させるケース——いずれも会社として見過ごすことのできないリスクです。

ハラスメントは「上から下へ」だけではなく「下から上へ」も起こり得る。この当たり前の事実を組織全体が共有することが、本当の意味でのハラスメント対策の出発点です。役職の上下にかかわらず誰もが安心して働ける職場。それが私の考える、これからの時代に求められる組織のあり方です。

逆パワハラは、放置すれば優秀な管理職の離職や職場全体の士気の低下にもつながります。就業規則・規程の整備、相談窓口の設置、双方向の研修、記録の習慣化、これらの対策を今一度見直し、「加害者にも被害者にもさせない職場づくり」に取り組んでいただければ幸いです。


桐生由紀 社会保険労務士


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【プロフィール 桐生由紀 Authense社会保険労務士法人 代表社会保険労務士】
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創業期のAuthense法律事務所・弁護士ドットコムに1人目のバックオフィスとして参画し、管理部門・HR部門の構築を牽引。現在は、Authense社会保険労務士法人の代表。「先生」ではなく経営者・人事責任者の「右腕」として、上場企業からベンチャー企業まで幅広く支援する。人事顧問・人事制度構築・労務アウトソース・IPO支援など支援実績多数。法務・税務も一気通貫で対応するAuthenseグループの総合力も強み。

公式サイト https://www.authense.jp/authense-sr/
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