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「パスタが折れている? そうか、だが味はどうだ?同じだろう」

かつてイタリアで働いていた社労士の方から聞いた話だ。飲食店でパスタを発注したときに折れているものが多いロットが届いたので問い合わせたら、そう返されたことがあるという。

また、牛革製品の店でレザーを発注したときに、今回は傷が多かったと伝えると「牛だって遊んで擦れることはある。自然なものを楽しめ」と諭されたそうだ。「完璧さ」よりも「あるがまま」を愛でる彼らのものさしは、実にイタリアらしい。

そこにあるのは、サービス側と受け手が対等であるという人権意識、そして一種の「寛容さ」だ。

一方、日本はどうだろうか。「お客様は神様」という言葉が示すように、受け手への献身に重きを置いたおもてなしの国。その素晴らしさは日本が世界に誇る美徳だが、それゆえに提供側も受ける側も「対等ではない」と思い込みすぎている側面はないだろうか。

先日、私はカスハラ対策の専門家・藤木健氏と共に、水戸にある保険会社を訪れた。そこで行われたのは、演劇的手法を用いた「フォーラムシアター」という手法の研修。経営者から現場の営業員までが参加し、カスハラについて、実際の場面を演じながら体験的に学ぶ場だ。そこで、日本型おもてなしが抱える「誠実さゆえの危うさ」を目の当たりにすることになった。

■可視化された「膝をつく担当者」の苦痛
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この会社の社長は日頃から「社員を大切に守る」ことを強く意識していた。深刻な脅迫の報告も受け、状況に応じて対応もしていた。しかし、アンケートを取ってみると“会社に守られているという実感”についての数値が低く、対策の必要性を感じたという。

フォーラムシアター研修の中では、社員が過去にあったケース事例を再現する「アンチモデル(うまくいかなかった事例)」を上演し、検証を繰り返していく中でその課題が可視化されていった。

舞台上で再現されたのは、挨拶もそこそこに契約を急かされたケース。後日、夜中に電話口で「今すぐひとりで謝罪に来い。でないと家族を埋めてやる」と罵声を浴びる担当者。しかも相手方が間違えていると指摘してきたのは複数人で確認もしており、本人が誤入力しない限りは間違えようのない項目だ。

翌日、担当者が客先に向かうと、「謝罪の意思があるなら」と罪悪感を植え付けられ、不当な利益誘導を迫られた。明らかに通常のクレームではない。藤木氏の言葉を借りれば「悪意のクレーム」である。

客先で膝をついて座る担当者役の前に、保険証券が投げつけられた。

「膝をつかされていたの……?」

口頭の報告だけでは分からなかった、生々しい現場のディテール。担当者が現場でどれほどの苦痛と屈辱に晒されていたか。その光景を目の当たりにした上司は、驚きを隠せない様子だった。

この事例を共有してくれた社員は、お世話になっていた人からの紹介案件であることや、売上のために頑張ろうという思いもあり、電話の呼び出しに対し「ひとりで行かせてください」と志願したという。

二人で行くことは、相手に屈したようで悔しいという思いもあったのかもしれない。だが、その誠実さと責任感こそが、孤独な戦場へ自分を縛り付ける「足かせ」となっていた。

身体を使った再現と、インタビューを使った内心の言語化。カスハラの構造が白日の下にさらされ、観ているこちらまで胸が苦しくなるような一幕だった。

■頭だけでなく、心と身体を使う研修手法
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この研修は、体験的なため「楽しい」という声が多い一方で、痛みの追体験を伴う非常にセンシティブな側面もある。そのため、以下のステップで細心の注意を払いながら進められた。

1.緊張をほぐすアイスブレイク
まずは身体を動かしたり簡単な表現をすることで、演じることへのハードルを下げる。心と身体を使ったワークは、不意に過去のトラウマを呼び起こすことがあるため、「無理に参加しなくて良い」「辛くなったら見学もOK」と、一人ひとりの状態を確認しながら慎重に行う。

2.対話のワークと事例のシェア
チームで輪になり、ぬいぐるみを使ってエピソードをシェアする。「ぬいぐるみを持っている人だけが話せる」「話し終えるタイミングは本人が決める」というルールを徹底する。相手の話を最後まで聴き切る土壌を整えてから、現場の体験を出し合っていく。

3.検証するケースの選定
シェアされた中から、チームの合意で扱うケースを一つ選ぶ。「あるある」な悩みでも、特殊な事例でも構わない。その中で、先述の悪意あるクレームについて「悔しかったから検証したい」との申し出があった。メンタルへの負担を考慮しつつ、この事例を深く掘り下げることとした。

4.役作りと背景の深掘り
選んだ事例をもとに、チームメンバーを登場人物に見立てて構成していく。加害者側の事情についても、サブファシリテーターが「なぜこの人はこんな言い方をしたのか」と問いかけ、各々がリアリティを持って役を立ち上げていく。

5.第一幕:事例の再現上演
まずは「どうすれば良かったのか正解が見えない」事例を上演する。観客席のメンバーは、単なる傍観者ではなく「何が問題か」「具体的にどう行動を変えるべきか」を考え、メモを取りながら注視する。

6.第二幕 介入(トライアル):物語を書き換える
周囲と問題点をディスカッションし、作戦を練った上でもう一度同じ劇を観る。一回目と違うのは、観客がいつでも「ストップ!」と声をかけ、主人公と交代して対応を試行できる点だ。一人の「正解」を探すのではなく、組織としてどう動くのがベストかを全員で模索する。

難しい事例だったが、社長自らも果敢に介入に挑んだ。「あの時、どうすれば社員を守れたのか」を共に模索する社長の背中を見て、会場全体の空気が変わった。

7. 専門家による座学講義
休憩を挟み、可視化された課題を踏まえて藤木氏が講義を行う。通常クレームと悪意あるクレームの対応の違い、組織として線引きすべきポイント、「担当者を一人にしない」ための基本姿勢を、実際のケースと結びつけながら整理していく。

8. チェックリスト編集ワークショップ
最後に、現場で使える「カスハラ対応チェックリスト」を参加者自身で編集する。「どの段階で共有するか」「何を異常のサインとするか」などを、会社の実情に合わせて言語化していく。

■「二人で行くこと」は、負けではない
トライアル中、「一人で来いと言われているのに二人で行ったら、余計に怒らせてしまわないでしょうか」という質問が飛んだ。

これに対し、専門家の藤木氏は真っ直ぐに説いた。

「会社のことですから、上司がついて行くことに何の問題もありません。それで激昂する相手であれば、それは線引きをすべき相手です」

目の前の事例にどうすればいいか皆で考え抜いた直後だったからだろう。その言葉は強い納得感とともに、自分事として場に響き渡った。「基本的には二人で行く」。そう決めることで、社員を理不尽に頑張らせすぎず、恫喝する相手に一人で立ち向かわせない環境を作る。

保険業界では、こんな言葉を耳にすることがある。「すぐに入りたがる客には気をつけろ」と。最初から悪意を持つ相手に、担当者個人の意志だけで立ち向かうのは無謀なのだ。

■仕組みという名の「盾」を作る
検証によって、対策のポイントが明確になった。それは、具体的な「危機の共有方法」と「引き継ぎの線引き」が曖昧だった点だ。

根性論で「何事も経験だ」としてしまうと、真面目な社員ほど限界を超えて抱え込んでしまう。また、「上司に迷惑をかけたくない」という遠慮から、「お名前を仰ってくれない方なのですが……」と曖昧な報告になりがちだ。これでは上司も危機を把握できず、「とりあえず要件を聞いてみて」と返してしまう。

気の強いタイプなら「電話を代わってください」と言えるかもしれないが、優しいタイプにはハードルが高い。ならば、「三回お名前を伺ってもお答えいただけない状況です」と事実を定量化して伝える指針があればどうだろう。上司は即座に異常を察知し、判断を下せる。これは、現場から上司への「配慮」とも言える。

ワークショップで作られたチェックリストは、一方的に与えられたマニュアルではなく、自分たちを守るための「盾」だ。だからこそ、現場での運用を見据えた熱い対話が生まれた。

■令和のリーダーシップは「ファシリテーション型」へ
かつてのリーダーシップは、強いリーダーが上意下達で決定を下す「指示命令型」が主流だった。しかし、令和の時代は多様な価値観を力にする「ファシリテーション型」への移行が求められている。

リーダーの役割は、答えを一方的に与えることではない。「現場の切実な声」を拾い上げ、対話を通じて組織の仕組みを合意形成していくことにある。

2026年10月、カスハラ対策は義務化される。心遣いのできる誠実な社員を守るために、もはや精神論は無力だ。必要なのは、強固な「仕組み(盾)」である。

「一人で謝らせない。仲間で守り合う」

水戸で行われたこの「作戦会議」のような取り組みこそが、社員が安心して働ける組織を作るための、新しいスタンダードになっていくだろう。


葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表


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■プロフィール 葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表
kuzuki
25年のキャリアを持つ現役脚本家。エンターテインメント作品の他、応用演劇の手法“フォーラムシアター”を使った少年院での更生支援や、行政の人権ワークショップ、企業の組織開発研修を実践。表現コミュニケーション教育の持つ「答えのない世界で生き抜く力」を、具体的なワークショップや研修プログラムへと落とし込む。パワハラ予防士、折れない心を育てるいのちの授業認定講師。いしかわ観光特使。

公式サイト http://www.stage-connect.com
X https://x.com/kuzukiakira @kuzukiakira
公式サイト(個人) http://www.kuzukiakira.work

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