![]() 人気女性VTuberグループ、ホロライブを運営するカバー株式会社の2026年3月期決算は、売上高493.3億円、営業利益70.6億円、純利益30.2億円だった。売上は前年より13.7%増えたが、営業利益は11.8%減り、純利益は45.7%減った。 利益が大きく減ったので、そこに目が行きやすい。ただ、今回は在庫の評価減やメタバース事業の減損など、一時的な費用も大きい(参考:カバー株式会社2026年3月期決算説明資料)。利益だけを見て「ホロライブはもうダメだ」と読むのは早い。 今回の決算で本当に見るべきなのは利益減ではなく、売上成長率の鈍化と、熱量を生む仕組みが維持されているかである。 カバーはいま、単に急成長から安定成長の段階へと移っているだけではない。ホロライブの熱量を商品に変えて売る会社から、熱量そのものを生み直す会社へ回帰できるかを問われているのだ。 このカバーの事例をきっかけに、成長企業が自分の強みを壊さずに大きくなれるかについて、中小企業診断士の立場から考えてみたい。 ■売上成長率より深刻な熱量の入口の細り カバーはこれまで、かなり速いペースで売上を伸ばしてきた。2024年3月期の売上成長率は約47.5%、2025年3月期は約43.9%だった。ところが、2026年3月期は13.7%増に下がった。さらに2027年3月期の会社予想は、売上高513.5億円、約4.1%増である(参考:同上)。 つまり、売上の増え方は明らかに弱くなっている。 これは、急成長してきた会社にとって大きな変化である。しかしこの決算を見て、VTuber人気は終わったと言うのは単純すぎる。カバーは赤字になったわけではない。売上も増えている。ライブ、イベント、グッズ、ライセンスなど、伸びている事業もある。 一方で、まだ売上が増えているから問題ない、と見るのも甘い。 店にたとえると分かりやすい。毎年ものすごい勢いで売上が増えていた人気店が、まだ売れてはいるものの、前年ほど客数も売上も伸びなくなってきた状態である。閉店の危機ではない。しかし、このまま自然に伸び続けるとも言えない。 カバーはいま、急成長の会社から安定成長の会社へと移る岐路に立っている。ここをうまく越えられれば、次の成長に進める。越えられなければ「昔は勢いがあった会社」になってしまう。 特に、カバーにとってこの壁が特に厳しい理由がある。一般的な成長企業と違い、カバーの売上はファンが「自分もこの文化を作っている」と感じる共犯関係の上に成り立ってきたからだ。ここでいう「共犯」とは、悪い意味ではない。公式が作ったものをファンが受け取るだけでなく、コメント、切り抜き、二次創作、SNSでの会話を通じて、ファン自身も作品世界を広げていく関係のことである。 この関係が崩れれば、グッズもライブもカードも、支える熱量ごと弱くなる。だから、成長の壁をどう越えるかは、単なる規模の問題ではなく、ファンとの関係をどう保つかという問題でもある。 ■ホロライブを成長させた共犯関係 ホロライブの強さは、タレント本人の人気だけで生まれたものではない。もちろん、配信者の声、話し方、企画力、キャラクターの魅力は大きい。しかし、それだけではここまで広がらなかった。 配信中には、コメント欄が盛り上がる。面白い一言が出ると、ファンが反応する。その場の空気が変わる。配信が終わると、誰かが面白い場面を切り抜く。別のファンがイラストを描く。SNSで感想が広がる。ファン同士が「あの場面がよかった」「あのやり取りが面白い」と語る。 こうして、ひとつの配信が配信の中だけで終わらない。コメント、切り抜き、二次創作、SNSの会話によって、何度も広がっていく。ホロライブの価値は、公式が作ったものをファンが受け取るだけではなく、ファンが勝手に面白さを増やすことで大きくなってきたのである。 ホロライブの人気VTuberも、「ファンがキャラクターを見つけてくれる」と発言しているように、売り方の方向性もファンとの関係から生まれている。単なる応援以上の力がファンにはあるのだ。 これは会社が命令してできるものではない。ファンが「面白い」「誰かに見てほしい」と思うから勝手に動く。だから、ファンとの共犯関係は気持ちの話だけではない。カバーの売上やブランドを支えてきた、重要な経営資源なのである。 ■成長により希薄化する共犯関係 ファンとの共犯関係は、配信中の何気ないコメント、タレントの一言、やり取り、など偶然の中から生まれる。 会社が最初から設計し切れるものではない点がポイントだ。ファンが「これは面白い」「自分も参加したい」「誰かに伝えたい」と感じて、勝手に動くことで育つ。 CEOの谷郷氏も会社成長の理由は「多くの活動するタレントやファンの皆さんも含めて、VTuberという活動を支えてくださる輪に、多くの方が参加してくださっていることである」と語っている(参考:共に歩む未来のために:カバーCEO谷郷元昭インタビュー COVERedge 2026/03/04)。 カバーの成長は、会社だけで作ったものではないと認めているのだ。 しかし、会社が大きくなると話は変わる。ファンが作った熱量を、会社は売上に変えなければならない。上場企業であればなおさらである。配信で生まれた人気を、ライブ、グッズ、ゲーム、ライセンス、企業コラボへ広げるのは当然の流れである。 2026年3月期にカバーで伸びたのは、ライブ/イベント、マーチャンダイジング(グッズ販売など)、ライセンス/タイアップ(企業コラボなど)だった。ホロライブの公式カードゲームも売上約72億円、累計販売2000万パック超と大きく伸びた。これは、ファンの熱量を公式商品や公式体験へ変える力が強まっていることを示している。 問題は、ここでファンの立場が変わることである。配信やSNSでは、ファンは一緒に空気を作る参加者だった。だが、商品化が進むと、ファンはグッズを買う人、イベントに来る人、カードを集める人、企業コラボを盛り上げる人として扱われやすくなる。参加者だったファンが、少しずつ消費者に戻されるのである。 だから、今回の決算では配信の弱さが重要になる。先述の決算資料によれば、配信/コンテンツは前年比2.0%減、第4四半期だけでは17.0%減だった。これは、一部門の売上減ではない。今は売れているが、将来の熱量の入り口が細っている可能性を示すサインである。 なぜ配信がそこまで重要なのか。理由は、配信がグッズやライブと同じ並びの売上項目ではないからである。グッズ、ライブ、ライセンス等は、配信で生まれた熱量を後から商品や体験に変える事業である。一方、配信はその熱量が生まれる場所である。 つまり配信の弱さは、一部門の売上減にとどまらない。将来のグッズ、ライブ、ライセンス、企業コラボを支える需要の入り口が細っている可能性を示す。 グッズへの影響は特に分かりやすい。ファンがグッズを買うのは、キャラクターの絵柄がよいからだけではない。配信で見た一言、忘れられない場面、タレント同士の関係性、ファン同士で共有した文脈があるから、「手元に置きたい」「身につけたい」「集めたい」と感じるのである。 ライセンスや企業コラボも同じである。企業がホロライブと組みたい理由は、キャラクターの知名度だけではない。そのキャラクターに反応し、SNSで語り、商品を買い、イベントを盛り上げるファンの熱量があるからである。 配信が弱くなると、その熱量が生まれる機会が減る。すぐにグッズやライセンス売上が落ちるとは限らない。しかし、将来の商品化を支える「欲しい」「語りたい」「参加したい」という気持ちは少しずつ細る。周辺事業が伸びているときほど、配信の弱さは見逃せないのである。 カバーの課題は、ファンがもう一度「自分たちも一緒に作っている」と感じられる場所を太くできるかである。成長するほど、共犯関係を再生産する経営が必要になるのである。 ■矛盾を超えて成長するために では、カバーは大きくならないほうがよかったのか。 答えは違う。 会社が大きくなったからこそ、ホロライブは配信の中だけに閉じない存在になった。たとえば、ロサンゼルス・ドジャースとの「hololive night」で、球場イベントや限定カード、現地でのVTuberライブ配信という形に広がった。大阪・関西万博のような大規模イベントに関わる動きもそうだ。 これはタレントの希望を実現する基盤でもある。組織の力があるからこそ、かなえられる夢も大きくなる。だから、成長そのものを否定する必要はない。問題は、成長したあとだ。 この点で、カバーの中期計画は重要である。 中計を、単にゲーム、ライセンス、海外展開を伸ばす計画として読むと浅い。むしろ見るべきは、タレント価値の持続性を支える基盤強化である。 決算資料によれば、カバーは今期、タレントが長期的に活躍できるエコシステムの構築へ集中的に投資するとしている。具体的には、タレントマネージャーやコンテンツディレクターの増員、クリエイティブ制作体制やスタジオ環境の強化、全社オペレーション体制の強化、などである。 これは、単なる人員増や設備投資ではない。 タレントが疲弊すれば、配信の熱量は続かない。配信の熱量が続かなければ、ファンがコメントし、切り抜き、SNSで語る流れも細る。そこが細れば、グッズ、ライブ、カード、ゲームを支える熱量もいずれ弱くなる。 つまり、タレント支援や制作体制の強化は、売上とは遠い話ではない。むしろ、ホロライブの熱量をもう一度生み直すための中心にある。 では、今後のカバーを見るとき、何を確認すべきか。 ドジャースや万博のような大型施策が増えるかどうかだけではない。本当に見るべきなのは、イベントが話題になったあと、配信を見る人が増えるのかであり、配信/コンテンツ売上の回復、チャンネル登録者数や再生数の増加が重要なポイントになる。 カバーは熱量を売る力をすでに持っている。次に問われるのは、成長しながらも、さらに大きな熱量を生み直せるかである。 今回の決算は、その分岐点であるといえる。 濵口誠一 中小企業診断士 【関連記事】 ■なぜRIZAPが建設業に?建物より先に問われる「人を育てる型」の実力 (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63205946-20260513.html ■「楽すぎるから辞めたい」は甘えか?若手が不満を抱く“ぬるい職場”に欠けた視点 (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63187930-20260505.html ■ニトリの通年採用に見る盲点―現場に突きつけられる「終わらない新人育成」 (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63175650-20260429.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? 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