![]() 片山さつき財務大臣は「ショックを受けた」と素直に認めました。投資助言業を20年以上営んできた立場から、この現象の構造的な原因と本来あるべき資産形成の姿を考えてみたいと思います。 ■なぜ若者は「貯金5万円」で全額投資に走るのか? 「貯金は5万円です。残りはすべてNISAで投資しています」 企業の社員向けセミナーで出会った20代の男性は、何の迷いもない表情でそう言い切りました。手取り20万円強のうち、毎月5万円をインデックスファンドに積み立て、家賃を払えばほとんど何も残らない。美容院は3か月に1回、デートは割り勘が前提。それでも彼は、「将来を考えたら、これが合理的じゃないですか」と胸を張るのです。 この男性は決して特殊な例ではありません。TBS NEWS DIGが2026年3月に報じたデータによると、NISAを利用する20代の月平均投資額は約34,000円に達しています。20代の平均手取りから考えれば、これは相当に大きな比率でしょう。国民民主党の田中健議員が国会で指摘したとおり、「20代は投資額を大きく増やしている一方で、消費は伸び悩んでいる」という構図が鮮明になりつつあります。 なぜ若者たちはここまで投資に前のめりなのか。よく語られるのは、「老後2000万円問題」に端を発する将来不安です。しかし、投資助言の現場で日々多くの個人投資家と向き合ってきた実感から断言しますが、老後不安だけではこの現象を説明できません。もっと根深い、複合的な構造がそこにはあるのです。 ■SNSが作り出した「投資しない=負け組」という呪縛 この問題の本質を理解するには、今の20代が日常的に浴びている情報環境に目を向ける必要があります。 SNSを開けば、「新NISA満額達成」「含み益100万円突破」といった投稿が目に飛び込んできます。投資系インフルエンサーのフォロワーは何十万人規模に膨れ上がり、「20代で資産1,000万」といった成功体験が毎日のようにタイムラインを流れてきます。こうした環境にいれば、投資をしていない自分、あるいは、投資額の少ない自分が後れていると感じるのは、ある意味で当然の心理かもしれません。 かつてSNS上のマウントといえば、ブランド品や高級レストランの写真が主流でした。ところが今は、非課税枠をどれだけ早く埋めたかが新たなステータスになっています。新NISAの生涯投資枠1,800万円という数字が、ゴールラインのように機能してしまっているのです。早く埋めなければ、周りに後れを取りたくない。この焦燥感が、生活費を削ってでも投資額を積み上げるという行動を駆り立てています。 私は証券会社時代から30年以上、個人投資家の行動を見てきましたが、この構図には既視感を覚えます。バブル期、「株をやってないやつはバカだ」という空気がありました。当時と今では投資対象もツールもまったく異なりますが、「乗り遅れたくない」「やらないこと自体がリスクだ」という同調圧力の構造は驚くほど似ています。そして歴史が教えるのは、こうした空気に流された投資が、ほぼ例外なく痛みを伴う結果を迎えるということです。 誤解のないようにいえば、若いうちから資産形成に取り組むこと自体は極めて健全な姿勢であり、本来は歓迎すべきことでしょう。問題は、それが合理的な判断ではなく、見栄や焦りに変質してしまっている点にあります。SNS上の投資学自慢は、資産形成ではなく、ただの承認欲求の裏返しに過ぎません。投資とは、他人に見せるためにやるものではないのです。 ■バブルの教訓と「金融教育未経験77%」の危うい現実 もう一つ、この問題には見逃せない構造的な背景があります。金融教育の圧倒的な不在です。 日本証券協会が2025年5月に公表した新NISA開始1年後の利用動向に関する調査によると、新NISA利用者のうち金融経済教育を受けた経験がある人はわずか23.0%。裏を返せば約77%の人が体系的な金融教育を受けないまま投資の世界に足を踏み入れていることになります。 投資の世界には「余剰資金で行うこと」という大原則があります。これは教科書の1ページ目に書いてあるような基本中の基本ですが、金融教育を受けていなければ、この前提を知る機会すらありません。その結果、「手元にあるお金のうち、できるだけ多くを投資に回すのが正解」という誤った理解が広まってしまっているのです。 私が太平洋証券(現:三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に在籍していた時代、バブル崩壊を目の当たりにしました。株は必ず上がると信じ、生活資金まで投じていた方々が、暴落後にどうなったのか。含み益が消えるだけならまだしも、生活の基盤そのものが崩れた方を何人も見てきたのです。 そのときの教訓は明快でした。投資で最も大切なのは、「いくら儲けるか」ではなく、「いくらなら失っても生活が壊れないか」を知ることだ、と。 ここですべての読者に知っていただきたい概念があります。それは生活防衛資金です。これは万が一、収入が途絶えたときに生活を維持するために手元に確保しておくべき現金のことを指します。具体的な目安を挙げれば、独身の方であれば月々の生活費の3か月分から6か月分、家族がいる方であれば6か月分から1年分が一般的な水準とされています。 たとえば、月の生活費が15万円の独身の方なら最低でも45万円、できれば90万円。月の生活費が30万円のご夫婦なら180万円から360万円。この金額を投資に回さないお金として、すぐに引き出せる普通預金に確保しておくことが資産形成の大前提になります。 貯金5万円で、残りは全額投資という状態は、この原則から完全に逸脱しています。もし急な病気や失業に見舞われたときに、投資信託を売却しなければ生活費を捻出できないのであれば、それは資産形成ではなく、むしろギャンブルに近い状態です。しかも、売却が必要になるタイミングが暴落時と重なれば、損失を確定させざるを得ないという最悪のシナリオに陥りかねません。 ■投資を「博打」にしないために、今こそ若者が立ち止まるべき理由 「でも複利の効果を考えれば、1日でも早く始めたほうが有利なのでは?」 そう反論したくなる気持ちはわかります。確かに複利の力は偉大であり、若いうちから長期投資を始めることの優位性は疑いようがありません。しかし、この理屈には決定的な前提条件があるのです。 長期間、売らずに持ち続けられること。これが担保されなければ、複利の恩恵は絵に描いた餅に終わります。 生活防衛資金がない状態で投資を続けるということは、何か想定外の出費が発生した瞬間に、投資を中断せざるを得なくなるということです。複利の効果は、途中で売却した瞬間に大きく損なわれてしまいます。つまり、早く始めるために生活費を削るという行為は、長期投資の最大の武器である時間を自ら手放す行為にほかなりません。これは明らかに本末転倒でしょう。 私が投資顧問を創業して以来、一貫して掲げてきた理念は、「投資を一部の富裕層の特権から、誰もが続けられる生活習慣へ」というものです。 ここで重要なのは、「続けられる」という部分にあります。生活を犠牲にした投資は続けられません。無理が重なれば、いずれどこかで破綻します。最悪の場合、「やっぱり投資が怖い」と市場から退場してしまうことになります。それこそが資産形成における最大の機会損失なのです。 新NISAは、日本の個人投資家にとって歴史的とも言える素晴らしい制度だと考えています。非課税枠1,800万円、非課税期間の無期限化。これほど恵まれた制度は使うべきです。しかし、その枠をいつまでに埋めなければならない、という義務は制度のどこにも書いていません。片山大臣も国会で「積立自体の目的化はまったく意図していない」と答弁したとおり、NISAはあくまで資産形成を後押しする手段であって、目的ではないのです。 まずやるべきことは極めてシンプルです。ご自身の預金通帳を開いて、もし明日から収入がゼロになったとしても、何か月暮らせるかを確認してください。その答えが3か月未満であれば、今月の投資額を少し減らしてでも、まず現金の備えを厚くすることをおすすめします。投資の非課税枠は逃げません。しかし、日々の暮らしの安心は今この瞬間にしか守られないものです。 大切なのは、投資をしていることではなく、投資を長く続けられる土台を持っていること。それこそが、本当の意味での資産形成の第一歩です。投資助言の現場から20年以上見てきた結論として、これだけは自信を持ってお伝えしたいと思います。 【参考】 ・TBS NEWS DIG 2026年3月17日 「若者が「NISA貧乏」で“生活苦”?将来を不安視…20代の平均投資額「月3.4万円」 無理ない資産形成とは【Nスタ解説】」 ・日本証券業協会2025年5月28日「新 NISA 開始1年後の利用動向に関する調査」(調査結果概要) 藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役 【関連記事】 ■日経平均6万円突破でも「約8割の銘柄が値下がり」している理由──個人投資家が「指数の熱狂」に騙されないための3つの視点 (藤村哲也 投資顧問業) https://sharescafe.net/63198771-20260510.html ■生成AIバブルに踊らされるな。投資顧問が教える"AI関連株"の見極め方と資金配分の鉄則 (藤村哲也 投資顧問業) https://sharescafe.net/63170400-20260426.html ■月給平均34万、過去最高でも厳しい家計。新年度に投資を始める人がハマる"高値掴み"の落とし穴 (藤村哲也 投資顧問業) https://sharescafe.net/63152874-20260419.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? 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