unnamed
■「辞める人」以上に深刻なのは「辞めない人」の急増
GW明け、若手社員の退職代行利用などがニュースになっていたことは記憶に新しい。

あの喧騒から早一ヶ月。すっかり通常運転に切り替わったオフィスを見渡して、やっと危機は去ったと安堵している管理者や人事担当者も多いのではないだろうか。

しかし、本当にそうだろうか。

ここで、専門家として真に着目すべきはすでに会社を去った「離職者」ではない。会社に残りながらも、そっと心を閉ざしている「静かな退職者」たちである。

静かな退職とは、会社に出勤して最低限の業務はこなしているものの、仕事に対する熱意はなく、追加の貢献意欲を失っている状態を指す。この静かな退職という考え方は、2022年ごろに米国で広まり若手労働者を中心に共感を呼んだ。

そして、現代の日本も例外ではない。副業・兼業のマッチングサービスlotsful(ロッツフル)が全国の会社員(20~49歳)を対象に実施した調査によると、現在「静かな退職」を実践していると回答した人は37.7%に上る。さらに勤続年数別で見ると、新卒入社3~5年未満が75.4%で最も高い数値を示している。(参考:「副業人材マッチングサービス『lotsful』、「静かな退職」と副業の実態調査~「静かな退職」実践者の6割が副業に活路。本業は“キャリア基盤”、「昇進したくない」若手が共感~」 株式会社lotsful Company 2025/07/31)

■社会人の7割が共感、職場で起きている異変の正体
若手社員の早期離職は企業にとって長年の課題である。特に現代は退職代行サービスの普及や、売り手市場に伴う転職市場の活性化も相まって、若者にとって辞めやすい環境がこれまで以上に整っている。こういった表面的な動きだけを見て「最近の若者は根性がない」「打たれ弱い」と思う人も少なくないだろう。

しかし、現実は異なる。最低限の業務はこなすが、仕事への熱意はゼロ。この「静かな退職」を、若手社員の多くが共感・実践しているというデータが示しているのは、若手社員の根性の有無ではなく、企業と若手社員の間にある深刻なミスマッチである。

■なぜホワイト企業ほど、若手は絶望するのか?
では、 企業と若手社員の間にある深刻なミスマッチとは何なのか。それは、大きく分けて2つの「思っていたのと違う」というギャップに集約される。

(1)キャリアや価値観のミスマッチ(入社後ギャップ)
「希望の部署に配属されたが、想像していた業務内容ではなかった」「自分が思い描いていた社会人生活と違う」といった、理想と現実のギャップ。売り手市場や少子化に伴う深刻な人手不足に直面するなか、企業が採用活動において自社や仕事の魅力だけを学生に伝えてしまうケースは少なくない。もちろんどのような企業や仕事にも魅力があるのは確かだ。しかし、働くということは、本来大変なことや壁にぶち当たる瞬間も必ず含まれている。

最近はSNSを活用した採用活動の活性化も相まって、企業の良い部分ばかりが強調され、社会人のリアルな泥臭さが伝わりにくくなっている。その結果、期待値を最大限に高めて入社した若手社員は、現場の厳しい現実に直面した際、「こんなはずではなかった」「期待を裏切られた」と強いギャップを抱くことになる。

(2)優しすぎる環境への不安(パープル企業問題)
最近特に注目されているのがこのケースである。ハラスメントを恐れるあまり、上司が優しくなりすぎ、指導や怒られることが極端に少なく、コミュニケーション自体が希薄。仕事は簡単で、残業が少なく毎日定時で帰ることができ、社内の雰囲気はぬるい。このような会社をパープル企業という。

パープル企業は一見恵まれた労働環境に見える。しかし当事者である若手社員の心理は違う。彼らは「このままこの会社にいて、自分は市場価値のある人材に成長できるのだろうか」と、むしろ強い焦りと恐怖を感じているのだ。

株式会社i-plugが学生を対象に「どのような企業に魅力を感じるか」尋ねた調査によると、上位には「社内の雰囲気が良い」「給与、待遇が良い」「完全週休二日制」と働きやすさや安定を求める項目が並ぶ。しかし一方で、第4位は「成長できる環境がある」と続いている。

この結果からも分かるように、現代の若手社員は、物価高騰や老後への不安、個人の自由な時間を重視する傾向から、働きやすく安定した労働環境を強く望んでいる。しかし同時に、終身雇用の時代ではないからこそ、いちはやく市場で生き残るためのスキル(成長)も貪欲に求めているという、二面性のあるキャリア感が浮き彫りになっている。(参考:「どうなる?25卒・26卒 新卒採用 市場動向調査レポート(夏版)」 株式会社株式会社i-plug 2024/09/01)

だからこそ、手厚く守られている職場環境は、経済・生活面での安定は与えられても、職業的キャリアの安定を若手社員に与えることができず、入社後の「思っていたのと違う」というギャップが生まれるのである。この歪んだ構造こそが、早々に会社に見切りをつけ、心を閉ざしていく「静かな退職」の真因なのである。

■令和の「定着」は、内定を出した瞬間に決まっている
初任給の引き上げや早期選考、充実した福利厚生制度など、令和の採用市場では「外側」の条件による採用成功が取り沙汰されがちである。しかし、これらはあくまで人を集めるための手段であり、キャリアの入口に過ぎない。

本来重要なのは、企業にとっては入社後に社員が定着・活躍することであり、社員にとっては人生の大半を費やす仕事にポジティブに向き合える環境があることではないだろうか。採用して終わりではなく、若手社員に対し、入社後のキャリアの必然性を提示するような、「定着」まで見据えたコミュニケーションが今まさに求められている。

採用成功と、定着成功は別物である。入社をゴールとせず、働き続けたいと思える「定着」まで考慮した採用設計ができているか、今一度振り返って考えてみてほしい。


河本英之 人材コンサルタント・シーズアンドグロース株式会社 代表取締役


【関連記事】
■GW明け離職される会社の共通点~企業が対策すべき3つのポイント~ (河本英之 人材コンサルタント)
https://sharescafe.net/63170113-20260426.html
■「大手=安定」は最大の罠――“非”終身雇用時代の『生存戦略』(河本英之 人材コンサルタント)
https://sharescafe.net/63119483-20260405.html
■AI活用で効率化する就活の罠―見えなくなった“人”、すれ違う学生と企業 (河本英之 人材コンサルタント)
https://sharescafe.net/63042125-20260228.html
■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/62674731-20250930.html
■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/61186482-20240125.html


■プロフィール 河本英之 人材コンサルタント・シーズアンドグロース株式会社 代表取締役
kawamoto
1981年広島県生まれ。高校中退後、大検を取得し2001年に上智大学経済学部に入学、2005年に卒業。新卒で株式会社リンクアンドモチベーションに入社し、採用戦略や組織人事領域に従事。企業規模を問わず500社以上の採用・育成コンサルティングを担当し、社内MVPも獲得。
2010年7月、シーズアンドグロース株式会社を設立し、代表取締役に就任。自身の「人の可能性の大きさ」を実感した経験に基づき、これまで16業界600社以上の企業の採用・育成を支援を行い、マイナビEXPOでは講師として登壇。著書に『新卒採用の常識を変える カレッジ型イベント』(金風舎)など多数。

公式サイト:https://seeds-and-growth.co.jp/
Instagram:@seedsandgrowth_saiyo

この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。