unnamed
本当に支援が必要なのに、誰にも気づかれず、どこにも繋がれない子どもたちがいる。

私たちは、そうした家庭内の深刻な孤立や歪みにどれほど目を向けられているだろうか。例えば、巨人の阿部元監督を巡る親子間の家庭内トラブル報道が世間を騒がせるたび、ネット上ではどちらが正しいかという極端な善悪の論争が巻き起こる。しかし、外野から見える景色だけで家庭内の真実に白黒をつけようとすること自体、どこか危うさを孕んでいるように思えてならない。報道されたほんの僅かな情報だけで、私たちはなぜこうも簡単に他人をジャッジしてしまうのだろうか。

今回の記事は、こうした報道を機に、さらに根深い児童虐待や孤立といった深刻な話に踏み込んで書こうと思う。そのため、過去に同様の被害経験があり、フラッシュバックなどの恐れがある人は、今すぐ引き返して欲しい。

逆に、そうした問題が「自分には想像しきれない」という人については、他者の背景にほんの少し触れるだけで、世界の見え方が変わるかもしれない。何より重要なのは、個人の家庭を断罪することではなく、本当に支援が必要なのにどこにも繋がれない子どもを一人でも無くすことではないか。その一助となるような視点を提供したい。

■「行政に繋げるまでが難しい」という支援現場の共通認識
私は現在、月一で少年院に赴き、院生たちを対象に表現コミュニケーションのワークショップを行っている。それとは別に、現在、若者の孤立と貧困をテーマにした映画の脚本を執筆している。取材の際に複数の若者支援NPOや任意団体を回り、現場の人々からお話を伺ったのだが、様々な支援現場が一様に口を揃えていたのは、「行政の支援に繋げるまでがとにかく難しい」というリアルな実態だった。

家庭の内部というのは完全に「ブラックボックス」だ。だからこそ、特に弱い立場に置かれがちな子どもの視点や意見については、慎重に見極める必要がある。子どもが自らSOSを発することは、大人が想像する以上に困難なのである。

先日、AIに相談した子どもが児童相談所に繋がったというニュースが話題になった。どんなプロンプト(指示文)を入れて対話したのか詳細が分からなければ客観的な判断は出来ないが、少なくとも「まず児童相談所に相談する」という行為自体が、子どもにとってどれほど高い心理的ハードルを乗り越えることなのかを想像してみてほしい。

例えば、あなたは児童相談所の虐待対応ダイヤル「189(いちはやく)」に電話してみたことがあるだろうか。

もちろん、緊急性のない通報や相談で回線を塞ぐようなことは絶対に避けるべきだが、最初につながる際、どのような音声案内が流れるかだけでも知っておいてほしい。受話器から聞こえてくるのは、「こちらは児童相談所、虐待対応ダイヤルです」という、非常に無機質な自動アナウンスだ。「虐待」という言葉を耳にした瞬間、大人の私でもドキッとしてしまう。決して「気軽に相談できる雰囲気」ではなく、かなり強い勇気を持たないと、怖くなって思わず受話器を置いてしまうような緊張感があるのだ。

そもそも、子どもたちは「相談のプロ」ではない。慣れない電話をかけて、自分の苦しさを言語化し、何をどうしたいのかを理路整然と説明できる子など、そうそういるはずがないのだ。

そのため、私が取材をさせていただいた若者支援の特定認定NPO団体D×P(財政の9割を寄付で賄っている)では、子どもの心理に寄り添った独自の食糧支援を行っていた。

D×Pでは、まずハードルの低いLINEで相談を受け付ける。子どもにとって、ただ「困っていることを話して」と言われるよりも、「食糧支援」という具体的で明確な目的がある方が、相談へのハードルはグッと下がる。

LINEを通じてつながりを持ったあと、本当に支援が必要な子どもと面談を行う。そこでアレルギーの有無や家庭の調理器具の状況を確認し、相手が女性であれば生理用品なども配慮して同梱する。そうして、温かい手書きのメッセージを添えた、食糧がいっぱいのダンボールを、子どもたちのもとへ届けるのだ。まずは物理的な物資で生活を支え、心の距離を縮めてから、本当に抱えている家庭の深い悩みへとアプローチしていく。

こうした活動を民間NPOが行う現状に対して「行政は何をしているんだ」という声も聞こえてきそうだが、行政も手をこまねいているわけではない。近年、行政はD×Pから定期的にヒアリングを行い、密な連携を図っている。状況の悪化を受け、また民間NPOが積み上げてきた確かな実績を元に、国や自治体が予算をつけて支援体制を拡充する動きも進んでいるという。

しかし、それでも市区町村の窓口を自ら利用する子どもはほとんどいない。「行政に相談したら、すぐに親に連絡がいってしまうのではないか」という不安を抱える彼らにとって、行政の窓口という選択肢は真っ先に消えてしまうか、そもそも頭に浮かびすらしないのがリアルな現状だ。

D×Pでは、若者がふらっと立ち寄れる「居場所」も運営している。そこは、スマホの充電ができたり、漫画や楽器やゲームなどがあり思い思いに過ごせる空間だ。壁には付箋で意見を書いて貼るスペースがあり、子どもたちの意見が尊重される工夫も凝らされている。そして何より、温かいご飯を食べることもできる。中には家庭環境の影響からか、レトルト食品じゃないと受け付けない子もいるそうで、そうした個別の事情にも対応できるように配慮しているという。

そうした場所に繋がっても、すぐに虐待や家庭の相談ができるわけではない。何度も通い、時間をかけて「この大人になら、自分の本当の状況を伝えてもいいかな」と思えて初めて、ぽつりぽつりと話し始めてくれる。家庭を居場所だと思えない子どもたちにとって、大人という存在は「相談していいかどうか」を極めて慎重に見極める対象なのだ。

スタッフがじっくりと関係性を築き、「一度病院に行ってみない?」「一緒に行政の窓口へ行ってみよう」と提案したことに対して、子どもが「この人が良い人と言うのなら……」と、不安を抱えながらも了承して、そこでようやく病院や行政の支援に繋がることができるのだ。

■「当たり前」という正常バイアスの盲点
少年院の現場でも、家庭環境の過酷さを物語るエピソードに触れた。ある少年が、実にあっけらかんと、サラッとした会話の中で「家で魚や野菜を食べたことがない」と言った。

逆境的な環境で育った人々の間でよく耳にするのは、「当時はそれが当たり前だと思っていた。大人になってから、ようやく自分の家への違和感を持てるようになった」という言葉だ。

人間には、どれほど過酷な環境であっても「自分の人生を肯定したい、意味のあるものだと思いたい」という強い心理的欲求がある。そう思わなければ心が崩壊してしまうため、無意識の生存戦略として、過去の理不尽な扱いに対して「自分を成長させるために、あれは必要な経験だったのだ」と、正常バイアスをかけて耐え忍んでしまうことも少なくない。

適度なストレスが人を成長させることがある半面、過度な虐待や心の傷は、脳そのものの発育に深刻な悪影響を及ぼすことが近年の脳科学の研究でも明らかになっている。本人がどれだけ「平気だ」と思い込もうとしても、心と身体は傷ついているのだ。

この問題は「貧困家庭だけの問題だろう」と思うかもしれないが、それは大いなる誤解だ。都内の高級住宅街と呼ばれる地域でのネグレクト(育児放棄)の事例を、無料塾を運営する方から聞いたことがある。官僚や大学教授といった、社会的地位のある家庭内でのDV(家庭内暴力)や虐待も存在する。プールもあるような立派な外観の大きな家に住みながら、食事も用意されず、兄弟だけでポツンと暮らしている中学生もいるのだ。

有名国立大学に通っている学生から、D×PにSOSが出されるケースもあるという。現代はファストファッションの普及により、安くて綺麗な服が買えるようになった。さらにスマートフォンについても、回線契約は切れているものの、街中のフリーWi-Fiがある場所でだけ使える端末を持っている、という子どもたちも少なくない。周囲の大人から見れば、一見「スマホの代金が払えるくらい裕福なんだから、虐待や困窮とは無縁だ」と感じてしまうかもしれない。しかし実態は、そのWi-Fiの電波こそが、外の世界とつながる唯一の命綱なのだ。

だが彼らは携帯電話の番号を持っていないため、そもそも「189」などの電話をかけるという選択肢自体を持つこともできない。

周囲の人間が、表面的なステータスや持ち物だけで、安易に家庭環境を判断することは非常に困難なのだ。

■流行語の裏に潜むトラウマ
とある若年女性支援のNPOから聞いた話で、非常に衝撃的だったエピソードがある。ネットを中心に、お風呂に入らない・入れない状態を指す「風呂キャンセル界隈」という言葉が流行した。

私は最初、この言葉を聞いた時、ネットでは軽い言葉選びをしているものの「抑うつ状態で気力が出ないのだろう」と考えていた。もちろんそれだけでも適切なケアが必要な状態だが、現場のNPOスタッフが直面していたのは、その言葉の裏に潜む深い傷痕だった。

その支援団体が居住スペースを用意して保護していた若年女性は、子どもが生まれたばかりにも関わらず、重度の「風呂キャン」状態だった。子どもの衛生面や母体の健康を考え、スタッフは何とかお風呂に入ってほしいと促した。しかし、よくよく話を聞くと、その女性はかつて家庭でお風呂場での性的嫌がらせや虐待を受けていたという。彼女にとって、お風呂は気持ちをリフレッシュする場所ではなく、「恐怖の記憶が呼び起こされる場所」だったのだ。

こうした心の傷は、出産という人生の一大事においても牙をむく。出産の際、産院のスタッフから「力を抜いて」と何気なく声をかけられることがある。しかし、その本来なら気にならないはずの一言が引き金となり、過去に受けた身体的・性的被害のトラウマが引き起こされ、パニックになってしまう女性が少なくないという。

人には、他者が到底想像しきれないほどの深い背景や心の傷がある。人は傷を隠す。自分を守るために冗談めかした態度や言葉を選び取ることもある。

家庭内暴力や虐待に走る加害者側にも、別の歪みや過度な抑圧がある場合が多い。仕事先では「優秀な人」「良い人」「気を遣う人」であっても、そこで溜め込んだストレスが、家庭内のより弱い立場へと流れていってしまうことがある。力関係の低い方へ、プライドを守るための力の誇示や、支配的欲求、依存は流れていく。

この世には、自分の価値観や常識を遥かに超えた環境で生き抜いてきた人間が、確実に存在する。もしあなたが、幸運にもそのような逆境的な育ち方をしていないのだとしたら、それだけはどうか頭の隅に置いておいて欲しい。

■怒りの奥にある「一次感情」を抱きしめる
私にも子どもがいる。親として、子どもが理不尽に反抗的な態度を取ったり、思い通りに動いてくれなかったりするとき、ついカッと怒りが込み上げてくることは一度や二度ではない。感情に任せて怒鳴りたくなる衝動は、親であれば誰もが身に覚えのある、綺麗事ではないリアルな感情だろう。

有名人の親子トラブルを巡る報道を見て、直情的にどちらかを責めたり、逆に過去の自分を重ねて、「こんなことで親に反抗するなんて」「自分たちの時代はもっと厳しかったのに」と考えてしまう心理もよく分かる。

もし、あなたが何かのニュース(そもそもニュースというものは、人々の関心を引くために扇動的に作られている側面がある)や、SNSのタイムラインを目にして、反射的に激しい怒りが込み上げてきたときに思い出してほしい。

心理学において、「怒り」は二次感情であると言われている。怒りが湧き起こるその手前には、必ず別の「一次感情」が隠れているのだ。

それは、ニュースを見たショックによる「悲しみ」だったり、「自分の立場や家庭の平穏が脅かされてしまうのではないか」という不安だったり、あるいは自身の過去を思い出して辛くなる「寂しさ」や「恐怖」かもしれない。

この記事や、世に溢れる様々な情報を目にして、もしモヤモヤとした居心地の悪さや憤りを感じたなら、どうか知ってほしい。

あなたは決して非難されていない。

主語を一度ニュースから切り離し、「自分はいま、怒りの奥底でどんな痛みを抱えているのだろう」と、その一次感情に目を向け、まずは自分自身の心を優しく抱きしめてあげてほしい。自分のことのように怒りを覚える時ほど、自身の心に向き合う大切なチャンスでもある。

家庭というブラックボックスを、勇気を持って開けようとした子どもや若者たちのSOSを、周囲の無理解やバッシングで絶対に潰さないであげて欲しい。

本当に必要なのは、加害者側・被害者側の双方が抱える歪みに目を向け、適切な救済と支援の手を差し伸べることだ。正解のない複雑な社会問題だからこそ、私たちは「自分の物差し」だけで安易に善悪をジャッジせず、ただ客観的な現実に目を向ける視点を持っていたい。


葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表


【関連記事】
■「どうしてもできない」と泣き出す新入社員にどう対応するべきか?早期離職を加速させる、効率化と正論の罠 (葛木英 脚本家)
https://sharescafe.net/63247500-20260601.html
■パスタが折れても「味は同じ」と言うイタリア、脅迫に「誠実」で返す日本ーカスハラ対策義務化で問われる「仲間の守り方」 (葛木英 脚本家)
https://sharescafe.net/63214215-20260517.html
■少年院で「肩車って何?」と尋ねられた日。演劇手法が、特性を抱える子の自発性を引き出す「更生と支援」の新しいカタチ (脚本家 葛木英)
https://sharescafe.net/63170243-20260426.html
■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/62674731-20250930.html
■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/61186482-20240125.html


■プロフィール 葛木英(くずき・あきら) 脚本家・演出家・Stage Connect代表
kuzuki
25年のキャリアを持つ現役脚本家。エンターテインメント作品の他、応用演劇の手法“フォーラムシアター”を使った少年院での更生支援や、行政の人権ワークショップ、企業の組織開発研修を実践。表現コミュニケーション教育の持つ「答えのない世界で生き抜く力」を、具体的なワークショップや研修プログラムへと落とし込む。パワハラ予防士、折れない心を育てるいのちの授業認定講師。いしかわ観光特使。

公式サイト http://www.stage-connect.com
X https://x.com/kuzukiakira @kuzukiakira
公式サイト(個人) http://www.kuzukiakira.work

この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。