![]() 確かに、それらの発言は判決でも問題視されています。しかし、この判例をそのように理解してしまうと、本質を見誤るおそれがあります。 管理職研修をしていると、よく「『いい年なんだから』と言うとパワハラになりますか。」「『社会人なんだから』は言ってはいけませんか。」などと質問されることがあります。気持ちはよく分かります。管理職としては、「この言葉は使ってよい」「この言葉は避けるべき」という基準があれば安心だからです。 しかし、このような発想で判例を「禁止ワード集」として読んでも、パワハラ防止に活かすことはできません。ハラスメント対応を専門とする社会保険労務士として、その理由を解説します。 ■裁判の判決はあくまでも個別の事例 なぜ、判例を「禁止ワード集」として読んではいけないのでしょうか? 裁判所は、「この単語を使ったから違法」と判断しているわけではありません。それにもかかわらず、私たちは印象に残った一言だけを切り取り、「これを言ったらおしまい」と覚えようとしてしまいます。 この読み方では、次の判例が出るたびに新しい禁止ワードを覚え続けることになります。 判決には、その裁判の結果としての機能だけではなく、今後、同種の事件が起きたら、それを判断する際の基準になるという機能があります。それを「判例」と言っているわけです。 しかし、どういう言葉を使ったか、どういう行動をしたか、というレベルで読むと、「判例」としての機能は果たせません。 言葉や行動等、個別のものを見るのではなく、裁判所がどこをポイントとして判断しているのか読み解いてこそ、判例として次の裁判につながります。 一般のビジネスパーソンも、「この裁判のポイントはここだ」ということを理解してこそ、周りで実際に起こっている事例が、違法なのかそうでないのかというヒントを得ることができるのです。 ■裁判所が見ているのは「言葉」ではなく「指導の中身」 今回の判決で見落としてはいけないのは、裁判所が「厳しい指導」そのものを否定していないことです。 部下は書類作成で誤字脱字や記載漏れ、提出期限を過ぎるなどを繰り返していました。裁判所も、そのような状況であれば、指導の度合いを一定程度強めること自体は社会通念上相当であると認めています。 つまり、「強く指導したからパワハラ」という判決ではありません。 問題になったのは、その指導の中に、仕事とは直接関係のない話が繰り返し入り込んでいたことです。 「もう30歳なんだから。」 「語学ばかりじゃなくて警備の仕事もしろよ。」 どちらも、書類作成のミスを改善するために必要な指導ではありません。書類のミスを直してほしいのであれば、書類の話をすればよいはずです。ところが、そこに年齢や語学という、仕事とは直接関係のない話題が加わることで、指導の対象が「仕事」から「その人の人格」へと移ってしまいます。 裁判所が問題視したのは、「30歳」という年齢を指摘する言葉ではなく、「仕事と関係ない人格への評価」だったのです。 ■「人格評価」と「仕事に関係ないこと」は要注意 パワハラ研修では、「人格ではなく行動を指摘しましょう」という話をします。 これは単なるコミュニケーションのテクニックではなく、今回の判例にも共通する考え方です。 例えば、「重要事項が抜けています」「提出期限に間に合うよう、次回はこの手順で進めましょう」と言ったとしたら、これは仕事の指導です。 一方で、「もう30歳なんだから」「ベテランなんだから」「○○大学を出ているのに」「趣味ばかりやっているから」、こうした言葉は、仕事とは関係のない属性を持ち出して相手を評価しています。 もちろん、こうした言葉を一度使っただけで、直ちにパワハラになるわけではありません。実際の裁判では、指導の態様や継続期間、本人の受け止め方なども含めて総合的に判断されます。 それでも、多くの判例を読んでいると、一つの共通点が見えてきます。 仕事に必要な指導が厳しかったかどうかでなく、仕事とは関係のない属性や人格評価で相手の感情を傷つけていなかったか。この点に該当すると、裁判所は指導ではなく、パワハラだと見るのです。 ■判例から学ぶべきなのは判断基準 管理職研修で、「幼稚園からやり直せ」と侮辱的な言葉を使って叱責してはいけません、と教えることがあります。もちろん、分かりやすい研修にはなります。しかし、それだけでは実務では応用が利きません。新しい判例が出れば、新しい禁止ワードが増えるからです。 「肩にフケがベターと付いてる。おまえ病気と違うか」という言葉が書かれた判例がありました(参考:東京地裁2007年10月15日判決 日研化学事件)。これひとつだけだと、身だしなみや健康状態への指摘にも見えます。しかし、問題はフケを指摘することではなく、相手を侮辱し続けたことなのです。 判例から学ぶべきなのは、禁止ワードではありません。裁判所が何を問題視したのかという判断基準です。 仕事に必要な指導だったのか、仕事とは関係のない話を持ち出していなかったか、相手の行動を改善するための指導だったのか、それとも相手自身を評価する話になっていなかったか。 この視点で判例を読むようになると、一つひとつの判例が「この言葉はダメ」という知識ではなく、「なぜダメだったのか」を考える教材に変わります。 ■判例を「禁止ワード集」にしない パワハラについて、はっきりした基準がほしいという欲求はとてもよくわかります。 しかし、管理職と部下という関係は、人の数だけあると言っていいくらい個別のものです。その中で、「この言葉はよくない」と覚えても、あるときはその言葉を言っても問題にならず、あるときは善意のつもりの言葉で相手が傷ついてしまったりします。 禁止ワードを覚えるのではなく、相手との向き合い方、どのように指導すれば相手を尊重しつつ仕事がうまく回るのか、そのような点を覚えて、実際にそのように動いてみるのが、ハラスメント防止の第一歩です。 どこが判例のポイントなのか、ニュースだけではわからないことが多いものです。マスコミは、ひとつの言葉にフォーカスし、それが本質のように書くからです。 判例は重要な資料ですが、禁止ワード集として使うのは、的はずれだということ、「仕事に必要な指導になっているか」「仕事とは関係のない属性を持ち出していないか」という視点で、自分の指導を見直すことが、職場で役立つパワハラ防止につながるのです。 李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント 【関連記事】 ■佐藤二朗・橋本愛トラブル報道が他人事ではない理由~職場を崩壊させる「悪者探し」の罠 (李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/63329729-20260709.html ■「飲酒運転=即クビ」は本当か (李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/63303460-20260628.html ■阿部元監督辞任で見えた「パワハラという時限爆弾」成果を出すリーダーの盲点 (李怜香 社会保険労務士) https://sharescafe.net/63246942-20260601.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント 早稲田大学卒業。1999年、宇都宮市にて李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)を開業。2011年、産業カウンセラー登録。2012年、ハラスメント防止コンサルタント認定、(公財)21世紀職業財団ハラスメント防止研修客員講師に就任。2019年、健康経営エキスパートアドバイザー認定(第1期)。 官公庁から大手企業、教育機関まで幅広い分野で研修実績があるハラスメント対策のエキスパート。ハラスメント外部相談窓口の相談対応や、事案解決支援の経験を活かした実践的な指導には定評があり研修受講者からの満足度は90%以上。 法的知識とカウンセリングスキルを組み合わせた独自のアプローチにより職場のメンタルヘルスやハラスメント防止の分野で企業をサポートしている。岐阜県生まれ。 公式サイト https://yhlee.org/wp/ X: https://x.com/mental_sp_roumu @mental_sp_roumu YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCGilZsldcxBgu5k5vzqWptw シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


