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「出向」という言葉を聞くと、まず頭に浮かぶのはどんな光景でしょうか?

肩を落とし、段ボールを抱えて見知らぬ会社の受付に立つ……「半沢直樹」等のドラマでおなじみの「左遷」のような特別なイメージを持つ人は、今も少なくありません。ところが実際のデータを見ると、様相はまるで違います。在籍出向の過半数を50代以上が占めており、出向はもはや一部の「不運な人」に降りかかるものではなく、多くのミドル・シニアがいずれ経験する、ごく普通の人事異動になっているのです。

近年は、激しい時代の変化に対応するため、自社の中だけで経験を積むのではなく、あえて社員を社外に送り出し、異なる環境で経験を積ませることが、人材育成の有効な手段として注目されるようになっています。

日本企業には以前から、社員が雇用関係を維持したまま他の企業で働く「在籍出向」という仕組みがあります。かつては雇用調整や取引先支援の手段として語られることが多かった在籍出向ですが、近年では、異業種・異職種での経験を通じて視野を広げ、社外でも通用する力を育む「越境学習」の機会として、その価値が改めて見直されています。

一方で、籍を他社に移す「転籍出向」に比べ、出向元に籍を置きながら他社で働くという形態をとることで、特有の課題があることも現実です。そのために、せっかくの成長の機会でありながら、それをフルに生かしきれない例もあるのも事実です。

公こうした変化を受け、公益財団法人産業雇用安定センターで2025年12月に「在籍型出向している従業員に対する意識調査」(従業員規模300人以上の企業に在籍し現在出向中の役員・正社員1,000人対象)を行いました。この調査は、当事者を対象に行った大規模調査としては本邦初のものです。

本稿では、在籍出向を経験した人々へのインタビューをもとに、同財団の調査に照らして出向先での経験をどのようにキャリア形成につなげていったらよいか、キャリアコンサルティングの視点から考えてみたいと思います。

■いま、出向が増えている
まず在籍出向の最近のマクロの傾向を見てみましょう。コロナ禍(2020~2022年)では、雇用調整のための「在籍型出向」が急増し、社会的な注目を集めました。政府も「産業雇用安定助成金(雇用維持助成金の一種)」を設けて後押しし、異業種・異業界をまたいだ人材移動が急速に広がりました。その後、コロナが落ち着いた後も、在籍型出向の動きは止まるどころか、むしろ定着・拡大の傾向を見せています。

冒頭で紹介した、公益財団法人産業雇用安定センター調査によると、出向の理由として最も多かったのは「出向先の人手不足を補うため」(31.7%)、次いで「グループ内企業に出向することが人事上の慣行となっているから」(26.4%)でした。コロナ期には雇用維持目的の出向が注目されましたが、今回の調査では「出向先の人手不足を補うため」「グループ内人事慣行」が上位を占めており、現在の出向には人材活用や人材交流の側面も大きいことがうかがえます。

また、同調査では出向者の平均年齢は51.1歳、50代が全体の51.4%を占めており、出向が特に中高年層に集中していることも明らかになっています。とりわけグループ内企業への出向では、50代・60代が7割強を占めています。これは、いわゆるシニア層の出向が、多くの大企業で一般的な人事運用の一つとして行われていることがうかがえます。

■「在籍出向だから安心」ではない
在籍出向とは、出向元の企業に籍を置いたまま(雇用関係を維持したまま)、出向先の企業で働く形態です。もう一つの形態「転籍出向」は出向元との雇用関係を解消するため、実質的には転職に近い性格を持ちます。在籍出向の場合、給与・待遇は原則として出向元の条件が維持されるため、「雇用は守られている」という安心感があります。

だからといって、出向の影響を軽く考えるのは禁物です。在籍であっても、実際の環境変化は転職と変わらないくらいの大きさを持っています。職場が変わり、人間関係が変わり、業務内容や企業文化が変わる。これは、たとえ籍が元の会社にあっても、当事者にとっては大きなストレスを伴う出来事です。

また、在籍ならではの問題もあります。出向元は「先方に任せている」、出向先は「もともと自社の社員ではない」という意識が生まれやすく、当事者が孤立した状態に置かれることもあります。

産業雇用安定センターの調査でも「出向して苦労した点」として、「出向元でのキャリア形成にマイナスの影響があった」(7.5%)、「出向元で経験・蓄積したネットワークから切り離されてしまった」(11.8%)、「出向の目的や自分の役割が明確でないこと」(9.5%)といった回答が挙がっています。在籍しているにもかかわらず、キャリアや人間関係の面で孤立感を抱きやすい状況が存在することがうかがえます。

■中高年の出向──「あたりまえ」が破られるとき
出向者が多いのは中高年(40代後半~60代)ですが、この年代特有の課題も挙げられます。それは、長年勤めた職場に慣れすぎているということです。

長年勤めた職場では、職場のルール、人間関係、自分の立ち位置、仕事の進め方──すべてが「あたりまえ」になっています。部下への指示の出し方も、会議での発言の仕方も、昼休みに行く食堂の場所さえも、深く考えなくても自然に動けるようになっている。そこへ突然、見知らぬ職場・見知らぬルール・見知らぬ人間関係の中に放り込まれるのが出向です。一般的には年齢と共に環境変化への対応力は低下することもあり、出向先の環境に適応することに問題を抱える人も少なくありません。

一方で、中年期以降、定年後まで見据えたキャリアを考えると、自分が慣れ親しんだ環境の外に出る経験は貴重です。「あたりまえ」と思っていたことが本当に外の世界でもあたりまえなのかを検証し、さらに今の大企業・有名企業の看板や社内人脈なしに、自分がどれだけ通用するか──出向は素の自分を試す機会となりうるのです。

■出向で「あたりまえ」を見直したAさん
ある金融機関系シンクタンクに長年勤めた50代の男性(仮にAさんとします)が、40代後半に経験した関連会社への出向についてご紹介しましょう。

Aさんは、社内で部署異動したばかりにもかかわらず出向を命じられました。出向するのは2回目だったこともあり、「なぜまた自分が出向?」と、会社への不信感を抱いていたそうです。しかし、その出向経験によって、新たな視点で今後のキャリアを見直すことになりました。

出向元の会社では長時間残業や休日出勤の多いハードワーク続きでしたが、出向先では一転してワークライフバランスをとる環境になりました。

「元の会社は、給与はかなり高かったと思います。でも50代を迎えようとして、本当にこの先、あのハードワークを続けたいのだろうか?と考えるようになりました」とAさんは当時の気持ちを振り返って話していました。

この気づきは、一見小さなことのように思えますが、実はとても重要な変化です。「あたりまえ」の外に出ることで、「あたりまえ」を客観視できるようになる。これは中高年の出向が持つ、最大の贈り物の一つといえます。

ハードワークから解放されたこともあり、Aさんはこれまで先送りにしていた今後のキャリアについてじっくり考えるようになります。転職も選択肢の一つとして考え始めた矢先に、以前の出向先の上司から「うちの会社に来ないか?」と声がかかり、背中を押されることになりました。

■出向をキャリアの棚卸しの機会に
中高年の出向は、キャリアの棚卸しを強制的に行わせてくれる機会でもあります。忙しい日々を送っていると、自分のスキルや価値観、強みと弱みを立ち止まって考える時間はなかなかとれません。出向によって環境が変わると、「自分は何が得意で、何が苦手なのか」「これまでの経験で何が通用して、何が通用しないのか」ということが、嫌でも浮き彫りになります。

産業雇用安定センターの調査では、出向してよかった点として「新たな技術・スキルを吸収することができた」が全体の26.7%、グループ外企業への出向では34.9%と最多でした。また「出向先の事業に貢献できた」(24.6%)、「出向先での仕事を通じてモチベーションが上がった」(9.3%)といった回答も見られ、出向が単なる異動ではなく、自己成長の機会として機能し得ることが示されています。

特に注目したいのは、「家庭の事情に対応しやすくなった」(4.6%)という回答の存在です。これはわずかな数字ではありますが、通勤距離の短縮や勤務時間の変化によって、介護や育児との両立がしやすくなったというケースが一定数あることを示しています。今日の中高年は介護の問題を抱える人も多く、その意味でも出向が「ライフの棚卸し」にもなりうることが見えてきます。

もちろん、全てがポジティブであるわけではありません。「業務量の負担が大きかった」(15.0%)、「出向元での仕事と出向先での仕事との関連性が薄い」(12.2%)といった苦労も少なくありません。しかし、こうした困難は、適切な支援を受けながら乗り越えることができれば、キャリアの厚みにつながることもあります。

■「通用する自分」を再発見するために
出向先では、今まで当然のように持っていた肩書きや社内での知名度がリセットされます。部長だった人が、出向先では「よその会社から来た人」になる。これは、ある意味ではフェアなリセットです。

そこで問われるのが、ポータブルスキル──特定の会社・業界に依存しない、汎用的に持ち運べる能力です。課題を発見して整理する力、人間関係を構築する力、チームをまとめる力、複雑な状況を説明する力……こうした能力は、在籍する会社の看板ではなく、その人自身の力として出向先でも発揮できます。

出向先で「自分はこれができる」という手応えを感じた経験は、定年後の働き方や、転職・起業の検討にも大きな自信を与えてくれます。逆に「思ったほど通用しなかった」という気づきも、今後のスキルアップに向けた明確な課題になります。どちらも、長期的キャリア形成にとっては価値のある情報です。

なお、厚生労働省はポータブルスキルの可視化ツールを無料で提供しています。出向をきっかけに一度、自分のポータブルスキルを棚卸しすることをお勧めします。


朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー


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■プロフィール 朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー
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慶応義塾大学文学部卒業後、大手通信会社に入社。その後、社会人向け経営教育を展開するベンチャー企業に転職。通算25年間の会社員生活を経て、現在はフリーランスのキャリアコンサルタント・産業カウンセラーとして働く個人への相談対応のほか、ダイバーシティ&インクルージョン分野での講師として活動中。英国レスター大学MBA。
2021年に一般社団法人WINKを設立し代表理事に就任。子どものいない人の現状の調査や発信のほか、高齢期の不安に対処するための当事者活動を自治体と連携して展開。なかなか声が届きにくい人に着目して発信活動を展開。

公式サイト(朝生容子 オフィス・キャリーノ) https://office-carlino.com/
公式サイト(一般社団法人WINK) https://wink.jp.net/wp/


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