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もし明日、上司から「他社へ出向してほしい」と言われたら、あなたはどう感じますか?

かつては「左遷」など、否定的なイメージもあった出向ですが、近年はビジネスパーソンの間で「他社留学」や「越境学習」の文脈で注目を集めています。社内では得られないスキルや人脈を、期間限定の在籍型出向によって他社で吸収してくる―そんな前向きなキャリアアップの手段として、メディアでも度々特集されるようになりました。新型コロナ下での雇用調整方法となったことで、その傾向に拍車がかかっています。

ところが、この新しいトレンドに送り出される出向当事者のリアルな評価は、決して手放しで喜べるものばかりではありません。

在籍型出向の役割が企業にとっての積極的な人材活用へシフトする中、等の出向した従業員本人たちはどのように感じているのか?これまで抜け落ちていた「従業員本人の本音やキャリアへの影響」を把握し、効果的な支援のあり方を提示するため。 2025年に公益財団法人産業子④安定センターでは在籍出向当事者1000人を対象に調査を大規模調査を行いました。その結果、出向経験者のうち「出向してよかった」と答えた人は50.0%と、賛否が半々に分かれる結果となりました。この違いはどこから生まれるのでしょうか?

本稿では、出向を自らのキャリアに活かすか否かの分かれ目はどこにあるのか、産業雇用安定センターの調査結果を参考に、キャリアコンサルタントである筆者が実際にであった事例をもとに考えてみたいと思います。

■「なぜ自分が?」という問い
30代・40代という働き盛りの時期に出向を命じられたとき、多くの人が最初に感じるのは「なぜ自分が?」という疑問です。昇進・昇格のチャンスを逃すのではないか、社内での存在感が薄れてしまうのではないか、出向から戻ったときに自分の居場所がなくなっているのではないか──そうした不安が頭をよぎります。

この「出世街道から外れた」感覚は、特に年功序列や終身雇用の意識が残る日本の職場では根強くあります。「出向=本流から外れた」という図式が、いまだに多くの人の頭の中に生きているのです。

しかし実際はどうでしょうか。産業雇用安定センターの2025年12月調査では、30代の出向者は全体の11.1%、40代は17.8%存在します。しかもグループ外企業への出向ではこの年代の割合がより高く、グループ外への出向者は「出向元に復帰する予定」(29.6%)が最も多い結果となっています。つまり、若手・中堅の出向の中には、出向元への復帰を前提とした人材交流や育成の性格を持つものも少なくないことがうかがえます。

■業界団体への出向が変えたキャリア認識
キャリアチェンジという点で非常に印象に残っているのは、大手運輸会社勤務経験者のAさん(現在40代)です。Aさんは本社の間接部門に勤務中の30代前半に、業界団体への出向を命じられました。上司には「広い視野を養ってこい」と送り出されたものの、Aさん本人は「自分は出世コースから外れてしまったかもしれない」という不安を拭えなかったといいます。

そんな不安と不満を抱いていたAさんが、出向先で出会ったのは、業種も背景も異なる「優秀な人たち」でした。業務スキルが高いだけでなく、現状に満足せず絶えず自己研鑽を続ける人々にAさんは大きな刺激を受けました。在籍していた企業は日系の大手ですが、同僚たちがその環境に甘んじているように感じられるようになったそうです。Aさんは、元の職場に戻ったあとも「自分はこのままでいいのか」という問いを持ち続けるようになりました。

その後、Aさんは中小企業診断士の資格取得に挑戦し、さらに大学院にも進学。その後、家庭の事情でUターン転職をするにあたって、出向時代に培った広い視野と資格・学歴が大きな武器になったといいます。「出向がなければ、自分は今も元の会社の環境に甘えていたかもしれない」とAさんは振り返ります。

Aさんの事例は、出向が自己投資のきっかけになるという可能性をよく示しています。見知らぬ環境に放り込まれたからこそ、今までとは異なる視点から見えてきた自分の現在地があったのです。

■人脈という資産の形成
若手・中堅の出向がキャリアにとって有利に働く可能性の一つが、人脈の形成です。元の会社にいれば出会えなかった人たちと、深い業務上の関係を構築できる。この意味で、出向は「人脈投資」の絶好のチャンスでもあります。

米国の社会学者マーク・グラノヴェッターの研究「弱い紐帯の強み(The Strength of Weak Ties)」によれば、キャリアに有益な情報は、近しい友人や同僚(強い紐帯)よりも、それほど親しくない知人(弱い紐帯)からもたらされることが多いとされています。自分と同じような情報・視点を持つ身近な人間よりも、異なる世界に生きる人のほうが、自分にとって新鮮な情報をもたらしてくれるからです。

出向先の同僚や上司は、まさにこの「弱い紐帯」にあたります。出向期間中に真摯に仕事と向き合い、信頼関係を築いておくことが、長い目で見ると大きなキャリア資産になります。「出向先で構築した人間関係がきっかけで転職が実現した」というケースもあります。

産業雇用安定センターの調査でも、出向してよかった点として「出向先の従業員と人間関係が構築された」(17.7%)、「出向先の企業風土が把握できた」(5.7%)が挙がっています。これらは、将来のキャリア展開に活きてくる人的ネットワークの形成と言い換えることができます。

■出向期間の「意味」を自分でつくる
出向が出世街道から外れることにならないためには、出向期間を受け身で過ごすか、主体的に過ごすかが重要な分岐点となります。

「どうせ出向だから」と諦めモードで過ごすか、「せっかくだから得られるものを最大化しよう」と前向きに構えるか。同じ環境でも、そのスタンスによって得られる経験の質はまったく変わります。

具体的に主体的な出向を過ごすためのポイントをいくつか挙げてみましょう。

(1)出向の目的を上司・人事と確認する
出向前あるいは出向開始直後に、自分が何を期待されているのか、何を学んでほしいのかを明確にしておくことが重要です。「広い視野を養ってこい」といった漠とした目的にとどまらず、具体的な期待値をすり合わせることで、出向中の行動指針が生まれます。

(2)出向先でのゴールを自分で設定する
会社から何を言われたかとは別に、「自分はこの出向で何を得たいのか」を自問自答してみましょう。「業界の異なる人間関係を10人作る」「新しい業務プロセスのノウハウを習得する」など、具体的な目標を立てることで出向期間の密度が変わります。

(3)出向元との繋がりを意図的に維持する
「自分は忘れられてしまうかもしれない」という不安は多くの出向者が抱きます。出向元の上司や同僚と定期的に連絡を取り、存在感を示し続けることが、出向後のスムーズな職場復帰にもつながります。

(4)出向期間を「レジュメに書ける経験」にする
出向先でどんな課題に取り組み、どんな成果を出したか。これを意識して行動することで、出向経験がキャリア上の資産として蓄積されます。

■「出世」のイメージを書き換える
そもそも出世のイメージ自体を見直す時代であるともいえます。終身雇用・年功序列が当然だった時代には、一つの会社でひたすら昇進していくことが成功したキャリアの象徴でした。

さらに、出世コースと言われるような異動ステップがありました。しかし、環境変化の激しい現代では、一つの会社での経験するよりも、外に出た経験や予測できない状況に対応したような経験が、どこでも通用するスキルと経験の幅という本質的なキャリア資産につながる可能性が高くなっています。

実際に、経済産業省が公表した「未来人材ビジョン」(2022年)では、将来求められる能力の多くが企業や業界を越えて活用できる「ポータブルスキル」であることが指摘されています。変化の激しい時代においては、特定の組織の中だけで通用する能力に加え、社外でも活かすことのできるスキルや経験を意識的に身につけていくことが重要になっています。

また、経済産業省が推進している越境学習の取組では、出向や副業、兼業などを通じて社外で経験を積むことが、キャリア自律や主体性の向上につながることが期待されています。

出向は、経験の幅を広げる絶好の機会です。出向によって元の会社の論理だけで通用する人から、異なる環境でも活躍できる人へと変化することができれば、それはどんな社内の役職よりも長期的なキャリアにとって価値あるものになります。


朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー


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■プロフィール 朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー
asao
慶応義塾大学文学部卒業後、大手通信会社に入社。その後、社会人向け経営教育を展開するベンチャー企業に転職。通算25年間の会社員生活を経て、現在はフリーランスのキャリアコンサルタント・産業カウンセラーとして働く個人への相談対応のほか、ダイバーシティ&インクルージョン分野での講師として活動中。英国レスター大学MBA。
2021年に一般社団法人WINKを設立し代表理事に就任。子どものいない人の現状の調査や発信のほか、高齢期の不安に対処するための当事者活動を自治体と連携して展開。なかなか声が届きにくい人に着目して発信活動を展開。

公式サイト(朝生容子 オフィス・キャリーノ) https://office-carlino.com/
公式サイト(一般社団法人WINK) https://wink.jp.net/wp/


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