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「環境を変えれば、人は成長する。」

リスキリングや越境学習が注目される今、この考え方は人材育成のキーワードになっています。今までとは異なる環境で働くことで成長を促す一つの方法として、「在籍出向」も活用する企業が増えています。

こうしたトレンドを受けて、公益財団法人産業雇用安定センターは2025年に、在籍型出向している従業員本人を対象にした初めての大規模意識調査を行いました。「出向してよかったか」「苦労したことは何か」「出向期間終了後の見通し」など、当事者の声を直接集めた点が大きな特徴です。

本調査では、出向者の50.0%が「出向してよかった」と評価している一方で、すべての人が順調に適応できるわけではありません。11.4%の人が出向を評価しない(「出向しない方がよかった」または「どちらかというと出向しない方がよかった」)と回答しています。

本稿では、実際の相談事例をもとに、出向者の抱える心理的な負荷と、当事者として行える対策についてキャリアコンサルタントの立場から考えてみたいと思います。

■上司の退職で状況が一変したAさんの事例
以前私がカウンセリングで関わった、50代後半のメーカー営業職Aさんの事例をご紹介します。

Aさんは関連会社への出向を命じられた際、出向先に仲の良い上司がいて歓迎してくれたことや、同じ営業職を続けられることがわかっていたことから、むしろ新しい環境で働けることを歓迎する気持ちで赴任しました。「定年後もここで働いてもいい」とさえ思っていたといいます。

しかし、赴任して間もなく、その上司が退職してしまいます。頼みの綱を失ったAさんの状況は一変しました。出向先には、Aさんが在籍する親会社に良い感情を持っていない社員もおり、上司が去った後から人間関係が軋み始めます。親会社では進んでいた働き方改革の流れとは対照的に、出向先では残業・休日出勤が当然の文化として残っており、Aさんはそのギャップにも苦しみました。

最初は「自分でなんとかしなければ」と踏ん張っていたAさんでしたが、定期健康診断でいくつかの数値が悪化していることが判明します。産業医から「ストレスが影響しているかもしれない」と言われ、在籍元の会社のカウンセリング制度を使うことを勧められました。

カウンセリングを通じて、Aさんは「自分が問題解決をひとりで抱え込もうとしていた」ことに気づきます。人事部に相談することをわがままだと思い込んでいたAさんですが、「心身の健康が脅かされているなら、それは会社として対応すべき問題です」というカウンセラーの言葉で、人事部に状況を打ち明ける決断ができました。最終的にAさんは、出向元の会社に戻ることになりました。

■望んでいた出向だったが……
「出向」を命じられた時に、それをマイナスに捉える人ばかりではありません。中にはAさんのように、出向を前向きに捉える人もいます。しかしポジティブに受け入れた出向であっても、心身が疲弊するケースがあります。

人は誰でも、生活や仕事に大きな変化が起きるとストレスを感じますが、それは好ましくない変化だけではなく好ましい変化であっても同じなのです。結婚、出産、待望の昇進──「おめでとう」を言われるようなポジティブな出来事もストレスの原因になり身心を悪化させることは、心理学の研究でも明らかにされています。

また他の人事異動と同様に、在籍であっても出向は働くうえでの多くの要素が同時多発的に変わります。一つひとつは対処できたとしても、それが短期間に連続して起きると、ストレスへの適応に必要なエネルギーが追いつかなくなります。ストレス耐性に自信がある人ほど、「これくらい大丈夫」と無理をしがちで、かえって症状が深刻化する危険があります。

■出向者が陥りやすいリスク~孤立
Aさんの事例から見えてくる最大のリスクは孤立です。出向者は、出向元と出向先の間に宙吊りになった存在です。出向元の人たちとは物理的に離れ、出向先ではよそ者として扱われやすい。その「どこにも完全には属せない」感覚が、孤立感を生み出します。

前述の産業雇用安定センターの調査でも出向をポジティブに評価しない理由として「出向元で経験・蓄積したネットワークから切り離されてしまった」(11.8%)、「出向先での人間関係になじめなかった」(6.5%)と言った声が上がっており、出向者が組織の間で孤立感や疎外感を抱くことがあることを示唆しています。

さらに問題なのは、「出向中だから仕方ない」という諦めが、早期に相談する機会を奪うことです。Aさんのように「自分でなんとかしなければ」という責任感が強い人ほど、ぎりぎりまで一人で抱え込んでしまいます。そしてその間に、心身の消耗は静かに進んでいきます。

出向者がメンタルダウンするサインとして意識しておきたいのは、以下のようなものです。

・「出向先でのことを出向元の上司に話しても無駄だ」という気持ちが続く
・出向元・出向先のどちらの同僚ともランチや雑談をしなくなる
・週末になっても「仕事に戻りたくない」という気持ちが続く
・以前は楽しめていた趣味や食事への関心が薄れる
・身体的な不調(頭痛、睡眠の乱れ、胃腸の不快感)が続く

こうしたサインに気づいたら、早めに信頼できる人や専門機関に相談することが重要です。なお、こうした変化が始まってから相談するまでの目安は2週間と言われています。

■支援のリソースを先に把握しておく
Aさんの事例で注目すべきなのは、「長年勤めていた出向元の会社にカウンセリング制度があることを健康診断まで知らなかった」という点です。在籍企業から物理的にも切り離されてしまうため、必要な情報を得にくいというのも出向者が抱える課題と言えるでしょう。困ってから調べ始めるのでは、すでに疲弊していて適切な行動を取れない状態になっていることがあります。そうしたことを考慮すると、出向の発令があった場合は、着任前、あるいは着任直後に以下のリソースを把握しておくことをお勧めします。

【出向元での確認事項】
・出向中でも利用できる相談窓口(EAP・産業カウンセラー・社内相談室など)はあるか
・出向元の人事担当者との定期面談の制度があるか
・出向中の評価・処遇はどのように行われるか(誰が評価するのか)
・出向期間満了後の処遇の方針(復帰予定か、転籍か)

【出向先での確認事項】
・出向先で利用できる相談窓口・福利厚生制度はあるか
・業務の目標・役割・評価基準を誰と確認するか
・困ったときに相談できる上司・メンターは誰か

在籍出向の場合、出向元の福利厚生制度は「在籍中の社員対象」として使えるケースが多いですが、物理的に離れているため存在を忘れがちです。「在籍している以上、制度を使う権利がある」という意識を持っておくことが重要です。

■マネジメント・企業側が取るべき対応
ここで、当事者だけでなく、マネジメント・企業側の視点にも触れておきたいと思います。出向者のメンタルヘルス問題は、本人の問題だけにとどまりません。企業・組織として、適切なサポート体制を整えることが不可欠です。

産業雇用安定センターの調査では、出向者の40.3%が「出向期間満了後の処遇が現時点ではわからない」と回答しています。将来が見えない不透明感は、大きな不安とストレスの源になります。出向開始時点で、可能な範囲で将来の処遇方針を伝え、定期的な情報更新を行うことが出向者の安心感に直結します。

【出向元側が取るべき対応】
定期的な面談の実施は最も効果的な対応の一つです。仕事の話だけでなく「元気にしているか」という人間的なコンタクトが、出向者の孤立感を大きく軽減します。「自分は忘れられていない」という実感を持てるかどうかが、心理的安全の基盤になります。

また、出向前のオリエンテーションとして「出向先でよくあるギャップや困りごと」「相談できる窓口や制度」「評価の仕組み」を丁寧に説明することが重要です。「慣れれば大丈夫」で送り出すのではなく、「困ったときにどうするか」を具体的に伝えることが、その後のトラブル予防になります。

【出向先側が取るべき対応】
出向者は「よその人」ではなく、一定期間、一緒に仕事をするチームの一員として迎えることが大切です。出向者が業務目標・役割・評価基準をきちんと把握できているか、入社直後の社員と同様にオンボーディングを行っているかを確認してください。

特に注意が必要なのは、「出向者だから少しくらい冷遇しても大丈夫」という無意識の意識です。出向者もその会社に雇用されている人間として、ハラスメントや不当な扱いがあってはなりません。

【人事部門・管理職が日常的にできること】
出向者のメンタル状態を把握するために特別な仕組みは必ずしも必要ではありません。月に1回のメール、あるいは短時間のオンライン面談でも、「見ていますよ」というメッセージになります。問題が表面化してから動くのではなく、問題が起きないようにするという先手の関与が、出向者の心理的安全を守ります。

■まとめ──出向をキャリアに活かすために
産業雇用安定センターの調査では、出向を「よかった」と評価した人は全体の50%。裏を返せば、残りの半数はネガティブあるいは中立的な評価をしているということでもあります。この差には、出向先の環境や支援体制、本人の受け止め方や行動など、さまざまな要因が影響していると考えられます。

キャリアコンサルタントとして多くの事例に接してきた経験から感じるのは、そうした条件が同じであっても、当事者が主体的に意味づけを行い、周囲の支援を活用しながら経験を自らの成長につなげていこうとする姿勢が、出向経験の質を左右する重要な要素の一つだということです。

出向という転機は、決して選ばれた人だけのものではなく、いまや多くのビジネスパーソンが経験する可能性のある出来事です。その時に、この記事が少しでもお役に立てれば幸いです。


朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー


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■プロフィール 朝生容子 キャリアコンサルタント・産業カウンセラー
asao
慶応義塾大学文学部卒業後、大手通信会社に入社。その後、社会人向け経営教育を展開するベンチャー企業に転職。通算25年間の会社員生活を経て、現在はフリーランスのキャリアコンサルタント・産業カウンセラーとして働く個人への相談対応のほか、ダイバーシティ&インクルージョン分野での講師として活動中。英国レスター大学MBA。
2021年に一般社団法人WINKを設立し代表理事に就任。子どものいない人の現状の調査や発信のほか、高齢期の不安に対処するための当事者活動を自治体と連携して展開。なかなか声が届きにくい人に着目して発信活動を展開。

公式サイト(朝生容子 オフィス・キャリーノ) https://office-carlino.com/
公式サイト(一般社団法人WINK) https://wink.jp.net/wp/


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