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「うちの若手は指示待ちばかりで、自発的に意見を言わない」
「ハラスメントやコンプライアンスの研修はやっているけれど、現場のギスギスした空気が変わらない」

企業の経営層や人事、あるいは行政機関や福祉現場の管理職から、このような相談を耳にすることが増えました。特に2026年10月からのカスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務化を控え、多くの組織では、オンライン受講の拡充や資料配布など、新たなハラスメント研修や防止策を模索しています。

しかし、ルールや知識をインプットするアプローチを重ねても、現場の当事者意識や主体性を引き出すまでに時間がかかってしまうのも事実です。直近の意識調査でも、若手社員の約6割が入社3年以内に離職を検討しており、その最大の理由として給与以上に「職場の人間関係やチームの雰囲気」、そして上司の細かすぎる指示による「萎縮」が挙げられています。

一方向でルールを渡されるほど、若手は「上の言う通り、前例の通りにするのが正解」「間違えてはいけない」と身構えてしまうことがあるからです。

私は25年のキャリアを持つ脚本家・演出家として、演劇手法を応用した組織開発や少年院での更生支援を実践しています。 数々の現場を見てきて確信しているのは、今あらゆる組織に求められているのは、知識の研修でインプットをさせること以上に、自ら考え、気づき、試して(アウトプット)、それが安全に受け止められる環境をどう作っていくかという視点です。

本稿では、先日豊島区で開催した中高生向けのハラスメント防止ワークショップの事例をもとに、正解主義が主体性を奪うメカニズムと、その本質的な解決策を探りたいと思います。

■正解を伝える研修の「その先」にあるもの
なぜ、熱心に周知や研修など工夫しているのに、現場は慎重になってしまうのか。背景には、日本の学校教育や行政・企業組織が長年大切にしてきた「あらかじめ用意された正解(前例やマニュアル)を、いかに早く正確に出すか」を重んじる文化があります。

もちろん、正確性や基礎を身につけるためにこの文化は重要です。一方で、失敗のリスクを恐れるあまり、現場の根底に「波風を立てずに従順にしている方が安心だ」という心理が働きやすい側面もあります。どこかでジャッジされると思うことで発言はリスクになり、現実の人間関係やキャリアを守るために本音を外に出さないことが習慣化してしまうのです。主体的な表現や意見が求められる環境でありながら、「まずは正解通りに動け」と迫るのは、組織として矛盾したメッセージを孕んでいると言えます。

■「支援・指導」の場ほど陥る、強力な権力構造の罠
閉ざされた主体性を呼び覚ますヒントは、頭だけの座学ではなく、心と身体を使う体験学習にあります。

冒頭で触れた中高生向けのハラスメント防止ワークショップでの話です。今回は、舞台俳優と中高生が一緒に作品を作る現場で、保護者にも輪の中に入って参加してもらう形を取りました。

中高生にとって、俳優という「憧れの人々」と一緒に創作できる喜びは、何物にも代えがたい経験です。同時に、この環境は参加する中高生からすると「プロの言うことが絶対に正しい」「作品(役)のためには我慢しなければならない」と思いやすい、非常に強い権力構造が生まれやすい現場でもあります。

これは企業組織における「カリスマ的な上司と新入社員」の関係性だけでなく、行政や福祉現場における「支援者と被支援者」「指導する側とされる側」のパワーバランスとも共通しています。

立場が圧倒的に偏っている場では、弱い立場にある側は理不尽な違和感を覚えても、それを「自分が未熟だからだ」「従うしかない」と内面化して抱え込んでしまいます。

立場が異なる全員が対等に、安全に対話できる場をつくるため、私はまず、「発言しやすい環境づくり(チェックイン)」のワークから始めました。

■台本(アンチモデル)が可視化する「現場の違和感」
その安心感をベースに、あえて「コミュニケーションがうまくいかない“あるある”な課題例」が書かれた台本(アンチモデル)を用いた体験学習へと進めました。「こういう場合はこうしましょう」という正解を教えるのではなく、個々の感性でどこに違和感があったか、どうしたらより良いクリエイティブができたかを考える場を作ります。気づきは他者との関わりの中から生まれるからです。
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自分とは切り離された「台本の中のキャラクター」として、声に出して読んでみます。これによって、心と頭と身体にリアルな実感が伴います。その後、グループ毎に物語の中で感じた違和感に対して「ここがおかしい」「自分ならこう変える」と、大人も子どもも対等な立場で気づきをシェアしていきます。

グループで出た意見を全体に並べていくと、参加者から様々な気づきが生まれていきました。

・「未成年がいるのに22:45にLINEで連絡するのはおかしいのではないか」
・「演出家の権限が強すぎる(民主主義的じゃない)」
・「(被害側のキャラクターが)責任感を抱えこみ過ぎている」
・「何度もやらせるのではなく、相手に届く言葉にするなどもっと工夫する」
・「周りがフォローできたのではないか」

■「悪者がいなくても問題は起きる」という真実
このワークショップにおいて象徴的だったのは、「この劇に出てくる演出家は悪者か?」という私からの問いに対する、参加者たちの反応でした。参加した多くの人が「そうではない」と答えたのです。相手を傷つけようという悪意があるわけではなく、作品を良くしたいという「熱意」があるからこその行き違いであると、誰もが理解していました。

ここに、あらゆる指導者やクリエイターが考える重要な本質があります。「熱意や良い表現を作りたいという思いがあるかどうか」と「その現場が安全(ハラスメントや不適切ケアがない状態)か」というのは別問題です。悪者がいなくても、強い権力構造や正義感の暴走によって、問題は簡単に起きてしまいます。こうした現場独自のグレーな課題や、多様なメンバーそれぞれの「心地よさの定義」を可視化していくためにも、一方的な押し付けではない、対話によるガイドライン作りが必要になってきます。

■確かな行動変容を生む「体験学習モデル」のステップ
今回のワークショップは、JPASNのガイドラインを元に脚本を作成。フォーラムシアターなどの(演劇手法)をアレンジし、坂本ももさん開発の付箋のワークも取り入れ独自にまとめた2時間半のプログラムです。教育心理学や組織開発で広く用いられる「体験学習モデル(コルブの経験学習モデル)」の流れに準じて設計しました。
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従来のコンプライアンスやハラスメントの研修で手応えが得られにくい場合、客観的なルールや法律・罰則を伝えるところからスタートしているケースが多く見られます。これだと、受講者はどうしても守りの姿勢に入ってしまいがちです。

今回のように、よくあるケースを声にする身体感覚や、心を使う対話を通じて、主体的な気づきが生まれた後に、法律やガイドラインといった客観的なルールで補足を行うと、参加者の集中力が高まります。

「これは自分たちの表現や現場を守るために必要な知識だ」と、驚くほど真剣に、自分事としてルールと向き合えるようになります。それにより、自分たちにとっての理想の現場を考えるワークへと繋がり、全員で答えのない理想を描いていくことができるのです。

■「誰が悪者か」を探す不毛な時間を終わらせる
一般的な対策としては、組織のガイドラインをトップが明確にして周知することが大切です。だからこそ、同時に現場の声をしっかりと掬い上げることが求められます。どんな現場であっても、役割の認識の範囲や進め方は、お互いの育つ文化で常識は違うものです。「正しさ」や「常識」の押し付けは、時に他者への不寛容につながります。

ガイドラインや法律だけでは答えが出ないグレーな場面において、私たちはつい「これが唯一の正解だ」と決めつけてしまいがちです。しかし、正解を固定してしまうと、人はかえって他者に対して攻撃的になってしまいます。それは少年院の先生方から「あの子たちは正義感が強い」という言葉が出た時に、深く腑に落ちたひと言でもあります。

大切なのは、「誰が悪者か」を探すことではありません。「個人で抱え込まない」「他責にしない」「連携して助け合う」こと。人は誰しも完璧ではないからこそ、「自分には今、何ができるだろう」「一人ではなく、誰と連携できるだろう」と問いかけ、お互いにできることを持ち寄りながら、その都度対話でバランスを調整していく。これこそが、問題を未然に防ぐ本当のチームの姿です。

日頃のコミュニケーションをどう豊かにするか、どうすればフラットに安心して「グレーな違和感」を口にできる場を作れるか。その延長線上に、健全な組織が築かれていきます。

豊島区のワークショップでの取り組みを通じて、参加者からは「温かい雰囲気をつくる」「自分のできることはないか考える」「チームで負荷を分散し、支え合う」といった明日からの行動への前向きな意思が自発的に語られました。彼らの表現者、そして当事者としての主体性は、力強く動き出しています。

■これからのリーダーに求められる「ファシリテーション」の力
舞台俳優、中高生、保護者が共創する現場で見せたこの変化は、企業の組織開発や、行政・福祉・教育の現場、あるいはあらゆるクリエイティブの現場にも同じことが言えます。多様性の時代に求められるリーダーシップや指導力は、強い権力や前例で「正解を押し付ける」ことではありません。主催者やリーダーが「こういう場を目指したい」という方向性を示しつつも、多様な意見や感性を誰もが安心して出し合える環境を整え、お互いの知恵を編み合わせて合意形成へと導く「ファシリテーション型のリーダーシップ」です。

成果や正しい行動(DO)だけで人をジャッジするのをやめ、まずはその場にいるメンバーの存在(BE)や、彼らが感じる違和感をそのまま受け止め、問いを投げかける。この関わり方があって初めて、人は安心して思考や表現を始め、眠っていた主体性が動き出します。

目の前の正解のない課題に対して、当事者たちが自ら立ち向かえる組織を作る。今こそ、人間の可能性を信じ、その力を育む仕組みを本質的に転換させるタイミングなのではないでしょうか。


葛木英(くずきあきら) 脚本家・演出家・シアタープラクティショナー


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■プロフィール 葛木英(くずきあきら) 脚本家・演出家・シアタープラクティショナー
kuzuki
大手企業のミュージカル等を手がける一方、フォーラムシアター等の応用演劇を用いた活動を展開。現在は3000人規模の企業の人材能力開発室にてコミュニケーションの外部コンサルタントも務める他、少年院での更生プログラムや、教育委員会におけるいじめ防止条例策定に向けた子どもワークショップなど多様な現場で研修を実践している。人間の持つ力を信じ「答えのない世界で生き抜く力」を育む教育を広げていくため活動。パワハラ予防士、折れない心を育てるいのちの授業認定講師、いしかわ観光特使。株式会社Stage Connect代表取締役。

X: https://x.com/kuzukiakira @kuzukiakira
公式サイト: http://www.stage-connect.com

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