![]() 同じ手口は全国に広がっており「CEO詐欺」や「オレオレ社長詐欺」などと呼ばれている。きっかけはしばしば「業務連絡はLINEで行う」という、一見すると業務効率化のための一言だ。LINEに限らず、Chatworkなど業務チャットに誘導する手口も出ている。 多くの社長はログインや二要素認証まで整える。それでも送金指示は通る。防いでいるのはソフトだけではなく、社内の「社長なら通る」という信用だ。攻撃者が突いているのは、社長の権威という、どの会社にもある信用の穴である。社長への服従というアンテナが確認より先に動く会社ほど、経理は一人で判断の重荷を背負わされる。 この記事では三つの問いに答える。なぜ優秀な経理担当者ほど騙されるのか。なぜ大手でも起きるのか。社長が今日から置くべきルールは何か。23年間、5社のグループ会社を代表として経営してきた立場から論じる。 ■「社長のLINEグループを作って」──偽社長が仕掛ける心理トンネル 手口の流れはシンプルだ。会社の代表メールアドレスに、自社の社長の名で連絡が来る。文面には「今後の業務連絡はLINEで行う」とあり、QRコードかLINE IDの返信を求められる。指示通りに返すと、偽の社長が参加したグループができる。Chatworkなど他の業務チャットでも、グループへの招待から同型の手口が確認されている。 次に、本物の社長を名乗るアカウントが、グループに財務や経理の担当者を招待するよう指示を出す。そして最後に、「急ぎの支払いだ」と、指定口座への振込指示が飛んでくる。 舞台をメールからLINEや業務チャットへ移す理由は明快だ。メールなら送信履歴が残り、確認ルートに乗る。チャットの素早いやり取りに紛れさせ、社内の正式な確認ルートを外すためだ。 ■「至急」と社長の「権威」が、確認を止める 電話であれば声が残り、対面であれば顔がある。LINEやChatworkの短文と「至急」の二文字は、通常の業務確認を止めさせる圧力になる。 「うちの経理は賢いから大丈夫だ」と思う経営者は多い。賢い人ほど社長の指示に従う。評価されるとは、そういうことだと学んできたからだ。怖いのは手口の複雑さではなく、社長の権威を借りる点にある。 組織では上位者の指示に従うほど仕事が評価される。権威のある言葉が来ると、人は確認より先に行動を選びやすい。「至急」が重なると、反射的な服従が強まる。「うちは大丈夫」と考える組織ほど確認が形骸化する。社長の一言が絶対的に通る会社ほど、偽の社長の一言も通りやすい。 攻撃者が武器にするのは「社長の指示だ」と「至急だ」の二つだ。本物の社長が送金のルールを先に置いていなければ、悪意と善意のあいだに遮るものはない。ITmediaの解説でも、本人確認の徹底と支払いの多段階チェックが対策の柱だとされる(参考:被害総額は5億円超 4人に1人に届く「オレオレ社長詐欺」のシンプルな手口と対策 ITmediaビジネスオンライン 2026/0619)。主役は三者だ。偽の社長、送金ボタンを押す経理、ルールを先に置く本物の社長である。 ■6,000社超・4人に1人──「うちは大丈夫」が一番危ない 「小さい会社は狙われないだろう」。そう思う経営者も、現実は冷徹だ。 トレンドマイクロの確認では、2026年2月6日時点で国内6,000社を超える組織に偽メールが送られている。サイバーセキュリティを扱うラックの発表では、同年1月7日までに約150社が注意喚起を公表した。報道ベースの被害は6億円を超える(参考:社長をかたる「CEO詐欺」が猛威 国内6000社以上に偽メール、被害は6億円超 勝村 幸博 日経クロステック 2026/02/18)。 特殊詐欺やフィッシング詐欺の対策サービスを提供するトビラシステムズの調査では、約1,600人の会社員のうち25.9%が偽社長メールを経験している。オフィスで4人集まれば、1人はそのメールを受け取った計算だ(参考:会社員の4人に1人が「ニセ社長詐欺」のメールを受信 急増するビジネスメール詐欺の手口&アンケート調査レポートを公開 2026/03/19)。 6,000社超、4人に1人。大企業だけの話ではない。中小ほど社長の一言が通りやすく、確認ルールがない会社ほど経理は孤独な判断を強いられる。狙われない会社はない。ルールがない会社があるだけだ。 ■はてな11億円──上場企業でも起きる 「うちは上場企業だから」「うちはIT企業だから」と安心する経営者もいる。東証グロース上場のはてなは、2026年4月に巨額の資金流出を開示した。悪意ある第三者からの虚偽の送金指示に従い、従業員のアカウントから社外の銀行口座へ送金が実行された。被害対象額は最大約11億円。その後の精査で、特別損失として11億7,900万円を計上する方針を示した。 侵入ではなく、指示を信じた送金だ。規模や業種では防げない。被害のあとに残るのは金額だけではない。ルールがない会社では、善意の社員が上司の命令と犯罪のリスクの板挟みになり、「守られていなかった」という記憶が残る。 ■社長が置く3つのルール──「最初の一言」で社員と資金を守る 「送金の確認をするなんて現実的ではない」。その反論には一理ある。社長が毎回立ち会う必要はない。大切なのは、事前にルールを置き、全社に周知することだ。社長が不在のときは、権限を移譲された代理人が、同じ効力で送金を止められるようにする。 次の3つを社長が明文化するだけで、確認の仕組みは動き始める。 1つ目。「メールやチャット(LINE・Chatwork等)だけの送金指示は一切無効」と宣言する。「至急」と言われ、いつもの振込ルートと違う場合は、普段から本人と連絡が取れているツールで必ず本人確認する。 2つ目。「振込は必ず二人以上で確認する」体制を作る。担当者一人だけで送金ボタンを押し切れる状態を、システム面・ルール面の両方で排除する。 3つ目。Chatworkなど業務チャットは、2段階認証などを入れ、ツール側のセキュリティは最大限対応する。 この3つは経理個人の勘ではない。社長が先に言う言葉だ。「止めていい」と言われた社員は自信を持って送金を止められる。言われていない社員は、従う以外の選択肢を持てない。 朝礼でも社内チャットでもよい。短くていいので文書に残す。ルールは、宣言した瞬間から効き始める。 ■社員と資金を守るルールを、社長が決める ニセ社長詐欺は偽メールやチャットの話に見える。実態は、社長の権威が確認のルールを上書きする組織風土の話だ。ルールがなければ、経理は上司の指示と犯罪のリスクの板挟みになる。会社の資金を守るのは当然だ。だがそれだけでは足りない。 偽の社長に騙されて振り込んでしまった社員は、あとから「詐欺だった」と分かっても、自分を責めてしまうこともあるだろう。会社が先にルールを置いていなければ、その重荷を一人で背負わされることにもなりかねない。振込直前に慌てて確認するのではなく、平時から社長が確認ルートを宣言すること。金を止めるためでもあり、社員を一人で罪悪感に晒さないためでもある。社員と資金の両方を守るのは、経理の仕事ではなく、社長の仕事だ。 都築博志 株式会社グリーンイノベーションズホールディングス代表取締役 【関連記事】 ■職場での熱中症死傷者が過去最多。現場に行かない社長が見落とす真のリスク (都築博志 経営者) https://sharescafe.net/63289357-20260621.html ■8割企業が人件費増のいま「利益が出たら給料上げる」では遅い理由 (都築博志 経営者) https://sharescafe.net/63289342-20260621.html ■「体調不良なので在宅勤務します」は甘えなのか。会社を蝕むのは「休まない社員」だった (桐生由紀 社会保険労務士) https://sharescafe.net/63342248-20260715.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 都築博志 株式会社グリーンイノベーションズホールディングス代表取締役 ![]() シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


