![]() マルヨシセンターは、老朽化した基幹システムを刷新するため、ソフテックに開発を委託した。しかし開発は完成に至らず、同社は「債務不履行」を理由に契約を解除し、支払い済みの費用や損害の賠償を求めて提訴した。 (参考:新基幹システムの開発が頓挫、ITベンダーに2億円超の賠償請求 責任巡って激しい応酬 水達哉 日経クロステック 2025/05/09)。 訴訟の詳細な争点は当事者間の主張が対立しており明らかではないが、少なくとも「契約時に合意した内容と、実際の開発プロセスの間に乖離が生じ、それが誰にも早期に発見されなかった」という構造があるといえる。 契約書に目を通しさえすれば、トラブルは避けられる——そう考える経営者は多い。だが本当に有効なのは、契約前・契約後を問わず第三者の目を入れる「セカンドオピニオン」だ。この仕組みがなぜ有効なのか、実際にあった話をもとに解説する。 ■「読んでいた」のに、なぜ気づけなかったのか セカンドオピニオンは、医療において患者が納得して治療法を選ぶため、主治医以外の医師に第2の意見を求めることだ。医療の世界では、治療方針に納得がいかなければセカンドオピニオンを求めるのが当たり前になっている。だがシステム開発では、この発想がまだ一般的ではない。契約書にサインをして終わり、というケースがほとんどだ。 家をリフォームする際、見積書に「一式」としか書かれていなければ、多くの人は不安を覚えて内訳を尋ねるだろう。ところがシステム開発の契約書や見積書は、専門用語で埋め尽くされている。そのせいで、逆に「専門家が作ったのだから大丈夫だろう」と思考停止を招きやすい。読んでいるのに、理解はできていないという状態だ。 ある印刷会社(従業員38名)で、実際にあった出来事だ。最初に交わした契約は、完成したシステムに対して報酬を支払う「請負契約」だった。ところが実際の請求は、エンジニアの稼働時間に応じて支払う「準委任契約」のような形でなされていた。契約の性質と、日々の請求の実態が食い違っていたのである。 具体的には、開発会社から毎月「工数精算書」が届き、そこにはエンジニアの稼働時間と単価が記載されていた。担当者はこれを「進捗報告の一種」だと受け止め、金額をおおまかに確認して支払いを続けていた。しかし本来、請負契約であれば、完成前の途中段階で工数に応じた金額を支払う必要はない。この時点ですでに、契約と請求の性質がねじれていたことになる(図1)。 ![]() この食い違いは、放置すれば発注者に極めて不利に働く。請負契約であれば、システムが完成し、検収を終えて初めて報酬が確定する。しかし今回は、検収という手続きが一度も行われなかった。それにもかかわらず、 修正が発生するたびに「追加費用」の名目で都度請求が積み重なっていった。結果、契約時3,000万円だった開発費は、4,200万円まで膨らんだ。それでもシステムは、稼働できる状態にすら至っていない。 ■契約書を「読んだ」ことと「理解した」ことは別物だ なぜ、この食い違いに誰も気づけなかったのか。原因は発注者の知識不足だけではない。多くの会社では、契約書にサインをするメンバーと、日々の請求書をチェックするメンバーが別々になっている。契約の内容を知っているのは前者で、実際の請求の中身を見ているのは後者だ。この二つの情報が突き合わされない限り、「契約は請負のはずなのに、請求は準委任のようになっている」という乖離に、誰も気づけない。 契約書を読んだかどうかは、実はトラブルを防ぐ決め手にならない。読んでも、日々の請求実務との整合性まで継続的にチェックできる体制がなければ、危険信号は見過ごされる。これは個人の注意力の問題ではなく、社内の情報が分断されているという構造の問題である。 ■契約書ではなく、第三者の目で守る セカンドオピニオンというと、契約前の見積書チェックだけを思い浮かべるかもしれない。だが、本当に危険なのはむしろ契約後だ。今回のケースも、契約前ではなく、開発が進む過程で契約と請求がねじれていった。 セカンドオピニオンは、開発のフェーズごとに役割が異なる。契約前であれば、見積書や契約書の性質(請負か準委任か)が、実際の開発の進め方と整合しているかを確認できる。開発中であれば、毎月の請求内容が契約の性質と一致しているか、検収の手続きが契約通りに行われているかを、契約に詳しくない担当者に代わって照合できる。 開発後、つまり完成し検収を終えた段階であっても、セカンドオピニオンの出番は終わらない。実際に稼働させてみて初めて分かる不具合は少なくない。たとえば、想定していたアクセス数に耐えられない、特定の条件でデータが正しく反映されない、バックアップの仕組みが機能していない。こうした運用面・性能面の欠陥や不具合は、検収時のチェックリストだけでは見抜けないことが多い。 これらが契約不適合にあたるのか、追加改修として別料金になるのかは、契約書の文言と実際の不具合の性質を照らし合わせなければ判断できない。成果物の権利関係やソースコードの引き渡しが契約通りに行われているかの確認と合わせて、開発後こそ第三者の目が必要になる場面は多い。 「第三者に見てもらうと、余計な費用がかかるのでは」という声もあるだろう。だが、1,200万円が積み上がってから気づくのと、月次の請求の初期段階で違和感に気づくのとでは、被害の規模がまったく違う。セカンドオピニオンにかかる費用は、その後に発生しうる損失に比べれば小さな投資だ。 「顧問の税理士や弁護士がいるから、契約書はすでにチェックしてもらっている」という反論もあるかもしれない。しかし、税理士や弁護士がチェックできるのは、契約書の法的な有効性や税務上の扱いであって、「請負契約なのに準委任契約のような請求が来ている」といったシステム開発特有の実務のねじれまでは、専門外であることがほとんどだ。今回のケースでも、契約書自体に違法な条項があったわけではない。問題は、契約書の文言と、日々の請求実務が食い違っていたことにある。この種のねじれを見抜けるのは、システム開発の実務を知る専門家に限られる。 契約書は一度サインすれば終わりではない。契約の性質と、実際の請求・進行状況が一致しているかを、契約前・開発中・開発後の各段階で継続的に第三者の目でチェックする。この発想を「新しい常識」として持てるかが、次の被害者にならないための分かれ目になる。 久保田一 株式会社VERVE代表取締役 【関連記事】 ■大企業でも頻発するシステム開発の「爆死」―背景にあるIT業界の無責任な構造とは? (久保田一 経営者) https://sharescafe.net/63338517-20260713.html ■被害6億円超ー。ニセ社長から「至急LINEグループを作って」と経理に来た時に被害は防げるか(都築博志 経営者) https://sharescafe.net/63368718-20260726.html ■なぜ「1日30分」の継続が「毎日全力」より早く終わるのか?挫折しない目標達成法 (滝川徹 時短コンサルタント) https://sharescafe.net/63366432-20260725.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 久保田一 株式会社VERVE代表取締役 ![]() 公式サイト https://verve-inc.jp/ X https://x.com/vervekubo @vervekubo note https://note.com/innovations_hk @innovations_hk シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |



