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7月31日、日米が協調して為替介入に踏み切りました。ドル売り・円買いでの協調介入は1998年6月以来、28年ぶり。協調介入という枠組み自体も、2011年3月の東日本大震災直後以来、15年ぶりのことです。これで円安も終わるだろうと胸を撫で下ろした方も多いはずです。

しかし、私たち市場の実務家の受け止め方は、もっとそっけないものでした。介入は相場の「方向」を変える道具ではなく、「スピード」を落とす道具にすぎないからです。なぜ市場のプロは冷静なのか。その理由と、報道の翌日に本当に確認すべき数字について、投資顧問助言業を22年営む立場から解説します。

■「28年ぶり」という見出しの下で、実際に起きていたこと
まず事実を整理しておきます。7月下旬、円は1ドル164円に迫り、40年ぶりの安値圏に沈みました。そこで7月30日に日本の当局が単独で大規模な円買いに動き、翌31日には米財務省もニューヨーク連銀を通じて円買いに参加しています。

ここで見落とされがちなのが、米側が売ったのはドルではなくユーロだったと報じられている点です。規模は50億〜100億ドル、日本円にして約7,900億〜1兆6,000億円との観測で、米国はドル安を望んだわけではありません。8月3日には片山さつき財務相が「さらなる協調介入を実施することも躊躇しない」と談話を出し、ベッセント米財務長官も同調しています。

相場はどう動いたのでしょうか。8月3日のアジア時間に一時155.21円まで急落し、わずか数営業日で約9円の円高です。これだけを見れば「潮目が変わった」と思うのが自然でしょう。ところが8月7日には158円台まで戻っています。日米が本気を見せた直後の1週間で、下げ幅の3分の1をすでに埋め戻したことになります。

家計の目線に置き換えると、この9円はハワイ旅行の予算が数万円軽くなる程度の話です。ありがたい変化ではあるけれど、164円が155円になっても、100円前後だった十数年前と比べれば、海外はまだ驚くほど高い。そもそもの坂の傾きは、まったく変わっていないわけです。

私はこの一連の動きを「失敗」だとは考えていません。当局の目的は、最初から円高への転換ではなく、投機的で無秩序な値動きを鎮めることにあります。財務省の談話にも「過度な変動や無秩序な動き」への対処と書かれていました。介入とは坂道を降りる車のブレーキです。速度は落ちますが、坂の向きまで変えられるわけではありません。

今後は、協調介入が継続するかどうか、そして金利情勢がどう動くかが鍵になるでしょう。

■「今回は日米一緒だから違う」という期待と、身も蓋もない算数
とはいえ、こう思う方もいるでしょう。「過去に介入で相場が変わったこともあるじゃないか」。おっしゃる通りです。1998年6月17日の日米協調介入では、円は146円台から数日で136円台へ、最大10円超も一気に振れました。だから今回も、という期待はもっともです。

ただ、正確に振り返ると、その後の展開は微妙です。ドル円は8月11日に147円台まで戻り、介入前の水準を上回っています。同年秋に円が急騰したのは、ロシア危機と大手ヘッジファンドLTCMの経営危機が重なり、低金利の円で資金を借りて高金利通貨へ投じる取引が一斉に巻き戻されたためでした。介入は「きっかけ」を作りましたが、方向転換の原動力は外側の環境変化にあったのです。

野村証券の分析でも、日米が協調した過去3例はいずれも相場の転換点の前後に行われたと整理されています。転換点だから協調できた、という順番も十分にあり得るのです。

そして身も蓋もない算数の話をします。国際決済銀行の2025年調査によれば、世界の為替取引は1日あたり平均9兆5,954億ドル、日本円に直せば、1日1,500兆円前後が動く市場です。一方、今回の介入は7月30日分が6兆から9兆円規模との民間推計が出ており、これに米側の50億〜100億ドルを加えても、合計は10兆円前後にとどまります。金額としては目のくらむ規模ですが、市場全体で見れば1日の取引額の1%に届きません。

しかも、これらはいずれも日銀当座預金の動きなどから推計された数字にすぎず、確定額は財務省が8月末に公表する月次実績(対象期間7月27日〜8月26日)を待つ必要があります。

記憶に新しい実例もあります。2022年9月22日、政府・日銀は2兆8,382億円の円買いに踏み切りましたが、その約1か月後の10月21日には1ドル151円94銭まで円安が進みました。当時の輸入物価は、円ベースで前年比40%前後の上昇が続いていた時期にあたります。さらに今年は、4月28日から5月27日にかけて、月次の公表ベースで過去最大となる11兆7,349億円を投入しました。それまでの最大だった2024年4〜5月の9兆7,885億円を、約2兆円上回る規模です。

それでもドル円は、いったん160円台後半から155円近辺まで6円弱戻したにとどまり、5月28日には159円台で引けています。過去最大の弾を打って、効果はおよそ1か月だったのです。

つまり、「介入は効かない」のではなく、介入で変えられる範囲がそもそも限られている、というだけの話なのです。

■介入報道の翌日に見るべきは、値動きではなく3つの数字
では、坂の向きは何が決めているのでしょうか。私が個人投資家の方に見ていただきたい数字は、次の3つです。

1つ目は日米の金利差です。専門用語に聞こえますが、要は円で運用したときの利回りと、ドルで運用したときの利回りの差です。日銀の政策金利は6月の会合で1.0%に引き上げられ、1995年9月以来の高水準になりました。それでも米国の政策金利は3.50〜3.75%(いずれも8月上旬時点)で、差はなお2.5%前後あります。10年物の国債利回りで比べても、日本が2%台後半、米国が4%台半ばで、1.5〜2%の開きが残ったままです。仮に100万円を10年国債で運用したとすれば、受け取る利息は年1万5,000円から2万円ほど違ってくる計算になります。

預金の利率とは別の話ではありますが、お金の置き場所を選ぶ立場になれば、円を持ち続ける理由が薄いことは直感的に分かるはずです。この差が縮まらない限り、円を売る流れは構造として残りやすいと考えられます。

2つ目は日銀の利上げ姿勢です。介入は財務省の仕事ですが、円の値段を根っこから支えられるのは日銀だけです。象徴的だったのは、協調介入と同じ7月31日、日銀が金融政策決定会合で政策金利を1.0%に据え置くと決めていたことです。賛成多数、8対1。追加利上げを主張して反対したのは、高田創審議委員ひとりでした。為替に総力戦を挑んだその日に、金融政策そのものは動いていない。介入と金利の役割の違いは、この一日に凝縮されています。

ベッセント財務長官は、円高を持続させるには日本自身の政策対応が必要との考えを繰り返し示し、8月31日から9月1日のG20財務相・中央銀行総裁会議に合わせた植田総裁との会談にも意欲を見せています。市場では、9月会合での追加利上げ観測も強まりました。決定会合後の声明や総裁会見のトーンが、前回よりタカ派に傾いたかどうか。これが介入報道より100倍重い情報になります。

もっとも、利上げは家計にとってもろ刃の剣で、変動型の住宅ローンを抱える方の返済額は今後じわりと反映されていきます。円を支える力と家計の負担は同じコインの裏表と理解できます。

3つ目は輸入物価です。6月の輸入物価指数は円ベースで前年比29.7%上昇し、5月の26.1%から伸びが拡大し、2022年10月以来の高さとなりました。円が安い分、海外から買うものの値札が3割上がっている状態です。ところが同じ6月の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、前年比1.6%にとどまっています。企業が飲み込んでいる差は、時間差で食品やガソリン、電気代となって家計に届きます。

つまり、介入したから安心ではなく、痛みの本番はこれから来ると考えたほうが、実態に近いでしょう。政治がさらに強い対応を求められるのも、この数字が跳ね上がったときです。

■それでも為替を当てたい人へ──「振り回されない持ち方」に着地する
ここまで読んで、「では円安が続くなら今外貨に換えればいいのか」と考えた方がいるかもしれません。私の答えは慎重です。介入の翌日に飛びつく行動は、当局と投機筋の綱引きに、素人が身体ごと割り込むようなもの。9円動いてすぐ3円戻る相場で方向を当て続けることはプロでも難しく、短期の値動きを追う売買は往復で損を抱えやすくなります。

代わりに申し上げたいのは、当てにいかない持ち方という考え方です。

第1に、生活防衛としての通貨分散を考えるなら、一度にではなく少しずつ、という発想があります。海外旅行や留学、輸入品の支出を予定している方が、その予定額の範囲で外貨を積み上げていくのは、備えとして理にかなった考え方でしょう。

第2に、すでに積み立てを続けている方が、介入報道という一つのニュースだけを理由に方針を変える必要があるのかどうか。円安局面で外貨建ての資産を持つこと自体が、輸入インフレに対する保険として働く面もあります。

第3に、日本株を持つなら円安メリット企業に偏らせない、という分散の考え方もあります。値上げを通せる企業、価格決定力のある企業は、円がどちらに振れても踏みとどまりやすい。

そして第4に、投資信託には「為替ヘッジあり」「為替ヘッジなし」という区分があります。ご自身が持っている商品がどちらなのかを把握しておくことは、判断の前提になります。ここを確認していない方が、実に多いのです。

私は以前から、株式投資では状況の変化に応じて資産構成を機動的に変えていく規律を推奨してきました。為替も本質は同じで、当てるのではなく、外れても生き残る設計にしておく。それが実務家の結論です。

28年ぶりの協調介入は歴史的な出来事でした。けれども、あなたの家計と資産にとって重要なのは、その見出しではありません。金利差、日銀のトーン、輸入物価。この3つを月に1度眺めるだけで、ニュースの騒がしさと自分の判断を切り離せるようになります。数字を味方につけた人は、相場に一喜一憂しなくて済むのです。

藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役

金融商品取引業者(投資助言・代理業) 関東財務局長(金商)第1131号

※本稿は情報提供を目的としたものであり、特定の銘柄・商品の売買を推奨するものではありません。また、記載の見解は執筆時点(2026年8月10日)のものであり、将来の相場動向および運用成果を保証するものではありません。


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■プロフィール 藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役
fujimura_tetsuya
千葉県出身。横浜市立大学経営学科卒業後、1990年に太平洋証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。個人・法人の資産運用を担当し、バブル崩壊後の市場を第一線で経験する。のちに本社投資情報部でプラント・機械・IT・半導体など幅広い業種を担当し、年間数百件におよぶ企業取材を通じて成長株分析に強みを培う。1999年の台湾地震では、TSMCをはじめとする現地半導体メーカーを取材し、アジア市場リスクを日本の投資家へ発信した。
2003年にライジングブル投資顧問株式会社を設立し、代表取締役に就任。「投資を一部の富裕層の特権から、誰もが続けられる生活習慣へ」を理念に、投資助言と教育を融合した“伴走型”のビジネスモデルを追求している。創業21年を迎えた現在も、金融庁登録の投資助言・代理業として行政処分ゼロを継続。700件超の売買助言ログを公開し、“信頼を見せる投資顧問”として、投資家に寄り添った長期的な資産形成を支援している。

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