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「社内恋愛を禁止と、就業規則に書いてほしい」経営者からそうした要望を受けることがあります。理由をたずねると、たいていは過去の実体験です。社内で交際していた社員の関係がこじれ、一方が退職に追い込まれた。周囲を巻き込んで職場が二分した。二度と繰り返したくない、というわけです。

禁止したくなる気持ちは分かります。でも世間では「就業規則に書けば抑止できる」と思われがちですが、その条文は、入れても機能しません。

恋愛は私生活の領域です。それだけを理由に処分を行えば、無効と判断される可能性が高いといえます。噂の段階で本人を呼び出して問い詰めるのも危険です。調べる行為のほうが、プライバシーの侵害になりかねません。実務で職場を壊すのは、二人の関係ではありません。その関係が仕事の中に入り込んだときです。

会社は社員の恋愛に、どこまで関与できるのでしょうか。関与できないとすれば、就業規則には何を書けばよいのでしょうか。就業規則は、作るときではなく、トラブルが起きたときに真価が問われます。数多くの会社の就業規則を作ってきた社労士の立場から、禁止ではなく「設計」という考え方を解説します。

■そもそも会社は社員の私生活に口を出せるのか
会社と社員の関係は、労働契約で成り立っています。社員は決められた時間に働き、会社はその対価として給料を支払う。契約の中身はそれだけです。会社が社員に指示できるのは、この働くことに関わる範囲に限られます。私生活まで丸ごと縛る根拠にはなりません。

「就業規則に書いてあれば従わせられるのでは」と考える人もいます。就業規則は職場のルールを定めたものであり、そこに書けば何でも有効になるわけではありません。

懲戒処分が認められるには、処分するだけの理由がはっきりしていること、そして処分の重さが行為に見合っていることが必要です。どちらかが欠ければ、その処分は無効になります。就業規則に懲戒の理由が書かれていることは、あくまで前提条件にすぎません。

■判例が示している線引き
私生活での行為を、どこまで処分の対象にできるのか。この点は古くから裁判で争われてきました。

有名なのが自動車タイヤ大手・横浜ゴムの事件です。工場の作業員が飲酒後の深夜に他人の住居へ入り込み、住居侵入罪で罰金2,500円の刑を受けました。会社は従業員賞罰規則の「不正不義の行為を犯し、会社の体面を著しく汚した者」にあたるとして、この従業員を懲戒解雇しています。

最高裁は解雇を無効と判断しました。行為が会社の組織や業務に関係のない私生活の範囲内で行われたこと、刑罰が罰金2,500円の程度にとどまったこと、職務上の地位も指導的なものではなかったこと。こうした事情を踏まえれば、会社の体面を著しく汚したとまでは評価できないとしています(参照・横浜ゴム事件 最高裁第三小法廷判決 1970/07/28)。

刑事罰を受けた行為ですら、私生活の範囲内であればこの判断です。恋愛であれば、なおさらです。

社内不倫についても、同じ考え方をとった裁判例があります。妻子ある同僚と交際した女性従業員が懲戒解雇された事案で、裁判所は「職場の風紀・秩序を乱した」とは会社の企業運営に具体的な影響を与えるものに限られるとしたうえで、その影響は認められないとして解雇を無効としました(参照・繁機工設備事件 旭川地裁 1989/12/27 労働判例554号17頁)。

「社員同士が交際している」という事実だけでは、処分の材料になりません。

■調べる行為のほうが危ない
「あの二人、付き合っているらしい」

噂が耳に入ったとき、事実を確かめようと本人を呼び出す会社があります。これは避けるべきです。

厚生労働省のパワーハラスメント防止指針は、代表的な言動の類型のひとつとして「個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)」を挙げています。交際しているかどうかは、私的なことの典型です。上司や人事が呼び出して、執拗に問い詰める。私的なことに過度に立ち入る行為として、それ自体が問題になります。

禁止の条文を根拠に調査を始めた結果、会社側が加害者になる。これが最も避けたい展開です。

■それでも会社が不安になる理由
ここまで読んで「では会社は泣き寝入りするしかないのか」と感じた方もいるはずです。会社側の不安には正当な理由があります。

一つ目は、評価の公平さです。上司と部下が交際していれば、評価や配置が私情に左右されているのではないかと周囲は疑います。実際にえこひいきがなかったとしても、疑いが生じた時点で職場の納得感は失われます。

二つ目が、破局した後の影響です。無視、業務の妨害、仕返しのような評価、周囲の巻き込み。恋愛そのものより、終わった後のほうが職場を壊します。

いずれも、もっともな懸念です。禁止したくなる動機は理解できます。問題は、禁止という手段がこれらの懸念にまったく効かないことです。

■禁止のきっかけになるのは、たいてい恋愛ではない
社内恋愛を禁止したいという相談には、よく似た前段があります。繰り返し目にする典型的な流れを紹介します。

一つ目のパターンです。社員の一人が、同じ職場の社員に好意を持ちます。毎日のようにメッセージを送り、繰り返し食事に誘う。誘われた側は困っています。相手が同じ職場ですから、強く断れば気まずくなる。曖昧な返事を続けるうちに、誘う側は脈があると受け取ります。

職場には逃げ場がありません。誘われた側が退職を考えるところまで進みます。こうした一件をきっかけに社内恋愛を禁止する会社は、少なくありません。

ここで気づいてほしいことがあります。この出来事は、社内恋愛ではありません。

交際は始まっていません。一方が好意を持ち、断りきれない相手に迫り続けただけです。社内恋愛を禁止しても、この行動は止まりません。禁止された関係に、そもそも当てはまらないからです。

二つ目のパターンが、交際していた社員同士が別れた後、一方が相手につきまとうようになる形です。会社が慌てて、相手と接触しないという誓約書を書かせる。

この誓約書も、書かせ方によっては危ういものです。会社が命じられるのは、職場の中のことです。就業時間中に私的な接触をやめるよう指示するのは、業務命令として成り立ちます。ところが「就業時間の外でも会うな」まで書かせれば、私生活への介入になります。禁止条項と同じ間違いを、対応する側が繰り返すことになります。

慌てて紙を書かせる前にできることがあります。座席や担当の変更、報告先の分離、相談窓口の設置。行為が悪質であれば、社内で抱え込まず警察に相談する道を案内する。

どちらのパターンでも、恋愛を禁止する条文は役に立ちません。必要なのは、断られた後のつきまといを明確に処分の対象と書いておくこと。そして、相談を受け止める窓口です。

手を打つべきなのは、恋愛ではなくトラブルそのものです。

■禁止ではなく、設計する
就業規則に書くべきなのは禁止ではありません。3つの設計です。

(1)管理するのは恋愛ではなく、利害
まず、人事配置と評価権限の調整です。

上司と部下、あるいは評価する権限を持つ人との間に、評価の公平さを損なう関係が生じたら、申告してもらう仕組みを作ります。申告があれば、報告先を分けるか、評価する権限から外します。

交際を会社に届け出させるのか? 禁止よりよほど踏み込んでいる、と感じた方もいるはずです。

申告してもらうのは交際の事実ではありません。評価の公平さを損なう関係があるかどうか、それだけです。だから対象は恋愛に限りません。親族、同居している人、お金の貸し借りがある相手。これらをすべて同じ枠組みで扱えば、恋愛だけを狙い撃ちにしている印象も与えません。管理しているのは関係の中身ではなく、評価の公平さだからです。

それでも、申告を受けた人事は事情を知ることになります。だから知る人を絞ります。申告された情報は人事の限られた担当者にとどめ、本人の同意なく共有しない。共有する範囲を広げれば、それ自体が「個の侵害」になります。

申告したことを不利益に扱わないと明記する。誰が正直に申告するのか、という疑問への答えがここにあります。正直に申告してもらうために必要なのは、義務を課すことではありません。申告しても損をしない状態を作ることです。

上司と部下の交際だけは禁止すべきではないか。そう考える方もいるでしょう。その目的も、配置と権限の調整で果たせます。評価する権限を外し、報告先を変える。禁止するのではなく、利害が重ならない状態を作る。守られるのは、会社が本当に守りたかった評価の公平さです。

■(2)懲戒の対象は、恋愛ではなく行為
次に、処分の理由として書く内容です。就業規則に並べるべきなのは恋愛ではなく、具体的な行為です。

・交際や別れ話をめぐる職場での口論、暴言、暴力
・断られたことを理由とする嫌がらせ、つきまとい、SNSでの誹謗中傷
・立場を利用して、相手に不利益な扱いをすること
・仕事に必要な情報を、わざと共有しないこと

これらは交際の有無にかかわらず問題となる行為です。恋愛を経由していたとしても、処分の対象になるのは行為のほうです。

なお、職務上の立場を利用した交際の強要は恋愛ではありません。セクシュアルハラスメントです。ここは明確に禁止と書きます。

■(3)条文で「社内恋愛」と名指ししない
3つめが、条文の書き方です。

多くの就業規則には、すでに「職場の秩序または風紀を著しく乱したとき」「不名誉な行為により会社の体面を著しく汚したとき」といった条項が入っています。

社内恋愛を名指しする条文を新しく作るより、この抽象度の条項を置いておくほうが機能します。実際に職場を巻き込むトラブルへ発展したとき、根拠として使えるからです。

ぼんやりした条項があれば何でも処分できる、という意味ではありません。

先に紹介した横浜ゴム事件で争われたのは、まさに「会社の体面を著しく汚した」という条項でした。条項があっても、懲戒解雇は無効とされています。

条文と実際の処分は、入口と出口の関係にあります。名指しの禁止条項は、そもそも入口の時点で無効になります。抽象的な条項であれば入口は通ります。出口では、会社の運営に具体的な影響が出たのかを問われます。

条文は、必要な入口を確保しておくためのものです。勝敗を決めるのは、実際に何が起きたかです。

記録が重要になるのはそのためです。誰が、いつ、何をして、仕事にどう支障が出たのか。これを残していなければ、どれほど条文を整えても処分は維持できません。

では、気持ちを隠したまま部下を評価している上司はどうなるのか。ここまで読んで、そう思われたかもしれません。

見つけられません。会社にできるのは、隠す動機をなくすことだけです。申告しても不利益がないと分かっていれば、申告する人は増えます。

■まとめ
実は、私も社内恋愛で結婚しました。もし当時の職場に禁止規定があったら、この結婚はなかったのだろうかと考えることがあります。きっと、なかったことにはならなかったでしょう。誰にも言わずに続けていただけです。何か問題が起きても、会社は最後まで気づかないままだったはずです。

社内恋愛を禁じた会社で交際が消えることはありません。見えないところに潜るだけです。地下に潜った関係のほうが、はるかに扱いにくくなります。

トラブルが起きても、報告は上がってきません。禁止の条文に触れると分かっているからです。会社が事態を知るのは、どちらかが退職を申し出た後になります。

社内恋愛は禁止できません。そこから発展した迷惑行為は、処分の対象にできます。

就業規則に書くべきは「恋愛の禁止」ではなく、「利害関係の申告」と「問題となる行為の列挙」です。管理するのは恋愛ではなく、利害。この考え方に立てば、条文は驚くほどシンプルになります。

社員の私生活には踏み込まず、それでいて職場の秩序は守る。両立は可能です。


桐生由紀 社会保険労務士


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【プロフィール 桐生由紀 Authense社会保険労務士法人 代表社会保険労務士】
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創業期のAuthense法律事務所・弁護士ドットコムに1人目のバックオフィスとして参画し、管理部門・HR部門の構築を牽引。現在は、Authense社会保険労務士法人の代表。「先生」ではなく経営者・人事責任者の「右腕」として、上場企業からベンチャー企業まで幅広く支援する。人事顧問・人事制度構築・労務アウトソース・IPO支援など支援実績多数。法務・税務も一気通貫で対応するAuthenseグループの総合力も強み。

公式サイト https://www.authense.jp/authense-sr/
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