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2026年7月30日、産経新聞に「週4回6カ月の玄米食で認知症リスク低下」という記事が掲載されました。元になったのは東北大学などの研究です。大学も2月に「習慣的な玄米食が高齢者の認知機能改善に寄与」と発表しています。

これを読んで、「玄米を食べれば認知症になりにくいのか」と思った人もいるでしょう。では、本当にそこまで分かったのでしょうか。

医学論文を一般の人が読むのは大変です。統計や専門用語も多く、ニュースを見るたびに原論文まで確認するのは現実的ではありません。そこで今回は、私が原論文や研究計画まで確認したうえで、この研究を教材に「大学の研究発表をどう読めばいいのか」を考えてみます。

難しい統計を理解する必要はありません。いくつかのポイントを見るだけでも、研究ニュースの印象はかなり変わります。

■「改善」「予防」「リスク低下」は同じ意味ではない
まず注目したいのは言葉です。

今回の研究では、高齢者の認知機能を二つの検査で調べました。

一つはFABという、計画を立てたり、注意を切り替えたりする「遂行機能」を調べる検査です。こちらでは玄米を食べたグループで改善がみられました。

もう一つはMMSEです。記憶や見当識など、より広い認知機能を調べる検査で、認知症のスクリーニングにも使われます。こちらには統計学的な有意差はありませんでした。

つまり、この研究で確認されたのは「遂行機能を測る一つの検査で改善がみられた」ということです。

ところが表現を見ると、原論文では「認知機能が改善」、大学の発表では「認知機能改善に寄与」、新聞では「認知症リスク低下」と、少しずつ意味の範囲が広がっています。

しかも「認知症リスク低下」という表現は新聞社が勝手に付け加えたわけではありません。産経新聞の記事では、研究代表者の瀧靖之教授自身も、玄米を摂取することで認知症リスクを下げられることが分かった、という趣旨を述べています。しかし、この研究は認知症を発症した人数を比べた研究ではありません。

「認知機能検査の一部が改善した」と「認知症になりにくくなる」は同じではないのです。

研究ニュースを読むときは、「改善」「予防」「リスク低下」といった言葉が途中で強くなっていないかを見る。これだけでも大きなヒントになります。

■「玄米」と書いてあっても、研究したのは玄米一般とは限らない
もう一つ面白い点があります。この研究で使われたのは、普通の玄米をひとまとめにしたものではありません。東洋ライス株式会社の「ロウカット玄米」です。

ロウカット玄米とは、玄米表面のロウ層を除去した加工玄米です。原論文の英語タイトルにも「dewaxed brown rice」と書かれています。

ところが東北大学のプレスリリース本文では、ほぼ一貫して「玄米」と表現されています。新聞報道も「玄米」です。ここでも範囲が広がっています。

「特定企業の特定の加工玄米で得られた結果」が、「玄米一般の話」として読める形になっているのです。

もちろん、普通の玄米では効果がないという意味ではありません。ただ、この研究だけでは、あらゆる玄米で同じ結果になるとは分かりません。

健康ニュースで「コーヒー」「ヨーグルト」「玄米」など身近な食品が出てきたら、実際に研究したのは何だったのかを見る。この癖をつけるだけでも、見出しの印象に引っ張られにくくなります。

■「56人の研究」を「高齢者全体」の話にしていいのか
対象者も確認してみましょう。

この研究に参加したのは56人。平均年齢は約79歳で、介護老人保健施設や通所介護施設を利用している人たちでした。玄米群30人、白米群26人に分かれています。

しかも、くじ引きのように無作為に二つのグループへ分けたわけではありません。参加者は玄米と白米を試食し、自分が食べたい方を選びました。

研究者側にも理由があります。玄米と白米は見た目で分かるため、何を食べているか隠せません。また、希望しない主食を6カ月間食べてもらえば、途中でやめる人が増える可能性もあります。

一方で、自分で玄米を選ぶ人と白米を選ぶ人では、もともとの健康意識や食生活などが違う可能性があります。

さらに研究計画では76人を集める予定でしたが、実際に解析されたのは56人でした。

これも「研究が間違っている」という話ではありません。大切なのは、56人の平均約79歳の施設利用者で得られた結果と、「高齢者なら誰でも玄米で認知症リスクが下がる」という話には距離があることです。

研究ニュースを見たら、「何人を、どんな人を調べたのか」。ここを見るだけなら、専門知識は必要ありません。

■企業との関係は「怪しい印」ではなく判断材料
この研究は東北大学と東洋ライスの共同研究です。研究計画には、研究費が東洋ライスから提供されたことや、研究に同社の商品を使ったことが記載されています。共著者には東洋ライスの社員や同社社長も含まれています。

では、「企業がお金を出した研究だから信用できない」のでしょうか。そう単純ではありません。

食品、医薬品、医療機器などの研究では企業と大学の共同研究は珍しくありません。企業の資金や製品がなければできない研究もあります。今回も利益相反は研究計画や論文で開示され、東北大学の利益相反管理の手続きを受けています。見るべきなのは、「企業が関わっているからアウト」ではありません。

例えばプレスリリースの末尾に「○○社との共同研究」と書いてあったら、「この商品を売っている会社なのかな」と一度考えてみる。それだけでも十分です。

今回のように、論文では研究費、商品提供、著者と企業との関係まで詳しく書かれていても、一般向けのプレスリリースでは「共同研究」という短い表現になることがあります。嘘が書かれているわけではありません。情報が短くなる過程で、研究結果を判断するための背景も一緒に薄くなっていくのです。

■原論文を読まなくても、ここだけ見ればいい
こうした現象は今回だけではありません。英国の代表的な医学誌「BMJ」に2014年、大学の医学研究について、原論文、大学のプレスリリース、新聞などの報道を比較した研究が掲載されました。

462件の大学プレスリリースを調べると、原論文より強い健康上の助言が含まれていたものが40%、単なる関連をより因果関係らしく表現したものが33%ありました。

そして、プレスリリースで表現が強くなっている場合、報道でも同じ方向の誇張が起きやすくなっていました。

一方、2016年に科学誌「PLOS ONE」に掲載された別の研究では、研究の限界や注意点をプレスリリースに書いたからといって、ニュースとして取り上げられにくくなる証拠は確認されませんでした。

しかも、プレスリリースに注意点が書いてあると、報道にもその注意点が反映されやすくなっていました。慎重に書けばニュースにならない、とは限らないのです。

普通の読者が医学論文を毎回読む必要はありません。研究ニュースを見たら、次の5点だけ確認してみてください。

1.「改善」がいつの間にか「予防」「リスク低下」に変わっていないか
2.実際には何を測った研究なのか
3.何人の、どんな人を調べたのか
4.特定の商品で得られた結果が、商品一般・食品一般の話になっていないか
5.大学と企業が共同研究をしていないか

今回の研究から「玄米を食べても意味がない」と結論する必要はありません。反対に、「玄米を週4回食べれば認知症になりにくい」とまで考えるのも早すぎます。

確認されたのは、平均約79歳の施設利用者56人を対象とした非ランダム化試験で、ロウカット玄米を食べたグループの遂行機能を測る検査に改善がみられた、というところまでです。

研究ニュースを読むときに必要なのは、大学を疑うことでも、企業研究を嫌うことでもありません。

見出しの言葉が、研究で実際に確認された範囲から少しずつ広がっていないか。そこを見るだけでも、健康情報との付き合い方はかなり変わります。


【参考】
習慣的な玄米食が高齢者の認知機能改善に寄与(東北大学加齢医学研究所)
習慣的な玄米食が高齢者の認知機能改善に寄与(東洋ライス株式会社)
週4回6カ月の玄米食で認知症リスク低下 「短期間、低頻度でも効果あり」 東北大が研究(産経新聞)
Consumption of dewaxed brown rice for a six-month period improves cognitive function in older adults: an open-label trial3
Effect of the Intake of Brown Rice for Six Months on the Cognitive Function in Healthy Elderly Persons: A Study Protocol for a Pilot, Non-Randomized Controlled Trial
The association between exaggeration in health related science news and academic press releases
Exaggerations and Caveats in Press Releases and Health-Related Science News


九条丈二 独立研究者


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■プロフィール 九条丈二 独立研究者
医療制度、公衆衛生、科学研究を中心に、制度や組織がどのようなインセンティブによって動き、なぜ問題を修正できないことがあるのかを研究・執筆している。行政資料、統計、学術論文などの一次資料を用いた検証を重視し、医療政策、感染症対策、研究評価、AIと学術、医療安全、安全保障などを扱う。アゴラ、note等で論考を発表し、英文学術誌への投稿やPubPeerでの公開後査読にも取り組む。

公式サイト: https://georgekujo.com
アゴラ: https://agora-web.jp/archives/author/george_kujo
note: https://note.com/g_kujo_ir @g_kujo_ir
X: https://x.com/cavid19w @cavid19w
ORCID: https://orcid.org/0009-0006-6864-0145


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