![]() マイナビによれば「静かな退職」とは、『やりがいやキャリアアップは求めずに、決められた仕事を淡々とこなすことを指す。2022年にTikTokでアメリカのキャリアコーチが提唱したことをきっかけに、この考え方がアメリカを中心にトレンドになっている』という(引用:正社員の静かな退職に関する調査2026年(2025年実績) マイナビキャリアリサーチLab、朝比奈あかり 2026/04/13)。 会社を辞めるわけではない。頼んだ仕事はきちんと仕上げてくるし、遅刻もミスもない。ただ、それ以上のことはしない。会議で意見が出ない。改善の提案も上がってこない。去年まで発言していた人が、今年は黙って座っている。こうした社員を見れば、経営者や上司は「最近の若い人はやる気がない」と言いたくなる気持ちも分かる。 しかし、静かな退職は本当に社員のやる気のなさが原因なのだろうか? 後述するが、別の調査では仕事にやりがいを求める声が約7割となった。多くの社員がやりがいを求めているのに、同時に淡々と仕事をこなすモードに入っている。この矛盾はなぜ生まれるのだろうか? 経営戦略、人事、組織運営を支援する中小企業診断士として、静かな退職を社員のやる気ではなく会社側の課題として考え、この矛盾の背景と、会社としてどう対応するべきかについて考えてみたい。 ■静かな退職の約半数は「不満がない」のではなく「期待をやめた」 冒頭のマイナビの調査では、静かな退職に至ったきっかけとして「特に理由はない」が27.6%で最も多く、変化を求めない「無関心タイプ」が20.6%で続いた。合わせて48.2%、約半数である。不満がたまって無関心になったのではない。理由を言えないまま無関心になっている。ここに、この問題の本当の姿がある。 もともとやりがいなど求めていない人が増えた、という話ではない。 パーソル総合研究所が全国1万人に聞いた調査では、「働くことを通じた成長」は重要だと答えた人は70.5%だった。ところが、その成長を実感できている人は50.2%にとどまる(参考:働く10,000人の就業・成長定点調査 パーソル総合研究所 2026年調査)。 仕事における成長を重要だと考える人が7割、実感できている人は5割。少なくとも2割の人が、大事だと思っているのに手ごたえを得られないまま働いている。 やりがいやキャリアアップは求めずに、決められた仕事を淡々とこなす。これは「不満がない」のではない。不満を口にするのを、やめたのである。 何を言っても変わらない。頑張っても報われない。それが続くと、人は説明する気力から先に失っていく。文句を言うのは、まだ会社に期待が残っている人である。期待が尽きた人は、理由さえ言わなくなる。 だから、社員が文句を言わなくなったことを、職場が良くなった証拠だと思ってはいけない。不満を言われるより、何も言われなくなったほうが重症である。 ■足りないのはコミュニケーションではなく「目標の一致」である では、期待はどこで尽きるのか。冒頭のマイナビ調査に手がかりがある。静かな退職のきっかけのうち16.0%は、「配属や異動など、会社の決定と本人の希望が合っていない」という不一致タイプだった。同じ調査で企業側に聞くと、異動や転勤、キャリアパスを決めているのは「会社の指示」が41.9%。「個人の希望」は12.4%にすぎない。 つまり多くの会社では、社員がどこへ向かうかを、会社が決めている。こう聞くと、説明が足りない、面談を増やせばいいと考えたくなる。だが、それでは直らない。聞き方や伝え方の問題ではないからだ。そもそも、個人の目標と会社の目標を一致させようとしているか。問題はここにある。 なぜ個人の目標がそれほど大事なのか。ハーズバーグの二要因理論が根拠になる。不満要因を取り除いても人は満足せず、達成感や承認などの動機づけ要因が人を前向きにするという理論だ。 給与や職場環境への不満を取り除いても、人は前向きにはならない。人を動かすのは達成感、承認、仕事の面白さ、成長の実感である。中でも達成感と成長の実感は、自分の目標がなければ生まれようがない。会社が決めた目標を割り当てるだけでは、この回路は回らないのである。 会社の目標と個人の目標が別々のままなら、頑張るほど自分の目標から遠ざかる人も出る。期待はここで尽きる。逆に、会社の行き先の中に自分の行き先が見えれば、社員はここで頑張れば先がある、と思える。 目標を聞かれもしないと気づいた社員も、いきなり黙るわけではない。はじめは希望を言い、意見も出すが、何を言っても変わらないと分かってから、言うのをやめる。冒頭の「特に理由はない」は、その一番最後に出てくる言葉である。 ■サイボウズが変えたのは評価項目ではなく「会社の理想」だった この一致を実際にやってきた会社がある。サイボウズである。ただし、最初から一致させられたわけではない。その前にまず、会社の目標そのものを作り直している。 同社は初めから働きやすい会社だったわけではない。青野慶久氏が社長に就任した2005年、離職率は28%。83人いた正社員のうち23人が1年以内に辞めている。当時は会社を大きくすること自体が目的になり、就任から約1年半で9社を買収。上場で調達した10億円を使い切り、1年間に二度の下方修正を出している(参考:正社員の28%が退職、キャッシュ10億円も使い果たし…サイボウズ社長・青野慶久が「消えたい」を痛感した“どん底”とは? 文春オンライン 2026/4/27)。 そこで青野氏が最初にやったのは、制度づくりではない。本当は何をやりたかったのかを考え直し、「世界で一番使われるグループウェアメーカーになる」と会社の理想を決め直したことである(現在の企業理念は「チームワークあふれる社会を創る」に改められている)。最長6年の育休、複業の容認、在宅勤務、選べる勤務時間、一度辞めても戻れる制度。こうした仕組みは、すべてそのあとに作られた。「100人100通りの働き方」という呼び名のもとで、会社の目標と社員一人ひとりの目標を、一致させにいったのである。 話はここで終わらない。2024年、同社はこの言葉を使うのをやめると正式に決めた。「何でも自由に選べる」という受け取り方が広がり、会社の目指す方向とずれる場面が出てきたからである。いまの呼び名は「100人100通りのマッチング」。希望が何でも通るのではなく、本人の希望と会社が求める役割が合ったときに成り立つ、という意味である(参考:サイボウズは「100人100通りの働き方」をやめます。社員数1000人を超えても、成長と幸福を両立させるための挑戦 サイボウズ式 2024/10/29)。 注目すべきは、ずれが出たときに変えたのが、コンセプトの側だったことである。個人に甘い会社なら、希望を通し続けたはずだ。そうしなかったのは、個人の目標を大事にするのが温情ではないからだろう。会社の目標と個人の目標が一致した状態こそ、会社の成長にいちばん合理的だと知っているからだろう。離職率は翌2025年で4.36%。28%だった20年前に戻る気配はない(参考:データ一覧 サイボウズの人的資本経営)。 ■「やる気は自己責任」という反論に、会社は何を返せるか ここまで読んで、「仕事はお金さえもらえればいい。自己実現など求めていない人もいる」と思った人もいるだろう。その通りである。生活のために働く人も、仕事より私生活を大事にしたい人もいる。 だが、だから会社は行き先を示さなくていい、ということにはならない。方向が分からなければ、社員は何を基準に、どこまでやればいいのか判断できない。お金のために働く人にこそ、役割と評価の基準は必要である。 「会社と社員の方向を一致させるなど、きれいごとだ」という声もあるだろう。全社員と一致させるのは、たしかに無理である。だが、目指すのは全面一致ではない。サイボウズのマッチングも、希望が何でも通る仕組みではなかった。合う場所を探し、合わなければ合わないと答える。それだけでも社員には、自分の希望が検討されたことが分かる。聞いたうえでの不一致と、聞きもしない無視は、別のものである。 「やる気は本人の問題だ」という意見も正しい。社員一人ひとりの気持ちまで、会社は管理できない。ただし、自分でやる気を保てる自律的な人ほど、働く会社を選べる立場にいる。目標の一致を示せない会社は、そういう人から順に去られていく。 冒頭の調査に戻る。静かな退職のきっかけの約半数は「特に理由はない」「無関心」だった。それだけ多くの会社で、社員が理由を語るのをやめている。 問われているのは、「社員のやる気をどう上げるか」ではない。「この会社で働くと、何になれるのか」に、会社が答えられるかである。 濵口誠一 中小企業診断士 【関連記事】 ■GMOとさくら、ネット2社はなぜ在宅勤務の有無で正反対の結論になったのか? (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63378950-20260730.html ■なぜ40代フリーランスの収入は厳しくなるのか?生き残りに必要な条件とは (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63368667-20260726.html ■文春の証拠動画停止で考える、”不良品”こそ売れてしまう週刊誌のビジネスモデル (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63293521-20260623.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万?(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html 【プロフィール 濵口誠一 中小企業診断士】 「幹部が現状維持の行動しかしない」「自分がいないと現場が止まる」といった社長依存の会社を仕組み化で解消するコンサルタント。売上10億~4000億の企業での約20年の経営企画経験があり、大企業で通用する経営管理ノウハウを中小企業でも実現できる形に落とし込む。M&A後に4割が離職した会社を組織改革・評価制度導入などで立て直し、利益が半減した会社での事業構造改革による収益回復などの実績がある。 X:https://x.com/hamatoukon @hamatoukon シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |



