![]() ■官民370兆円と、8月末に訪れる次の山場 まず、何が起きたのかを整理しておきます。 7月21日に閣議決定された日本成長戦略には、17分野・62品目ごとの投資額と経済波及効果を示した、官民投資ロードマップが盛り込まれています。分野別で最も大きいのはAI・半導体で100兆円規模。デジタル・サイバーセキュリティ、創薬、先端医療、コンテンツなどが続きます。防衛産業、造船、港湾ロジスティクス、フュージョンエネルギーといったこれまで「地味」とされてきた領域も並んでいるのが特徴です。 さらにその9日後の7月30日には、2027年度予算の概算要求基準が閣議了解されました。通常の歳出とは別枠で「強く豊かな日本」投資枠が新設され、この枠には要求上限(シーリング)が設けられていません。各省庁の要求期限は8月末日です。つまりいままさに、成長戦略に書かれた美しい言葉が、具体的な予算要求の数字に翻訳されている最中なのです。 この流れを受けて、SNSには関連銘柄の一覧が並びます。「造船関連はこの5銘柄」「レアアースの本命はこれ」といった投稿を目にした方も多いはずです。株式市場に長くいる方なら、こうした光景に既視感を覚えるでしょう。国が旗を振るたびに、同じ形式のリストが繰り返し流されてきました。 私は2003年の創業以来、20年以上にわたって個人投資家の資産運用に伴走してきました。その経験から申し上げると、国策テーマで損をする人は、銘柄選びを間違えているというよりも、参加する「タイミング」の意味を理解しないまま投資しています。悪いのはテーマでもリストでもなく、「国が押す分野なのだから、いつ買っても大丈夫だろう」という思い込みのほうなのです。 ■「国策に売りなし」は本当か──政策は3段階で動く 政策テーマは必ず「発表→予算化→業績化」の3段階を経て進みます。そして各段階で評価される銘柄が入れ替わります。これが決定的に重要な点です。 第1段階・発表は方針が示される局面です。テーマ全体が一斉に買われ、関連度の薄い企業まで値上がりします。動いているのは業績ではなく期待だけなので、値動きは軽く、そして脆い。確認すべき資料は政府の成長戦略本文やロードマップそのものです。 第2段階・予算化では、予算がつき、公募が始まり、事業者が選ばれます。ここで対象が一気に絞り込まれるのです。選ばれた企業と、選ばれなかった企業、同じ「関連銘柄」でも、この段階で運命が分かれてしまいます。見るべきは概算要求の内訳、公募要領、そして採択結果でしょう。 第3段階・業績化は、受注が積み上がり、売上と利益に反映される局面です。ここまでくると、株価は期待ではなく実績で評価されます。確認先は決算短信、受注残高、セグメント別利益に移ります。派手さはありませんが、株価の上昇が最も長く続くのはこの段階です。 なぜ段階を分けて考える必要があるのでしょうか。理由はシンプルで、株価の材料が段階ごとに入れ替わるからです。第1段階の材料は「思惑」、 第2段階は「選定結果」、 第3段階は「数字」。思惑で買った人が、数字が出るまで持ち続けても、途中の選定結果で振り落とされてしまえば、その株は二度と戻ってきません。 問題は、個人投資家が銘柄名を知るのは、たいてい第1段階の初動が終わった後だという点にあります。SNSでリストが拡散している時点で、その情報はすでに広く共有されています。「国策に売りなし」という格言は間違いではありませんが、それは分野全体の話であって、あなたが買った1銘柄の話ではありません。 ■脱炭素と防衛が見せた、正反対の結末 抽象論では腹落ちしないと思いますので、過去の実例を2つ挙げます。 ひとつは海洋風力です。2020年10月の脱炭素宣言以降、再生可能エネルギー関連は典型的な国策テーマとなり、開発事業者のレノバ株は2021年9月に上場来高値の6,390円をつけました。ところが同年12月24日、政府が公表した最初の大型公募の結果は、三菱商事を中心とする企業連合が3海域すべてを落札するというものでした。本命視されていたレノバは選定から漏れ、株価は12月27日にストップ安。その後、高値から7割超も下落しています。政策そのものは何一つ後退していません。第2段階で対象が絞られただけです。 しかも、この話には続きがあります。3海域を総取りした三菱商事も、採算の悪化を理由に2025年に海洋風力事業から撤退しました。予算化の関門を突破した企業ですら、安泰ではなかったわけです。 もうひとつは防衛です。2022年12月の防衛3文書で、2023〜2027年度の5年間に43兆円という方針が示されました。発表直後は値動きの軽い小型の「防衛関連株」が軒並み急騰しましたが、その後は地政学ニュースがでるたびに乱高下を繰り返し、腰を据えて持ち続けられた個人は多くありません。一方、三菱重工業は航空・防衛・宇宙の分野で受注を積み上げ、2026年3月期の連結受注高は7兆6,536億円と過去最高を記録しました。ただし、株価が上場来高値をつけたのは2026年3月、方針発表から3年以上が経ってからでした。 注目していただきたいのは、その後です。業績が伸び続けているのにもかかわらず、三菱重工の株価は高値から2割近くも水準を切り下げています。テーマが正しく、業績を伴っていても、買った値段が高ければ含み損を抱えるのです。 同じ「国策」でも結末はまるで違いました。片方は選定という関門で振り落とされ、もう片方は数字がでるまで3年を要し、その数字が出てからも大きく揺れている。どちらの例も、テーマの正しさと株価の動きが一致しないことを教えてくれます。国策は数年単位の強い追い風になりますが、明日の株価を保証してくれません。(なお、ここで挙げた銘柄はあくまで過去の事例であり、推奨ではありません) ■「国策なら一生持てばいい」への回答 ここで、次のような疑問が浮かぶかもしれません。 「国策テーマなら、腰を据えて一生持ち続けるのが正しいのでは?」 その答えは、「分野に賭けることと、個別銘柄に賭けることは別物だと考える」です。政策が10年続いてもその恩恵を受けるのは62品目にかかわる全企業ではなく、実際に受注を取った一部の企業に限られます。しかもその顔ぶれは段階ごとに入れ替わる。だからこそ私はテーマ株を一生持つのではなく、段階に応じて乗り換えることをお勧めしています。 具体的な行動指針は3つです。 第一に、自分がどの段階で入ったのかを言語化すること。発表段階の期待で買ったと自覚していれば、予算化の局面で選定から漏れたときに迷わず損切りできます。私が普段お伝えしている「マイナス5%で機械的にロスカットし、伸びた銘柄は利益を伸ばす」という規律も、この自覚があってこそ機能します。 第二に、SNSのリストを鵜呑みにせず、一次情報で裏を取る習慣を持つこと。成長戦略とロードマップは内閣官房のサイトで、概算要求は各省庁のサイトで、受注残高は企業の決算短信で、いずれも誰でも無料で読めます。リストを作った人が儲かる仕組みになっていないか、一度立ち止まってみてください。 第三に、焦って第一段階に飛び乗る必要はないと知っておくこと。予算がつき、事業者が決まり、受注が業績に現れてから参加する選択肢もあります。上昇の初動は取り逃しますが、その分だけ確度は上がるでしょう。ただし、業績が確認できた後でも高値づかみは起こります。先ほどの防衛の例が示す通り、確度が上がることといくらで買うかは別問題なのです。 そして、乗り換えの受け皿を用意しておくことも忘れないでください。一つのテーマ株に資金を集中させず、3〜5銘柄に分けておく。テーマが第二段階でつまずいたら、次に主役が回ってくる分野へ資金を移す。17分野もあるということは、乗り換え先の候補もそれだけあるということです。 370兆円という数字は確かに大きい。けれども、その恩恵が自分の口座に届くかどうかはまったく別の問題です。8月末の概算要求、年末の予算編成、そして来期以降の決算。国策テーマの「答え合わせ」は、これから何度も訪れます。そのたびに一喜一憂するのではなく、事前に確認すべき資料と、外れたときの撤退ラインを決めておけばいい。熱狂を眺めながら、いま自分は第3段階のどこにいるのかを冷静に問い直すこと。それが、この相場で資産を守り、育てるための第一歩になります。 藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役 【関連記事】 ■なぜ「28年ぶりの協調介入」でも円安は終わらないのか──介入報道のあとにプロが見ている3つの数字 (藤村哲也 投資顧問助言業) https://sharescafe.net/63431325-20260823.html ■変動金利いよいよ上昇 住宅ローンを「繰り上げ返済」する人が見落とす投資家の視点(藤村哲也 投資助言代理業) https://sharescafe.net/63378904-20260730.html ■食料品の消費税「実質ゼロ」で家計はいくら浮く?専門家が教える、減税分を"消えないお金"に変える方法(藤村哲也 投資顧問助言業) https://sharescafe.net/63377235-20260729.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役 ![]() 2003年にライジングブル投資顧問株式会社を設立し、代表取締役に就任。「投資を一部の富裕層の特権から、誰もが続けられる生活習慣へ」を理念に、投資助言と教育を融合した“伴走型”のビジネスモデルを追求している。創業21年を迎えた現在も、金融庁登録の投資助言・代理業として行政処分ゼロを継続。700件超の売買助言ログを公開し、“信頼を見せる投資顧問”として、投資家に寄り添った長期的な資産形成を支援している。 公式サイト https://www.risingbull.co.jp/ 公式ブログ https://www.risingbull.co.jp/stock/ X:https://x.com/risingbullcorp @risingbullcorp LINE公式アカウント:https://liff.line.me/1657519081-PwxaxnR5/76be088ff4bc4e3eb870c7a4d5d2295f シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


