![]() 驚くのは速さだ。同店では、フレームとレンズを選び、視力を測定してから最短25分で眼鏡を受け取れる。日本人には見慣れたサービスだが、海外では事情が違う。一般的な眼鏡なら、日本では医師の処方箋がなくても眼鏡店で視力を測り、そのまま作ることができる。 では、なぜそれで成り立っているのだろうか。目の病気を見逃す心配はないのか。 調べてみると、日本の眼鏡の速さを支えているのは加工技術だけではなかった。眼鏡店と医療をどこで分けるかという仕組みの違いも見えてくる。 ■海外では眼鏡を作る前に専門職が入る 眼鏡を作る仕組みは国によって違う。 米国では、眼科医やオプトメトリスト(目の機能や視力を検査する専門家)が屈折検査を行う。米連邦取引委員会(FTC)の「Eyeglass Rule」は、検査をした専門職に、患者が求めなくても処方箋を渡すよう義務づけている。 興味深いのは、この規制が眼鏡を検査した場所で買わせるためのものではないことだ。処方箋を本人に渡し、別の店でも商品や価格を比較できるようにする意味がある。 英国でも、オプトメトリストなどが視力を測るだけでなく、白内障や緑内障などの異常がないかを確認する。検査後には処方箋、または追加検査へ紹介したことを示す文書を渡すことが法律で求められている。 フランスでも矯正用眼鏡には処方箋を前提とした制度があり、年齢などに応じて処方箋の有効期間が定められている。近年は一定条件で他の専門職が処方する仕組みもある。 一方、日本では眼鏡販売の仕事に就くために特定の資格は必要とされていない。 厚生労働省の職業情報サイトは、眼鏡販売店員の仕事として、通常の視力測定や機器による測定で近視、遠視、乱視などの度数を測り、レンズを選ぶことを挙げている。つまり日本では、「測る→レンズを選ぶ→加工する→調整する」という一連の工程を眼鏡店の中で完結できる。この違いが即日作製を可能にする条件の一つになっている。 ■眼鏡店と眼科は何が違うのか では、眼鏡店だけで大丈夫なのだろうか。 ここは眼鏡店と眼科を競合相手として考えない方が分かりやすい。 簡単にいえば、眼鏡店では「どのレンズなら見やすくなるか」を測る。一方、眼科では「なぜ見えにくいのか」に病気が関係していないかまで診る。 消費者庁も、眼鏡店で行う測定では眼疾患の診断はできず、眼科を受診すれば視力検査だけでなく目の病気の有無も確認できるとしている。 例えば、乱視があるからといって、すべて眼科でなければ眼鏡を作れないわけではない。ただし、強い乱視となれば話は変わる。 日本眼科学会が2025年に公表した「成人の視力検査および眼鏡処方に関する手引き」は、強度乱視について、円錐角膜や角膜潰瘍、水晶体偏位、眼外傷など、さまざまな眼疾患に起因したり、病気に続いて生じたりすることが多いと説明している。角膜疾患では、測定値がばらついたり、眼鏡で矯正しても十分な視力が出なかったりする場合もある。 つまり、「乱視なら眼科」ではない。強い乱視がある、測定するたびに結果が安定しない、眼鏡を合わせても十分に見えない。こうした場合には、単なる度数合わせではなく、眼科で原因を調べる意味が出てくる。 ■実は「初めての眼鏡は眼科へ」という線引きもある 日本も「何でも眼鏡店だけでよい」と考えているわけではない。 2021年、国の技能検定に「眼鏡作製職種」が新設された。合格者が名乗る眼鏡作製技能士は、視力測定、レンズ加工、フィッティングなどの技能や知識を証明する。ただし、この資格を持っていなければ眼鏡を作れないという仕組みではない。 ここで興味深いのが、制度を作る際に厚生労働省が示した眼科医との連携である。眼の疾患が疑われる場合、幼児などに作製する場合に加え、「初めて眼鏡を作製する場合」も眼科医への紹介などを行うケースとして挙げられている。 これは、初めて眼鏡を作る人全員に眼科受診を法律で義務づけたものではない。むしろ面白いのは、眼鏡店で完結できる仕組みを残しながら、眼科につなぐべき場面も決めようとしている点だ。眼鏡を作るたびに眼科へ行くか、一生眼鏡店だけで済ませるか。その二択で考える必要はない。 ■安全のために全員を専門家に通す必要はあるのか もちろん、処方箋なしで眼鏡を作れる仕組みに問題がないわけではない。 消費者庁によると、2012年から2022年8月末までの10年8か月に、眼鏡店のサービスや作製した眼鏡による体調不良などの情報が238件寄せられた。原因では「レンズの度数などが不適」が126件と最も多く、症状では頭痛が82件、吐き気やめまいなどが78件だった。 ただし、このデータには事実関係や因果関係が確認されていない事例も含まれる。そもそも同じ期間に何本の眼鏡が作られたのかという分母もない。238件という数字だけから、日本の仕組みが安全とも危険とも判断できない。 ここで重要なのは、問題が起こる可能性があることと、全員に専門職の関与を義務づけるべきことは同じではない、という点だ。 日本では一般的な眼鏡作製を眼鏡店で完結できる。一方で、技能を証明する国の検定制度を設け、眼疾患が疑われる場合や幼児、初めて眼鏡を作る場合には眼科との連携を求めている。 専門家の役割は、全員が必ず通過する「関所」になることだけではない。専門家が必要になる場面を見分け、必要な人をつなぐことにもある。 外国人が驚く「25分で作れる日本の眼鏡」は、高速な加工機だけが生み出しているわけではない。誰に、いつ、どの専門家を関与させるのか。普段何気なく使っている眼鏡店から、便利さと安全を両立させる制度のもう一つの考え方が見えてくる。 九条丈二 独立研究者 【関連記事】 ■「科研費倍増」で日本の研究力は本当に戻るのか?(九条丈二 社会制度・政策研究者) https://sharescafe.net/63455692-20260902.html ■手術室に「副操縦士」はいるか? 京大病院事故が問う「止まる仕組み」(九条丈二 社会制度・政策研究者) https://sharescafe.net/63432097-20260823.html ■「玄米で認知症リスク低下」はどこまで本当か? 大学プレスリリースを読む5つのポイント (九条丈二 社会制度・政策研究者) https://sharescafe.net/63431863-20260823.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 九条丈二 独立研究者 医療制度、公衆衛生、科学研究を中心に、制度や組織がどのようなインセンティブによって動き、なぜ問題を修正できないことがあるのかを研究・執筆している。行政資料、統計、学術論文などの一次資料を用いた検証を重視し、医療政策、感染症対策、研究評価、AIと学術、医療安全、安全保障などを扱う。アゴラ、note等で論考を発表し、英文学術誌への投稿やPubPeerでの公開後査読にも取り組む。 公式サイト https://georgekujo.com アゴラ: https://agora-web.jp/archives/author/george_kujo note: https://note.com/g_kujo_ir @g_kujo_ir X: https://x.com/cavid19w @cavid19w ORCID: https://orcid.org/0009-0006-6864-0145 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |

