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2026年8月、高額療養費制度が改正された。医療費が高額になったとき、患者の自己負担を一定額までに抑える制度だ。

例えば70歳未満、標準報酬月額44万円の会社員が、1カ月に100万円の保険診療を受けたとする。標準報酬月額とは、健康保険料や給付額を決めるために給与を区分した金額だ。

3割負担なら本来30万円だが、高額療養費によって最終的な自己負担は9万2940円まで下がる。

ところが、同じ条件でも約2万5000円で済む人がいる。公務員の共済でも、2万円台まで負担が下がる例がある。

なぜ同じ100万円の治療で、6万円以上もの差が生まれるのだろうか。

その理由は、高額療養費という全国共通の制度の上に、加入する保険者によって異なる「もう一枚の給付」があるからだ。

社会制度・政策研究者として、高額療養費の改正を入口に、加入する公的医療保険によって生じる負担の差と、その背景にある「二階部分」を見ていきたい。

※以下の単月の金額は、多数回該当に当たらず、入院時の食事代や差額ベッド代など保険給付外の費用を除いた場合。

■全国共通の「一階部分」には年間上限もできた
高額療養費は、会社員が加入する協会けんぽや健康保険組合、公務員の共済組合だけでなく、自営業者やフリーランスなどが加入する国民健康保険でも受けられる。これが全国共通の「一階部分」だ。

2026年8月の改正では月額上限が引き上げられた一方、長期療養者を守る仕組みも残された。

直近12カ月で高額療養費に3回以上該当すると、4回目以降の上限が下がる「多数回該当」は原則維持された。さらに8月から翌年7月までを対象とする「年間上限」が新設された。

標準報酬月額44万円を含む区分では年間上限は53万円である。したがって、9万2940円という数字はあくまで単月の比較だ。高額な治療が長期間続く場合には、多数回該当や年間上限という別の安全網が働く。

さらに2027年8月には所得区分が細分化される予定だ。

標準報酬月額44万円の人が100万円の保険診療を受けた場合、法定の自己負担上限は11万6720円になる。2026年8月の9万2940円からさらに上がる。

■9万2940円が約2万5000円になる理由
それでも、同じ1カ月、同じ100万円の治療で負担額に6万円以上の差が生まれる。

違いを生むのが、健康保険組合が独自に設ける「付加給付」だ。

健康保険法53条では、健保組合は法律で定められた給付に加え、規約によってその他の保険給付を行うことができる。

例えばパナソニック健康保険組合には独自の付加給付があり、2026年8月の高額療養費改正後も変更していない。

標準報酬月額28万~50万円の加入者が100万円の保険診療を受けた場合、最終的な自己負担は引き続き約2万5000円となる。パナソニック健保自身も「最終的な自己負担額は引き続き約25,000円」と説明している。

ただし、最初から窓口負担が約2万5000円になるわけではない。付加給付は後日支給されるため、約2万5000円は最終的な自己負担額である。

全国共通の高額療養費を「一階」とすれば、こうした独自給付は「二階」にあたる。

しかも2027年8月、標準報酬月額44万円の人の法定上限は11万6720円になる。

仮に約2万5000円という付加給付水準がその時点でも維持されれば、法定給付だけの場合との差は約9万2000円まで広がる。

国が一階部分を変更しても、二階部分が同じように変わるとは限らない。

■国保や公務員ではどうなるのか
国民健康保険でも、高額療養費という一階部分は保障される。

国民健康保険法58条2項は、市町村や国保組合が条例や規約によって「その他の保険給付」を行うことも認めている。

ただし、健保組合の付加給付に相当する上乗せが全国一律に設けられているわけではない。

また国保では所得区分の判定方法が被用者保険と異なるため、先ほどの標準報酬月額44万円という比較には直接含められない。

公務員の共済組合にも独自の二階部分がある。

例えば裁判所共済組合では、2026年8月以降、標準報酬月額53万円未満の組合員について、高額療養費を差し引いた後の自己負担が2万7000円を超えた場合、その超過分が「一部負担金払戻金」または「家族療養費附加金」として支給される。

標準報酬月額53万円以上では基準額は5万4000円となる。

つまり、公務員共済にも全国共通の高額療養費とは別に独自の二階部分がある。

「大企業社員だけが得をする」という単純な話ではなく、全国共通の一階部分の上に、加入する保険者によって厚さの違う二階部分があるのである。

■健保の74%が赤字、それでも付加給付は続くのか
では、この手厚い二階部分は今後も維持できるのだろうか。

健康保険組合連合会が2026年度予算について行った早期集計では、全国1364組合のうち1010組合、74.0%が赤字になる見込みだ。全体の経常収支も2890億円の赤字である。

健保財政を考えるうえで見落とせないのが、高齢者医療を支えるための拠出金だ。

2026年度の高齢者等拠出金は約3兆9800億円。法定給付費と合わせた義務的経費のうち43.3%を占める。

健保が集めた保険料は、その健保の加入者自身の医療費だけに使われているわけではない。高齢者医療制度を支えるためにも大きな負担をしている。

ただし、「74%が赤字だから付加給付が近くなくなる」という意味ではない。

74%という数字は2026年度予算の赤字見込みだ。一方、財政状態が特に悪い健保を指定する制度では、複数年度の決算や積立金など別の基準が用いられる。

単年度の予算赤字と、制度上「財政悪化が深刻」と判定されることは同じではない。

■財政悪化が深刻なら付加給付は見直し対象になる
財政状態が特に悪化した健保には「指定健康保険組合」という制度がある。

一定の財政基準に該当すると厚生労働大臣の指定を受け、健全化計画を作る。

厚生労働省は指定健保について、一部負担還元金や付加給付を「廃止に向けた見直し」の対象としている。すぐに対応できない場合でも、健全化計画の3年度目までに計画的に見直すよう求めている。

実際に二階部分を縮小した例もある。

慶應義塾健康保険組合は2026年4月から、付加給付を計算する際の「給付算定額」を2万5000円から3万円へ引き上げた。加入者から見れば独自給付の縮小にあたる。

一方、パナソニック健保は約2万5000円という自己負担水準を2026年8月改正後も維持している。

二階部分の厚さはもともと組合によって違い、現在も維持する組合と縮小する組合に分かれている。

■「赤字なら付加給付をやめればいい」のか
「赤字なら付加給付をやめればいいのではないか」と考える人もいるだろう。

財政だけを考えれば、それは一つの選択肢だ。国の健全化制度でも見直し対象になっている。

しかし、付加給付をなくしても法定の医療給付や高齢者医療への拠出がなくなるわけではない。減った健保の支出は、その分、高額な治療を受ける加入者の負担へ移る。

一方、治療が長期化すれば、多数回該当や年間上限が働く。一階部分にも長期療養者を守る仕組みはある。

反対に「それなら二階部分も全国一律に保障すればよい」と考えれば、その費用を誰が負担するのかという問題が生じる。

高額療養費のニュースでは、国が定める自己負担上限に目が向きやすい。

しかし、自分が実際にいくら負担するのかを知るには、それだけでは足りない。

協会けんぽなのか、健保組合なのか、共済組合なのか、国保なのか。その保険者には独自の上乗せ給付があるのか。

日本の公的医療保険には、全国共通の安全網の上に、保険者によって異なる「二階部分」がある。

そして少なくとも健保組合では、その二階部分は固定されたものではない。財政状況によって維持されることもあれば、縮小、廃止されることもある。

高額療養費の上限だけを見ていては、自分の本当の医療費負担は分からないのである。


九条丈二 独立研究者


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■プロフィール 九条丈二 独立研究者
医療制度、公衆衛生、科学研究を中心に、制度や組織がどのようなインセンティブによって動き、なぜ問題を修正できないことがあるのかを研究・執筆している。行政資料、統計、学術論文などの一次資料を用いた検証を重視し、医療政策、感染症対策、研究評価、AIと学術、医療安全、安全保障などを扱う。アゴラ、note等で論考を発表し、英文学術誌への投稿やPubPeerでの公開後査読にも取り組む。

公式サイト https://georgekujo.com
アゴラ: https://agora-web.jp/archives/author/george_kujo
note: https://note.com/g_kujo_ir @g_kujo_ir
X: https://x.com/cavid19w @cavid19w
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