![]() 数値目標の達成と現場のモラルの間で揺らぐマネージャー層。本稿が暴くのは、「会社の利益を無視したかのように見える部下の提案」の裏に隠された真実と、現代のリーダーが身につけるべき「対話の技術」だ。 どれほどAI時代が効率化を進めようとも、ビジネスの決断を下し、現場の歯車を噛み合わせるのは生身の人間である。 筆者はこれまで脚本家・演出家、そしてシアタープラクティショナーとして、ドラマ手法を用いたメタ認知や組織の対話のプログラムに向き合ってきた(今回は、少年院の更生プログラム等でも採用される対話型手法を管理職研修に導入した)。そこで浮き彫りになったのは、職場という舞台でいかに私たちが「セリフの裏にある動機」を見落としているかという現実だった。 ■営業至上主義の会社で、部下が「口ごもった」本当の理由とは 「とにかく利益を出せ」「数字が未達で何をやっている」 上層部からのプレッシャーと、現場のリアルの間で板挟みになるビジネスパーソンは後を絶たない。営業の強さを武器に業績を伸ばしてきた会社であればなおさら、数字を追うことは鉄則であり、予算未達はチームの解体を意味する。冷徹だが、それがビジネスの現実だ。 だが、その研修で、あるリーダーが苦悶の表情を浮かべながら一つのエピソードを共有してくれた。 新規プロジェクトへの人材配置。営業のエースとして結果を出してきたそのリーダーは、当然のように「粗利率が高い営業・開発人材」を要求した。しかし、現場の部下はその指示に首を縦に振らず、あろうことか「粗利率の低い人材」を強く推したのだ。 「なぜそんな人材を入れたいのか」と詰めても、部下は口ごもるばかり。言語化できない部下に、リーダーは深く悩んでいた。 ここで、立ち止まって考えてみてほしい。なぜ、部下はそのような一見不可解な提案をしたのか。 問いを深掘りしていく中で、見えてきた事実がある。その人材はかつて彼が担当していた人物であり、持病を抱えてフルリモートが必須条件だったのだ。だが、それを口にすれば「私情を持ち込んでいる」と切り捨てられるのではないかという恐怖があった。さらに言えば、病状を本人の同意なく口にすることはコンプライアンス違反にもなり得る。 彼は組織のルールと倫理観を守ろうとするあまり、そして「数字がすべて」という圧倒的な職場の空気に気圧されて、決定的な理由を言葉にできなかったのだ。 「最近の若手は自分の意見を言わない」と嘆く上司は多い。だが、人間の行動には必ず動機があり、声を上げない背景には必ず「抑圧」がある。 そもそも日本には、自分の考えや意見を伝える教育の土壌が圧倒的に足りていない。G7のうち日本を除く6ヶ国には標準教育としてドラマ教育があり、他者理解(エンパシー)を育む基盤がある。和を尊ぶ美徳を持つ一方で、シャイで自分の内面を率直に表現することが苦手な日本人が、この「数字至上主義」の職場で生き抜くのは容易ではない。 ■「困った社員」か、それとも「理念の忠実な体現者」か 一般論として、営利企業において利益の最大化は正義だ。数字を無視する社員は、秩序を乱す扱いづらい存在とみなされる。しかし、実はその企業には「誰もがチャレンジできる社会」という明確な理念が存在していた。 研修の中で、ひとつの鋭い問いが投げかけられた。 ――「彼は本当に、会社にとって困った社員だったのだろうか。もしかしたら彼は、会社の利益を無視していたのではなく、誰よりも会社の理念=存在意義を愚直に守ろうとしていたのではないか」 ここで矛盾が浮かび上がる。持病を持ち、制限のあるエンジニアに挑戦の機会を与えようとした部下の行動は、「誰もがチャレンジできる社会」という会社の存在意義を現場で体現しようとした姿そのものではないだろうか。 さらに言えば、現場の状況はもっと複雑だった。当時、粗利率の高いエンジニアには他社からも複数の選考がかかっていたという。部下には、「制限のある彼を今回のアサインにうまく組み込むことで、結果的に粗利率の高いエースも別の案件に決められるようにしたい」という、チーム全体を見据えた上での計算や熱意すらあったかもしれない。 だが、それを説明できず、彼は「……じゃあ、いいです」と諦念の表情で引き下がってしまった。 理念はホームページの飾り文句ではない。それを本気で信じ、実行しようとした社員が、硬直した空気の壁に阻まれ、上司との対話を諦めていく。そのとき、現場に残るものは何だろうか。 ■組織の寿命を左右する「対話」の技術 組織心理学やGoogleの「プロジェクト・アリストテレス」が証明しているように、自分の価値観を偽らずに発言できる「心理적安全性(心理的安全性)」こそが、ハイパフォーマンスチームの土壌だ。 「粗利が低いからダメだ」と数字の理屈だけで部下の提案を一蹴し続ければ、部下は「この会社は言っていることと現実が違う」と冷め、やがて指示された数字をこなすだけの無機質なロボットへと変貌する。短期的な粗利と引き換えに、社員の熱量を踏みつぶす組織は、確実に内側から崩壊していく。 もちろん、「理念さえあれば利益は出なくていい」などとは言わない。会社が潰れれば元も子もないからだ。だからこそ、リーダーの真価が問われるのは「この提案をどう返すか」の瞬間である。 ここで重要なのは、アサインの最終判断(数字の論理)と、理念に向き合った部下の姿勢(動機)を明確に切り離して受け止めることだ。たとえ経営判断として「今回は粗利の高い人材を選ぶ」という結論になったとしても、数字の有無だけで対話を打ち切ってはならない。 「うちの会社は『誰もが挑戦できる社会』を目指している。その姿勢や、君の思いには心から共感する。ただ、現在の粗利目標という厳しい現実と、どう折り合いをつけていこうか」 こうして、部下の仕事への向き合い方や理念を体現しようとした姿勢をまず真正面から承認する。その上で、同じ目線に立って共に議論する。判断そのものは数字を選ばざるを得なくとも、部下の「理念を信じた姿勢」までを無かったことにしない。その対話のプロセスこそが、組織に血を通わせる。 あなたの職場で、目先の数字では測れない提案をしようとした社員が現れたとき、あなたはその声をどう受け止め、どう返すか。会社の存在意義を思い出させてくれたパートナーとして次の世代を育てるのは、いま、あなたが行うその対話以外にない。 葛木英(くずきあきら) 脚本家・演出家・シアタープラクティショナー 【関連記事】 ■人間関係が5%良くなれば幸福度は年収2倍。「友達がいない」と漏らす大人が増える時代に、組織を救う「横の繋がり」を生む方法とは(葛木英 脚本家) https://sharescafe.net/63386042-20260802.html ■「若手が意見を言わない」と嘆く前に。なぜ組織は「正解のある」教育で、主体性を奪ってしまうのか (葛木英 脚本家) https://sharescafe.net/63368627-20260726.html ■支援に繋がらない子どもたちを無くすために―巨人の阿部元監督の親子トラブル報道から考える、私たちが「自分の物差し」を傍に置くべき理由 (葛木英 脚本家) https://sharescafe.net/63260205-20260607.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 葛木英(くずきあきら) 脚本家・演出家・シアタープラクティショナー ![]() X:https://x.com/kuzukiakira @kuzukiakira 公式サイト: http://www.stage-connect.com シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


