![]() なぜ今、伊能忠敬がこれほど注目されるのでしょうか。その理由を探ると、脳科学の知見にたどり着きます。 世間では「歳をとれば頭は衰える一方」と考えられています。しかし、IQを専門に研究してきた立場から言えば、年齢とともに衰える能力がある一方で、むしろ伸びている能力も確かに存在するのです。 本稿では、この「衰える力」と「伸びる力」を整理し、50代からでも鍛えられる「隠れた知能」をどう活かすかを考えていきます。私はIQが鍛えて伸ばせることを研究しながら、このテーマに向き合ってきました。 ■50代の「脳の不安」をあえて直視する 「あの俳優、なんて名前だったっけ」と喉まで出かかっているのに出てこない。会話の途中で「えーと、あれ」と、身振り手振りでごまかしてしまう。こうした物忘れや言葉が出てこないという体験は、現代の50代が広く抱える共通の悩みです。私自身、講座の受講生から「歳のせいで頭が固くなった」という相談を何度も受けてきました。「老眼鏡を探す頻度が増えた」「取引先の名前がとっさに思い出せず、冷や汗をかいた」。こうした小さな失敗が重なると、誰しも「自分の頭は衰えていく一方なのだろうか」と不安になります。 「IQは20代がピーク」という説は広く知られていますが、これは半分しか正しくありません。米研究チームが約48,500人を対象に行った2015年の調査(心理学誌「Psychological Science」掲載)では、認知能力は一つの年齢でまとめてピークを迎えるのではなく、能力ごとにバラバラの年齢でピークを迎えることが示されています。 実際、能力によってピークを迎える時期は大きく異なります。思考の速さや短期記憶は若い時期にピークを迎える一方、他者の感情を読み取る力は40~50代、蓄積された知識を活用する結晶性知能は60~70代まで伸びることが示されています。 ■知能には2種類ある。「下がる知能」と「上がる知能」 一般にIQといえば、計算や記憶、新しい問題への対応力といった「流動性知能」を指します。先述の米研究チームの調査でも、作業記憶(ワーキングメモリ)は20代後半でピークを迎え、その後はゆるやかに低下していくことが確認されています。名前が出てこない、話の要点をまとめるのに時間がかかる、といった感覚は、この変化と関係していると考えられます。 しかし、これは知能のごく一部にすぎません。同じ研究では、語彙力や知識量、経験に基づく判断力である「結晶性知能」は40代・50代になっても上昇を続けることが分かっています。若い頃には見えなかった物事の本質を見抜く力や、複雑な人間関係を丸く収める言葉選びは、経験を積むほどむしろ磨かれていくのです。 さらに、他者の感情を読み取り、うまく対応する力(社会的認知・感情認識能力)は、40代から50歳前後でピークを迎えるという結果も、同じ研究チームによって示されています。若い頃より人間関係で賢くなっている、と言い換えることもできます。私はこれを、テストの点数には表れにくいという意味で「隠れた知能」と呼んでいます。 ■実は「隠れた知能」も鍛えられる 高齢者を対象にした認知トレーニングの研究では、戦略的に考える練習や運動との組み合わせによって、流動性知能の低下を抑えられる可能性が示されています。ドイツの心理学者ポール・バルテスらは、高齢者の「認知的予備能力(reserve capacity)」について長年研究してきました。その一連の研究では、流動性知能に関わる課題を訓練することで、高齢者でも認知能力テストの成績を大きく向上させられることが確認されています。高齢者には「使われていない予備能力」が眠っているという結論が導かれています。 ただし、単純な脳トレゲームを繰り返すだけのトレーニングでは、全般的な認知機能の向上は確認されなかったという研究結果もあります。効果が期待されるのは、単純な反復ではなく、記憶や推論、計画など複数の認知機能を同時に使う複雑な課題に取り組むことです。 2008年に心理学誌「Psychology and Aging」で発表された研究では、高齢者にリアルタイム戦略ゲーム「Rise of Nations」を23.5時間プレイしてもらったところ、タスク切り替え、ワーキングメモリ、視覚的短期記憶、推論など、一部の認知機能に改善が見られました。慣れないことに頭を使って取り組む経験そのものが、脳への良い刺激になると考えられます。 伊能忠敬は、まさにこの生きた実例です。江戸で商いを営んでいた忠敬は、商売を息子に任せて隠居した後、当時としては異例の50歳を過ぎてから天文学や測量術を一から学び直しました。もともと持っていた測量の経験と組み合わせ、55歳から北海道南岸の測量を皮切りに、71歳まで実に10回、17年をかけて全国を歩き、日本初の実測地図を完成させました。当時の旅は、現代の交通網とは比べものにならないほど過酷なものでした。それでも彼を突き動かしたのは、誰かに評価されるためでも仕事の成果のためでもなく、純粋に「知りたい」という気持ちだったのです。 ■「今からでは遅いのか」 「もう手遅れでは」という声が聞こえてきそうですが、脳は年齢に関係なく変化し続けます。大切なのは、下がる能力を数えて落ち込むことではなく、伸びる能力を信じて使うことです。とはいえ、「意識を変えろと言われても、具体的に何をすればいいのか」と感じる方も多いでしょう。たとえば、これまで読んだことのないジャンルの本を読む、仕事では使わない分野の英会話を始める、囲碁や将棋のように先を読む遊びに挑戦する。こうした「慣れないことに頭を使う」経験が、隠れた知能を刺激します。 明日からすぐに始められることとして、一つおすすめしたいのが「スマホで調べる前に、まず自分なりの仮説を立てる」という習慣です。ふと気になったことがあったとき、すぐに検索窓に手を伸ばすのではなく、「たぶんこうなんじゃないか」と一度自分の頭で考えてみる。そのあとで答え合わせをするように調べれば十分です。この小さな一手間こそが、本稿で紹介した「先を読み、戦略を立てる」訓練の日常版であり、誰の手も借りずに、隠れた知能を静かに鍛える練習になります。 友人との会話で気の利いた言葉が自然に出てくるようになった、人の気持ちの機微に前より敏感になった。そうした変化に気づいたなら、それはまぎれもなく「隠れた知能」が育っている証拠です。50代からの人生は、知恵と感情の成熟をいちばん楽しめる時期です。伊能忠敬が55歳で歩き始めたように、今日の小さな一手間から、未来の自分は変わっていきます。 秋谷光輝 JAPANMENSA会員 【関連記事】 ■夏休み、ゲーム漬けの我が子にイライラ。やめさせるより有効なIQを伸ばす親の声かけ (秋谷光輝 MENSA会員) https://sharescafe.net/63406867-20260811.html ■「すぐ調べなさい」が子どもの思考力を奪う?AI時代に親が見直したい“問いかけ”の習慣 (秋谷光輝 MENSA会員) https://sharescafe.net/63289152-20260621.html ■カオナシはなぜ言葉なしで孤独を語れるのか?宮崎駿作品に宿る「非言語IQ」の正体 (秋谷光輝 MENSA会員) https://sharescafe.net/63201124-20260511.html ■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/62674731-20250930.html ■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は年間800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 秋谷光輝 JAPANMENSA会員 ![]() 著書:「楽算メソッド」(合同フォレスト)、「今から伸ばす!IQトレーニング」(大創出版)「記憶の出し入れがスムーズになる衰え知らずの脳トレ習慣」(日本実業出版社)(2025.12) 公式サイト https://www.housokugaku.com/ シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |


