unnamed
7月31日に日米同時公開され、北米興行収入ランキングで6週連続1位を記録と大ヒット公開中の映画『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』。主人公のピーター・パーカーは、世界を救えるほどの力がありながら、自分のことを覚えている人は誰もいないという孤独を抱えている。

愛する人たちを危険から守るため、前作で全世界から「ピーター・パーカー」の記憶を消す道を選んだ。友人も恋人のMJも、自分を覚えていない。それでも彼はスパイダーマンとして人々を守り続ける。

考えてみれば、不思議なヒーローだ。壁を駆け上がり、ビルの間を飛び回る。強敵とも戦える。圧倒的な力を持ちながら、一人の青年としては恋愛に悩み、大切な人を失い、自分の選択に迷う。

もし彼が何でもでき、失敗もせず、傷つくこともない「完璧なヒーロー」だったら、私たちはこれほど応援したくなるだろうか。一般的には、ヒーローは強くて完璧であるほど魅力的だとされる。だが、本当に人を惹きつけるのは、そこににじむ人間らしさだ。

スパイダーマンの魅力をたどると、人や企業が「好かれる」理由が見えてくる。

PRコンサルタントとして企業の広報やブランドづくりを支援してきた立場から、スパイダーマンはなぜこれほど人から好かれるのかを読み解く。そのうえで、人や企業が「好かれる」とはどういうことなのかを考えていく。

■なぜ「完璧な人」より「弱さのある人」に惹かれるのか
身の回りでも、似たようなことはないでしょうか。

仕事ができて、判断も速く、いつも自信にあふれている人が、思わぬ失敗をして照れたり、「実はこれが苦手なんです」と打ち明けたりする。すると、それまで遠い存在だった人に、急に親しみを感じることがあります。

何を聞いても正しい答えが返ってきて、失敗する姿を一度も見せない人には、「すごい」と思っても、どこか近寄りがたさを感じることがあります。

「すごい人だ」と思うことと、その人を「好きになること」は、同じではないのです。

スパイダーマンもそうです。壁を駆け上がり、強敵と戦う能力だけを見れば、私たちとはまったく違う存在です。しかし、恋愛に悩み、大切な人を思い、自分の選択に迷う姿なら理解できます。

彼の「強さ」は私たちに「すごい」と思わせる一方、「弱さ」は私たちとの距離を縮めています。

ただし、ここでいう弱さは、その人の実力とは別の話です。むしろ、普段はしっかりしている人が見せる迷いや失敗だからこそ、「この人も自分と同じなのだ」という人間らしさが生まれます。

では、なぜ「すごい」と思われている人が見せる小さな弱さは、かえってその人の魅力を高めることがあるのでしょうか。

■「すごい」と「好き」は違う
この不思議な心理を考えるうえで、興味深い研究があります。

1966年、心理学者エリオット・アロンソンらは、優秀な人物がちょっとした失敗をしたとき、その人の魅力がどう変わるかを実験した。この実験は、社会心理学の教科書でたびたび紹介される有名な研究だ。

実験での「失敗」は、コーヒーを自分のスーツにこぼすという、ごく人間らしいものでした。その結果、優秀な人物は、失敗をしなかった場合より、こうした失敗をした場合の方が魅力的に評価される傾向が見られました。一方、平均的な人物では、同じ失敗によって魅力が低下しました。こうした現象は「プラットフォール効果」と呼ばれる。

重要なのは、「失敗すれば好かれる」という話ではないことです。では、なぜ同じ失敗が、ある人では魅力になり、別の人では評価を下げてしまうのか。鍵を握るのは、失敗の前にどれだけの「強さ」が認識されているかだ。

先に「この人はすごい」という評価があるからこそ、小さな失敗や弱さが人間らしさとして魅力になります。スパイダーマンも、人々を救える強さがあるからこそ、一人の青年として悩み、迷う姿に私たちは親近感を抱きます。

強さと弱さは反対ではない。強さが「すごい」を生み、その中から見える弱さが「好き」への入口になるのです。

この構造はヒーローだけの話ではない。私たちは企業や商品を見るときにも、その向こうにいる「人」に心を動かされることがあります。

■ロゴの向こう側に誰がいるか
例えば、ジャパネットたかた創業者の髙田明氏です。テレビショッピングで見せた独特の高い声や訛り、身ぶりは、モノマネのネタにされるなど、どこかツッコミどころのある立ち居振る舞いです。
商品を何とか視聴者に伝えようとする熱量を覚えている人は多い。

そこから伝わってくるのは、隙なく整えられた企業広告とは違う人間味だった。画面の向こうで、一人の人間が本気で商品の魅力を懸命に伝えている。その姿自体が、企業と視聴者の距離を縮めていた。

もう一人、まったく違うタイプがApple共同創業者のスティーブ・ジョブズです。

ジョブズはいまでは伝説的な経営者として知られていますが、30歳で自ら創業したAppleを追われました。

当時について本人は、人生をかけてきたものを失い、打ちのめされたと振り返っています。この話は、2005年にスタンフォード大学の卒業式で本人が語ったスピーチで広く知られている。数カ月は何をすればいいのか分からず、シリコンバレーから逃げ出すことさえ考えたといいます。それでも仕事への情熱を失っていないことに気づき、再び歩き始めました。その後NeXTを創業し、Pixarの経営にも携わり、やがてAppleへ戻っています。

ジョブズのように遠く思える存在も、打ちのめされるような挫折を味わうこともあると思うと、急に親近感が湧くのではないでしょうか。

髙田氏とジョブズはまったく異なります。それでもPRの視点から見ると、共通するものがあります。

企業のロゴの向こう側に「人」が見えることです。

企業は発信を整え、失敗や迷いを消そうとします。しかし、削りすぎれば人間まで見えなくなります。人は企業のロゴに共感するのではありません。その向こうにいる人の熱量や葛藤、失敗、再起に心を動かされるのです。たとえば、新商品の開発秘話や、失敗を経て改善されたストーリーは、性能の数字以上に人の心を動かす。

では企業は、好かれるために積極的に「弱さ」を見せればいいのでしょうか。

■「弱さを見せれば好かれる」は大きな誤解
ここまで読むと、「だったら企業も失敗や欠点を積極的に見せればいいのか」と思うかもしれません。もちろん、そう単純ではありません。

繰り返しますが、先に「この人はすごい」と思われているからこそ、小さな失敗が親しみにつながるのです。まだその人の良さが知られていなければ、同じ失敗でも受け取られ方は変わる。では、企業はどこまで失敗や弱さを見せていいのか。規模によって答えは変わるのか。

企業も同じです。商品の品質や専門能力、誠実さ、安全性への不安は、「人間味」にはなりません。一方で、新商品を生み出すまでの試行錯誤、挑戦の失敗、経営者の迷いや葛藤、社員のむき出しの熱量は、その企業で働く人の姿を見せます。

もう一つ注意したいことがあります。何をどう見せるかを工夫することと、事実ではないことをつくるのは別の話です。好かれるために存在しない弱さまでつくる必要はありません。

大切なのは、弱さをつくることではなく、実際にある試行錯誤や迷い、そこで働く人の熱量など、もともとそこにある人間らしさを伝えることです。

企業が守るべきなのは「一切の隙がないイメージ」ではありません。顧客からの信頼です。その土台があるからこそ、人間らしい弱さは欠点ではなく、人と企業との距離を縮める接点になり得るのだ。

■強さは「すごい」をつくる。弱さは「好き」をつくる
企業は、自分たちの「強さ」を伝えようとします。商品の性能、技術力、実績、受賞歴。それらは信頼を得るために必要です。しかし、「すごい会社だ」と評価されることと、「この会社が好きだ」と思われることは同じではありません。

そこに必要なのが、人間らしさではないでしょうか。

髙田明氏のむき出しの熱量も、スティーブ・ジョブズの挫折と再起も、商品の性能とは直接関係がありません。それでも記憶に残るのは、その向こうに一人の人間が見えるからです。

スパイダーマンも同じだ。彼が愛されるのは、弱いからではありません。圧倒的に強いのに、迷い、悩み、大切な人を失い、それでも立ち上がる。だから私たちは、彼を応援したくなるのです。

企業も完璧に見せることだけが、ブランドを強くするわけではありません。品質や能力という「強さ」は大前提です。そのうえで、そこで働く人の熱量や迷い、試行錯誤まで消さないことが、人との距離を縮めます。

PRとは、企業を完璧に見せる仕事ではありません。その企業が信頼に値することを伝えながら、その向こう側にいる人の姿を見せる仕事でもあります。

強さは「すごい」をつくる。弱さは「好き」をつくる。

弱さとは、人が自分を重ねられる「共感の余白」なのです。


木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント 株式会社ユアウィル 代表取締役


【関連記事】
■「苦労キャンセル」の正体―AI時代の努力の意味(木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント)
https://sharescafe.net/63271220-20260612.html
■いまや「NISA貧乏」まで…爆発的なNISA普及を生んだ“参加者が広げる”仕組み (木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント)
https://sharescafe.net/63176350-20260429.html
■なぜ、麻辣湯が流行?現代人が「つい選んでしまう」納得の仕組みとは (木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント)
https://sharescafe.net/63116079-20260407.html
■110万円の家賃を払う板野友美さんとヤクルト高橋奎二さんの判断が正しい理由。(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/62674731-20250930.html
■世帯年収1560万円の共働き夫婦は、9540万円の湾岸タワーマンションを買えるのか? その1・生活費は800万? (中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー)
https://sharescafe.net/61186482-20240125.html


■プロフィール 木下亮雄 PR・マーケティングコンサルタント 株式会社ユアウィル 代表取締役
kinoshita
「なぜ伝わらないのか」「なぜ売れないのか」を構造から整理し、露出・信頼・売上が一貫して成立する状態を設計する専門家。外資系企業で13年間マーケティングに従事。ベンチャー支援団体にて広報・マーケティング領域を経験した後、株式会社ユアウィルを設立。中小企業や個人事業主200社以上を支援し、構造や伝え方を整理することで、評価や機会につながるケースを数多く生み出す。支援したコンサルタントや中小企業診断士などが雑誌掲載されるなど、第三者評価につながる成果も多い。自身も30冊以上の法人向けビジネス誌や日本経済新聞等に寄稿。商工会議所や大学校などの教育機関では講演活動にも取り組み、実践的な考え方や方法を伝えている。近著に『コンサルタント・講師のためのPR戦略』(同友館)

公式サイト https://practical-marketingpr.com/

著書 『コンサルタント・講師のためのPR戦略』https://www.amazon.co.jp/dp/4496057603


この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。