![]() 査読とは、投稿された論文を同じ分野の研究者が読み、研究方法や分析、結論などを確認する仕組みです。学術論文の品質を支える重要な工程です。 生成AIには、文章の整理や要約を短時間で行える利点があります。存在しない文献を示すなどの誤情報があります。未公開論文を外部サービスへ入力すれば、機密保持の問題が生じます。 関連する学術出版社Frontiersの調査では、査読経験者の53%がAIを使った経験がありました。 「専門家がAIに査読を任せて大丈夫なのか」と感じる人もいるでしょう。 問題はAIの使い方だけではありません。大学や研究機関は学術誌を読むために多額の費用を払っています。大学が電子ジャーナルに支払う購読料は年間400億円を超え、その原資は学生が払う学費と、私たちが払う税金です。あなたも、知らないうちに査読を支える費用を負担しています。論文を誰でも読めるようにするオープンアクセスでは、著者側が高額な出版費用を負担する場合もあります。 論文の科学的な内容を確認する査読者には、多くの場合、出版社から報酬が支払われません。 社会制度・政策を研究し、自らも論文を投稿して査読を経て学術誌に掲載された立場から書きます。この記事では「誰がお金を払い、誰が働いているのか」をたどります。そのうえで、学術出版の品質保証を誰の時間とお金で支えるべきなのかを考えます。 ■日本の大学は電子ジャーナルに年間400億円超 学術誌には複数のビジネスモデルがあります。 従来型が「購読モデル」です。大学や研究機関の図書館などが出版社へ費用を払い、所属する研究者が論文を読めるようにします。 文部科学省の最新調査によると、2024年度に国公私立大学が電子ジャーナルに使った経費は約409億円でした。2013年度の約246億円から11年間で約66%増えています。 大学のネットワークから論文をクリックすると、研究者本人には無料に見えることがあります。実際には大学側がアクセス費用を負担している場合があります。 もう一つが「オープンアクセス(OA)」です。 OAとは、読者が購読料を払わなくてもインターネット上で論文を読める仕組みです。「読者が無料」と「出版が無料」は同じではありません。 OAでは、論文が採択されると著者側が「APC」を負担する方式があります。APCはArticle Processing Chargeの略で、論文を出版するための費用です。 金額は学術誌によって異なります。Nature Portfolioでは、Scientific Reportsの2490ユーロからNature本誌の1万850ユーロまで幅があります。為替によって変わりますが、前者でも40万円台、後者なら180万円前後です。 「ハイブリッド誌」という方式もあります。基本的には購読料が必要な学術誌ですが、著者がAPCを払った論文だけ誰でも読めるようにする仕組みです。 すべての学術誌が購読料とAPCを二重に受け取っているわけではありません。購読料やAPCがそのまま出版社の利益になるわけでもありません。 出版社は、投稿の受付や編集、査読の管理を担っています。組版やオンライン公開、保存も出版社の仕事です。 学術出版全体で見ると、大学や研究機関が購読費を負担しています。別の場面では、著者や大学、研究費などがAPCを負担します。 では、論文の科学的な内容を実際に評価する査読者には、いくら支払われているのでしょうか。 多くの場合、出版社からの直接報酬はありません。 ■査読は「タダ」なのではない 査読は、論文を一度読んで感想を書く仕事ではありません。 研究方法は適切か。統計解析に問題はないか。結論はデータから言える範囲を超えていないか。重要な先行研究を見落としていないか。 専門家として確認し、必要なら著者へ修正点を説明します。 2021年に学術誌Research Integrity and Peer Reviewに掲載された研究は、2020年だけで世界の研究者が査読に使った時間を1億3000万時間超と推計しました。 24時間を1日として単純に年数へ換算すると約1万5000年分です。研究者1人が1本の査読にかける時間を仮に5時間とすると、約2600万本分の査読に相当します。 米国の研究者が査読へ投入した時間を給与相当額に換算すると15億ドル超、中国では6億2600万ドル、英国でも3億9100万ドルに相当すると推計されています。 しかも著者らは、世界のすべての学術誌を含んでいないことなどから、この数字は実際の負担を過小評価している可能性が高いとしています。 研究者本人へ査読料が支払われていなくても、その時間にはコストがあります。大学や研究機関から給与を受け取る研究者であれば、所属機関がその時間を実質的に負担しているとも考えられます。 査読は「タダ」なのではありません。査読者への報酬として表面化していないだけで、研究者の時間というコストは確実に発生しています。 ■増えた論文の7割超を5社が生み出した 論文そのものも急速に増えています。 2024年にQuantitative Science Studiesに掲載された研究によると、ScopusとWeb of Scienceの双方に収録された論文は、2016年の約192万本から2022年には約282万本へ増えました。6年間で47%増です。 年間約89万7000本の増加分のうち、MDPIが約27%、Elsevierが約16%、Frontiersが約11%、Springerが約9.5%、Wileyが約7%を占めました。 上位5社だけで増加分の7割を超えます。 Frontiersも、2016年以降の論文数増加への寄与が大きかった出版社の一つです。論文の公開数が増えれば、それに必要な査読も増えるという構造がここにあります。 研究は、論文数の増加が研究者数の伸びを上回り、一人の研究者が執筆、査読、編集へ割く負担が増えていると指摘しています。 「査読が無償だから研究者がAIを使うようになった」とまで示すデータはありません。 確認できるのは、論文が急増し、査読にも大量の研究者時間が使われているところへ、文章整理や要約を短時間で行える生成AIが登場したということです。 ■AIは査読の敵なのか 生成AIを査読に使うことには明確なリスクがあります。 査読中の論文はまだ公開されていない機密情報です。外部のAIサービスへ入力すれば、情報管理の問題が生じます。 生成AIは、もっともらしい形で誤った情報や存在しない文献を示す場合もあります。出版社も注意を促しています。ElsevierやSpringer Natureは、査読者向けの指針で、生成AIが実在しない文献を挙げる可能性があるとして、内容を自分で確認するよう求めています。 一方、AIそのものが査読に役立たないとも限りません。 2025年12月に公開されたプレプリントでは、GPT-5に機械学習分野の主要学会で採択された論文約2500本を評価させたところ、計算が正しいか、本文と表の内容が一致しているかといった限定された確認作業で有効に働いたと報告されています。 プレプリントとは、専門家の査読を受ける前に公開された論文です。この研究だけでAI査読の有効性が確立したとは言えません。 それでも、AIに向いている仕事と、人間が担うべき仕事を分ける可能性は示しています。 文章と表の整合性や計算を機械的に確認することと、研究の新規性や重要性、方法論全体の妥当性を専門家として判断することは同じではありません。 ■出版社もAI利用のルールを作り始めた 出版社側もAIを単純に全面禁止するだけではなく、利用方法を細かく分け始めています。 Elsevierは2026年6月にAI利用方針を更新しました。 査読者は、査読中の原稿やその一部を外部のAIツールへ入力してはいけません。自分で作成した査読文の言語や構成を改善したり、背景となる文献を検索したりする補助利用は、条件付きで認めています。 利用するAIにも条件があります。入力内容を保存、再利用、共有せず、モデルの学習にも使わないAIを求めています。 制度上の問いは「AIを使ったか」だけではありません。 何をAIに渡すのか。何をAIに任せるのか。どのAIを使うのか。最後に誰が確認し、責任を負うのか。 AIの急速な普及に合わせて、出版社側のルールも変化している最中です。 ■では査読者にお金を払えばいいのか ここまで読むと、「それなら査読者に報酬を払えばいい」と思うかもしれません。 有償化は一つの選択肢です。ただ、それだけで問題が解決するとは限りません。 査読は研究者共同体の相互扶助という側面も持っています。自分の論文を他の研究者に評価してもらう一方、自分も他人の論文を評価します。 有償化する場合も、誰がその費用を負担するのか、研究者共同体による相互扶助をどう位置づけるのかという問題は残ります。 「無償か有償か」の二択では足りません。そもそも査読は、研究者の善意で回るものではなく、社会が負担すべき品質保証コストです。 必要なのは、これまで見えにくかった査読のコストを制度の中で認識することです。 大学や研究機関は、査読を研究者の正式な学術活動として評価する。出版社は、査読者の負担やAI利用のルールを明確にする。 文章整理や計算確認などAIで補助できる仕事と、研究の妥当性や価値を判断して責任を負う人間の仕事を分ける。 人間にしかできない判断へ、研究者の限られた時間を集中させる仕組みが必要です。 ■AIが見せた「見えないコスト」 学術出版では、いくつもの主体がお金や時間を負担しています。 大学や研究機関は学術情報を読むための費用を負担します。OAでは著者、研究費、大学などがAPCを負担する場合があります。出版社は編集、査読管理、出版、保存などを担います。 研究者は論文を書くだけでなく、他の研究者が書いた論文を、多くの場合無償で査読します。 この構造は生成AIが登場する前から存在していました。 AIによって見えやすくなったのは、査読という品質保証にも巨大なコストがあるという事実です。 AI時代に必要なのは、査読を全面的に有償化することでも、AIを全面禁止することでもありません。 査読という専門労働のコストを可視化し、AIで補助できる仕事と、人間が責任を負う判断を分けることです。 AI査読が突きつけているのは、研究者のモラルだけの問題ではありません。 学術出版の品質保証を、誰の時間とお金で支えるのかという制度設計の問題なのです。 ■参考・出典 ・A billion-dollar donation: estimating the cost of researchers' time spent on peer review Research Integrity and Peer Review 2021 ・The strain on scientific publishing Quantitative Science Studies 2024 ・Most peer reviewers now use AI, and publishing policy must keep pace Frontiers 2025/12/15 九条丈二 独立研究者 【関連記事】 ■糖尿病治療薬マンジャロはなぜ発売時に値上げされ、3年後に25%値下げされたのか? 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(中嶋よしふみ ファイナンシャルプランナー) https://sharescafe.net/61186482-20240125.html ■プロフィール 九条丈二 独立研究者 医療制度、公衆衛生、科学研究を中心に、制度や組織がどのようなインセンティブによって動き、なぜ問題を修正できないことがあるのかを研究・執筆している。行政資料、統計、学術論文などの一次資料を用いた検証を重視し、医療政策、感染症対策、研究評価、AIと学術、医療安全、安全保障などを扱う。アゴラ、note等で論考を発表し、英文学術誌への投稿やPubPeerでの公開後査読にも取り組む。 公式サイト https://georgekujo.com アゴラ: https://agora-web.jp/archives/author/george_kujo note: https://note.com/g_kujo_ir @g_kujo_ir X: https://x.com/cavid19w @cavid19w ORCID: https://orcid.org/0009-0006-6864-0145 シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ ■シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。 ■シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。 ■シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。 |

