![]() 彼女の影響力を象徴するのが、東京国立博物館が行った「源氏物語図屏風」の修理を目指すクラウドファンディングだ。同館のプロジェクトページには俳優の佐々木蔵之介さんと並んで彼女の応援メッセージが掲載され、自身の配信でも熱量高く後押しを実施。その結果、支援の輪が大きく広がり、最終的に目標額の234%(7,020万円)に達する原動力となった。 多くの企業も毎年、多額の資金を投じて文化や芸術への支援を行っている。しかし、ここまでの共感と影響力を持つ取り組みはきわめて稀だ。なぜ企業の社会貢献はどこも横並びに見え、人々の心に残りにくいのか。 その構造的な原因は、企業の支援先を選ぶ基準が「自社だからこそやる意味(うちだからできる)」ではなく、「どの会社でも言える建前(他社でも同じ)」になっている点にある。 プライム上場企業でCSR(企業の社会的責任)の実務に携わった経験を持つ中小企業診断士の視点から、儒烏風亭らでんが起こしたムーブメントと企業の意識調査データを比較し、これからの時代に企業が持つべき「本質的な社会貢献」のあり方を考えてみたい。 ■儒烏風亭らでんは、何をどう伝えたのか 2025年10月6日、東京国立博物館がクラウドファンディングを始めた。江戸時代の絵師が描いた「源氏物語図屏風」を修理するためのものだ。目標は3,000万円だった。 儒烏風亭らでんがこれを配信で取り上げたのは、10月23日である。屏風が東京都内の古民家で見つかったこと。保存状態がよくなく、猫の引っかき傷のようなものがあること。寄付の返礼品の中身を話し、自分も寄付する予定だと明かした。いつか東京国立博物館に取材に行きたいとも述べた。 東京国立博物館のプロジェクトページには、俳優の佐々木蔵之介さんと並んで、彼女の応援メッセージが載っている。 『東京国立博物館さんで、能面を見て、日本美術の虜になってから数年がたち、いまではバーチャルユーチューバーとして文化や美術のことを伝える活動をしています。新たに見つかった「源氏物語図屏風」もきっと誰かにとっての「能面」になるのではないでしょうか。』(引用:「東京国立博物館|価値ある文化財を救い出す。源氏物語図屏風、修理へ」 READYFOR) 配信から4日後の10月27日、支援者は920人以上、寄付額は1,840万円を超えていた。目標を達成した配信では、寄付した人が残せる応援コメントに「らでんちゃんの配信で知りました」「らでんちゃんの呼びかけで」というものがたくさんあったこと、100%に届いたときは泣いたこと、ファンが作った切り抜き動画の影響も大きかったことなどを話している)。 12月19日23時に募集が終わったとき、3,301人から7,020万円が集まっていた。最初の目標の234%である。 12月31日、彼女は自身のチャンネルで修理現場の取材動画を公開した。タイトルは「【東京国立博物館】クラファン達成おめでとう!な源氏物語図屛風の修理現場を取材してきました!」である。「取材に行けたら」と話していたことを、そのまま実行したのだ。 ■企業は、支援先を何で選んでいるのか ここまでは、一人の配信者の話である。一方、企業側の文化支援はどのような状況にあるのだろうか。企業メセナ協議会の「2024年度メセナ活動実態調査」のデータから、その実態を探っていく。 メセナとは、企業が行う文化や芸術の支援のことだ。支援に使った金額を答えた企業は271社で、合計は188億7,508万円。1社あたりの平均は約6,965万円になる。 この金額は、今回のクラウドファンディングで集まった7,020万円とほぼ同じだ。 もっとも、企業の文化支援は自社のお金から出し、クラウドファンディングは他の人からお金を集める。お金の出どころが違う。ここで比べたいのは、誰の財布から出たかではない。何を支援先に選んだのか、である。 企業の側に「なぜうちがやるのか」という理由がないわけではない。何のためにメセナに取り組むのかを聞いた質問では「社業との関連、企業価値創造のため」、自分たちの仕事や会社の価値につなげるため、と答えた企業が69.9%・258社だった。仕事と結びつけて文化支援に取り組む企業は、すでに多数派なのだ。 問題は、その「仕事との関連」の中身である。何を重視したのかとの質問に対し、上位は「地域社会との関係づくり」80.9%、「自社のイメージの向上」70.0%、「自社を知ってもらうため」49.0%が並ぶ。「自社を知ってもらうため」は、4年前の41.8%から7.2ポイント増えている。一方、「企業の独自性の打ち出し」は40.1%にとどまる(注:複数回答)。6割の企業は、「うちだからできる」という点を重視していない。 上位に来ているのは、どの会社がやっても同じように言える効果ばかりだ。仕事とつなげると掲げていても、実際に何を支援するかを決める場面では、他社と横並びに見えてしまう。 ■寄付は社会的責任の代わりにならない 仕事と切り離したところでやる良いことを社会貢献と呼ぶ。この考え方は、実は国際的な決まりごととずれている。 ISO26000という国際規格がある(国内ではJIS Z 26000)。会社や団体が社会に対してどう責任を果たすべきかをまとめた文書だ。そこには、こう書かれている。『慈善活動(ここでは慈善事業への寄付とする。)は,社会にプラスの影響を与えることができる。しかし,組織はこれを,その組織への社会的責任の統合に代わるものとして利用すべきでない。』(引用:「JIS Z 26000 社会的責任に関する手引」箇条3.3.4 2012年) つまり、寄付や協賛をすれば責任を果たしたことになる、とは考えない。普段の仕事の判断そのものに、社会への配慮を組み込め、という立場である。 『社会的責任がその組織の中核的な戦略の不可欠な部分となるべきである。』ともある(同資料)。会社の中心にある戦略の一部にしなさい、という意味だ。 規格が挙げている例も、ふだんの仕事の延長にある。「組織の中核活動を通したコミュニティの発展への貢献」と題した囲みには、農機具を売る会社が農業技術の研修を開く、といった例が並ぶ(同資料)。 経営学者のマイケル・ポーターとマーク・クレイマーも、企業の社会貢献の多くが本業とほとんどつながっていないと指摘した(参照:ポーター、クレイマー「競争優位のCSR戦略」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2008年1月号)。 誤解のないように付け加えると、規格は寄付そのものを否定してはいない。規格が問題にしているのは、寄付をしたから責任を果たした、と考えて、肝心の仕事のやり方は変えないままにしておくことだ。 ■仕事から離すと、語れる人がいなくなる 企業の社会貢献はどこか響かないと感じる人は少なくない。 ふだんの仕事から切り離した活動には、社内にそれを語れる人がいない。障がい者スポーツ大会への協賛、地域の清掃活動。どれも意味のある活動だ。それでも、担当者が説明できるのは、参加した人数や、どれだけ取り上げられたか、といった外向きの成果になりやすい。たとえば、地域のスポーツ大会への協賛は大会が終われば話題も終わる。翌年、予算がつかなければ協賛は消え、社内に経緯を語れる人は残らない。 そういう活動は終われば終わる。予算がついた年は実行し、つかなくなれば消える。続きを語る人が、社内にいないからだ。たとえば、企業メセナ協議会の調査でも、景気後退期にはメセナ活動を休止・中止する企業が増えることが報告されている。実際、バブル崩壊後には多くの企業が文化施設の運営から撤退した。 これは、経営の現場を見てきた診断士として、また上場企業でCSRの開示にかかわった者としての実感でもある。 ■その活動を、社員は自分の言葉で語れるか 儒烏風亭らでんが屏風について語れたのは、発信の技術があったからではない。応援メッセージにあるとおり、東京国立博物館は、彼女が日本美術にのめり込むきっかけになった場所だった。だから寄付を呼びかけることも、募集が終わったあとに修理の現場へ行くことも、同じ一本の線の上にある。 人は、自分の実体験に根ざした言葉にしか強い説得力を持たない。なぜなら、実体験から出た言葉は、聞き手の中にある似た経験を呼び起こすからだ。彼女の言葉が動かしたのは、知識や情報ではなく、日本美術にのめり込んだ実体験からにじむ必然性だった。 だからこそ、ファンは「らでんちゃんの配信で知りました」と反応した。人は、自分が心から惹かれた対象について語るとき、説明を超えて感情が伝わる。彼女の言葉が人の心を動かしたのは、情報量ではなかった。東京国立博物館で能面に出会い、日本美術に目を開かれたという体験そのものが、寄付の呼びかけに体温を与えた。だから聞き手は、応援ではなく共感として受け止めた。 もし彼女が、自分がまるで詳しくない分野の寄付を呼びかけていたらどうか。募集が終わったあとに現場を取材する動画は出なかっただろう。誰が呼びかけても同じ言葉になる支援は、期間が終わればそこで話も終わる。続きを語る材料が、本人の中にないからだ。人は、語り手自身の経験や感情が伴った言葉に心を動かされる。彼女の言葉には、美術にのめり込んだ実感が宿っていたからこそ、多くの人の共感を呼んだのだ。 配信者ひとりと企業を並べるな、と思った人もいるだろう。企業は株主にも社内にも説明しなければならない。当然「好きだから支援する」では通らない、と。 むしろ逆なのだ。説明しなければならないからこそ、「なぜうちがやるのか」を説明できる支援先を選ぶ必要がある。イメージが上がる。名前を知ってもらえる。どの会社が言っても同じことは、説明になっていない。 インフルエンサーは企業よりファンを作りやすい、という指摘もそのとおりだ。ファンがいたから集まったという説明では、なぜそれが美術のクラウドファンディングだったのかを説明できない。ファンの数は、何を支援先に選ぶかの答えにはならない。企業にも、顧客や取引先というファンがいる。問題は関係の有無ではなく、その相手に向けて語れる中身を持っているかどうかだ。 会社の社会貢献活動を見たとき、ぜひ、自分の仕事の言葉で語れるかどうかを見てほしい。語れるなら、その活動はふだんの仕事から生まれている。金額と活動名しか出てこないなら、仕事とは切り離されている。 ■企業はどうすればいいのか では、企業はどうすればいいのか。チェックポイントは3つある。 1つ目は、自社の技術やノウハウを生かせる支援先を選ぶこと。 2つ目は、社員が自分の言葉で語れる活動にすること。 3つ目は、単発の寄付で終わらせず、本業の延長として続けること。 もっとも、仕事と結びつけたくても、自社は何のためにあるのかが固まっていない企業も少なくない。切り離されているのは活動ではなく、その手前にある理念である。だからこそ、まず自社は何のために存在するのかを問い直し、その理念とつながる支援先を選ぶことから始めたい。 濵口誠一 中小企業診断士 【関連記事】 ■大ヒットは狙って作れるのか?経産省「20兆円戦略」を宝鐘マリンから考える (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63455726-20260902.html ■「仕事で成長求める」7割の裏で広がる「静かな退職」。矛盾の裏にあるミスマッチとは (濵口誠一 中小企業診断士) https://sharescafe.net/63432016-20260823.html ■GMOとさくら、ネット2社はなぜ在宅勤務の有無で正反対の結論になったのか? 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