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政府は2026年7月、骨太の方針に「現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げていく」と明記しました。手取りが増えるかもしれない、と胸をなでおろした人も多いでしょう。ただ、投資助言の現場に20年以上身を置く立場からみると、このニュースを喜ぶ前にやるべきことがあります。

それは、給与明細を開くことです。どの商品を買うかより先に、自分の手取りが何にどれだけ削られているのかを知る。そこが資産形成の出発点になります。

■「保険料引き下げ」は、永田町ではなく給与明細の話
まず何が決まったのか整理しておきましょう。

政府は2026年7月21日、「骨太の方針2026」を閣議決定しました。社会保障の分野では「現役世代の保険料率の上昇を止め、引き下げていく」と明記されました。国民所得に占める保険料負担率、いわゆる社会保障負担率について、目標を設定する検討にも踏み込んでいます。

社会保障改革については、2026年度中に改革項目の具体化と工程の明確化を図るとし、2027年度の社会保障負担率が2025年度と比較して上昇しないように取り組む、と書き込まれました。2025年度の水準は17.8%(実績込み)です。前年の骨太の方針が「保険料負担の抑制努力」という表現にとどまっていたことを思えば、確かに一歩踏み込んだ書きぶりでした。

ここまでは、多くの人がニュースで目にした話でしょう。注目すべきはその先です。

この方針が動かそうとしているのは、抽象的な「国家財政」ではありません。あなたの給与明細の、あの控除欄です。健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、40歳以上の方なら介護保険料。毎月ほとんど見ずにスクロールしている、あの数行が対象になっています。

なぜ投資助言を生業とする私が、運用ではなく給与明細の話から始めるのか。理由は単純です。投資の原資は、運用成績ではなく、手取りから生まれるからです。年率何%を目指すかを議論する前に、毎月の給与から何にいくら引かれているかを知らなければ、計画は砂の上に立つことになります。

この記事で伝えたいことは1つだけです。政策の行方を待つ前に、給与明細を開いて手取りの構造を把握してください。運用テクニックの習得は、その後でも問題ありません。

■先に見るべきは商品ではなく、給与明細
投資を始めると聞いたとき、多くの人は何を思い浮かべるでしょうか。NISA口座を開き、どの投資信託を選ぶか比較する。おそらく、そんな絵が浮かぶはずです。

私からすれば、それは順番が逆なのです。

2026年度の会社員について、本人が負担する主な保険料率を確認すると、厚生年金保険料が18.3%で、労使折半のため本人負担は9.15%です。協会けんぽの健康保険料率は全国平均9.90%で、本人負担は約4.95%。雇用保険料は一般の事業で1.3.5/1000(13.5%)、うち労働者負担は5/1000(5%)にあたります。40歳以上の方には、介護保険料1.62%、本人負担0.81%が加わります。2026年4月分からは、子ども・子育て支援金0.23%の徴収も新たに始まりました。

合計すると、本人が負担する社会保険料は、給与のおおむね15.5%になります。40歳以上かどうか、勤務先がどの都道府県か、健保組合が協会けんぽかで多少前後します。

これを年収500万円の会社員に当てはめて試算してみましょう。(協会けんぽの全国平均料率、40歳未満、扶養家族なしを想定した筆者試算)

・社会保険料(本人負担)……約74万円
・所得税……約12万円
・住民税……約24万円

社会保険料は所得税のおよそ6倍で、所得税と住民税を足した額と比べても、なお2倍です。しかも会社側がほぼ同額を負担していますから、自身の労働からは労使合計で年150万円前後が社会保険に回っている計算になります。

これが盲点です。多くの人が「税金が高い」と口にします。ところが、手取りを本当に削っているのは、税ではなく、社会保険料なのです。

なぜ気づかないのか。じわじわとしか上がらなかったからです。厚生年金保険料率は2004年の制度改革以降、毎年0.354%ずつ引き上げられ、2017年9月に18.3%で固定されました。1人あたり0.354%なら、月給30万円の人で月530円ほど。この程度の変化に人は反応できません。20年かけて積み上がった結果だけが、今、静かに給与明細に居座っています。

「手取りを決めているのは税金ではなく社会保険料率である」。この1点を認識するだけで、家計の見方は変わります。

■手取りの構造を「見える化」すると、投資の原資は見つかる
投資相談の現場で必ずと言っていいほど耳にする言葉があります。「投資に回せるお金がないんです」。

そこで給与明細を持ってきてもらいます。毎回同じことが起きます。控除額の合計を即答できる人はほとんどいません。額面と手取りの差が月に8万円あったと、初めて認識する人も珍しくないのです。

これは決して不注意ではありません。給与明細はそもそも読ませる設計にはなっていないからです。だからこそ、意識して開く価値があります。

やることは3ステップだけです。

第1に、直近の給与明細と昨年の源泉徴収票を並べます。第2に、源泉徴収票の「社会保険料等の金額」と「源泉徴収税額」を見比べてください。前者が後者を大きく上回っているはずです。第3に、年間の手取りを12で割り、そこから生活費を差し引きます。

ここで出てくる残りの数字が、あなたの投資の原資です。「頑張れば出せる額」ではなく、「止めずに続けられる額」として出てきます。この違いは決定的です。相場が荒れたときに積み立てをやめてしまう人の多くは、最初の金額設定が身の丈より少しだけ高かった。その場面を何度も見てきました。

私が「投資を一部の富裕層の特権から、誰もが続けられる生活習慣へ」と掲げ、伴走型の助言にこだわっているのも、まさにここに理由があります。続かない計画はどれだけ理屈が正しくても、資産を増やしません。

■「保険料が下がるなら喜べばいい」?
ここまで読んで、いくつか反論が浮かんだ人もいるでしょう。

「保険料が下がるなら、素直に喜べばいいのでは?」

半分は同意します。実際、協会けんぽの全国平均保険料率は2026年に9.9%へ引き下げられました。全国平均の引き下げは34年ぶりで、料率が上がった都道府県は1つもありません。現役世代の負担が実際軽くなった部分は、きちんと評価してよいでしょう。

ただし骨太の方針が掲げているのは負担の率であって、額ではありません。社会保障負担率は保険料負担を国民所得で割って算出します。賃上げによって分母が膨らめば、天引き額が変わらなくても率は下がって見えます。率の低下と手取りの増加は、必ずしも同じ意味ではないのです。

加えて、給与水準を保ったまま負担だけを軽くするには、財源が要ります。実際、同じ骨太の方針には、70歳以上の医療費窓口負担について、「年齢によらない真に公平な応能負担を実現する観点から見直しを行う」と記され、改革工程表は2026年末までに策定される予定です。保険料の負担が、税や医療費の自己負担という別の形に置き換わる可能性は否定できません。期待するのは自由ですが、家計の前提条件に組み込むのは早すぎます。

「そもそも投資に回すお金がない」

だからこそ、控除額を知ることに意味があります。天引きの構造が分かると、選択肢が具体化するからです。たとえば iDeCoや企業型DCの掛け金は全額が所得控除の対象になりますし、NISAなら運用益に課税されません。制度を使うかどうかの判断は、自分の負担額を把握して初めて現実味を帯びます。

金額の大小は二の次で構いません。月1万円を年率5%で20年続けたとすると、元本240万円が約406万円になる計算です。決して一攫千金ではありませんが、続けられる金額から始めることの価値は、この数字が語っています。

「制度がこれから変わるなら、今学んでも無駄では?」

変わるのは料率です。給与から社会保険料が引かれ、税が引かれ、残りが手取りになるという構造そのものは変わりません。読み方さえ身につければ、料率が動くたびに自分への影響を自分で計算できるようになります。一度覚えれば一生使える技術です。

制度の見直しは、これから数年かけて具体化していきます。そのとき、報道の見出しに一喜一憂する側でいるのか、自分の明細に当てはめて損得を判断できる側でいるのかで、大きな差がつきます。

投資でまず必要なのは、有望な銘柄でも話題の商品でもありません。自分の手取りの地図です。今月の給与明細を、まずは開いてみてください。


藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役


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■プロフィール 藤村哲也 ライジングブル投資顧問株式会社 代表取締役
fujimura_tetsuya
千葉県出身。横浜市立大学経営学科卒業後、1990年に太平洋証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)に入社。個人・法人の資産運用を担当し、バブル崩壊後の市場を第一線で経験する。のちに本社投資情報部でプラント・機械・IT・半導体など幅広い業種を担当し、年間数百件におよぶ企業取材を通じて成長株分析に強みを培う。1999年の台湾地震では、TSMCをはじめとする現地半導体メーカーを取材し、アジア市場リスクを日本の投資家へ発信した。
2003年にライジングブル投資顧問株式会社を設立し、代表取締役に就任。「投資を一部の富裕層の特権から、誰もが続けられる生活習慣へ」を理念に、投資助言と教育を融合した“伴走型”のビジネスモデルを追求している。創業21年を迎えた現在も、金融庁登録の投資助言・代理業として行政処分ゼロを継続。700件超の売買助言ログを公開し、“信頼を見せる投資顧問”として、投資家に寄り添った長期的な資産形成を支援している。

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