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9月7日、Yahoo!ニュースで「世界で『チーズ争奪戦』 なぜ日本では『チーズ離れ』が進むのか」と報じられました。世界的な需要増や円安で輸入チーズの価格が上がれば、消費者が買い控えるのは不思議ではありません。(参照・世界で「チーズ争奪戦」 なぜ日本では「チーズ離れ」が進むのか #エキスパートトピ(山路力也) Yahoo!ニュース 2026/09/07)

しかし、社会制度・政策を研究する立場から見ると、気になるのは値上がりそのものより、その背景にある仕組みです。

日本では生乳や乳製品の需給が緩めば、在庫対策や生産調整が問題になります。一方、2024年度に国内で消費されたチーズの国産比率は14.8%。約85%を外国産に頼っています(参照・わが国のチーズ事情 農畜産業振興機構 2026/03/05)。

しかも、輸入チーズには、種類や用途によって関税や関税割当があります。一般には、こうした制度は国内の酪農家や乳業を守るために必要だと考えられています。実際、国内のチーズ工房は増え、国産チーズの品質向上も進んでいます。それでも輸入依存は極めて高いままです。

本稿では、チーズの輸入と関税、生乳・乳製品の需給調整を確認し、コメ政策とも比較します。日本の酪農政策の課題は単なる「保護しすぎ」ではありません。国内生産を守る仕組みと、成長余地のあるチーズ市場を育てる政策が十分につながっていないことです。

■日本で食べるチーズの約85%は外国産
農畜産業振興機構によると、2024年度の国内チーズ総消費量は32万6415トンでした。このうち国内で消費されるチーズの14.8%が国産で、残りは外国産です(参照・わが国のチーズ事情 農畜産業振興機構 2026/03/05)。つまり、日本で食べるチーズのおよそ7個に6個は外国産です。日本人の食卓は、それほど輸入チーズに支えられています。

もちろん、生乳さえあれば簡単にチーズへ転換できるわけではありません。製造設備や技術が必要で、熟成タイプなら販売まで時間もかかります。飲用牛乳用の設備をそのままチーズ工場へ転換することもできません。

それでも「国内に生乳の生産基盤があるのに、なぜチーズではこれほど外国産に依存するのか」という問いは残ります。

■輸入チーズは自由に入ってくるわけではない
さらに興味深いのが輸入制度です。チーズの関税は一律ではありません。種類、用途、原産国、経済連携協定によって異なります。

例えばプロセスチーズ原料用のナチュラルチーズは、2025年度の関税割当数量が4万9900トンで、枠内なら無税、枠外では29.8%です(参照・関税割当制度の概要 農林水産省 2026/09/16閲覧)。

農林水産省は、関税割当制度について、一定の輸入数量までは無税または低税率を適用し、それを超えた輸入には高い税率を適用することで、安価な輸入品の供給確保と国内生産者の保護を両立させる仕組みだと説明しています(参照・同上)

したがって、「外国産チーズには一律約30%の関税がかかる」という説明は正しくありません。重要なのは細かな税率より、日本のチーズ市場が完全な自由輸入市場ではなく、国内生産とのバランスを考えながら輸入条件を政策的に調整してきた市場だということです。

国内産業を守るという考え方には一定の合理性があります。では、その結果として国内チーズ産業は育っていないのでしょうか。実はそうとも言えません。

■国産チーズは実際に育っている
農畜産業振興機構によると、2024年度の国内チーズ工房は347カ所で、10年前の240カ所から1.4倍に増えています。国産チーズは国内外のコンテストでも評価されています(参照・わが国のチーズ事情 農畜産業振興機構 2026/03/05)。

つまり「日本にはチーズ産業が育っていない」という批判は正確ではありません。

むしろ見るべきは、その逆の事実です。国産チーズ産業が成長しているにもかかわらず、市場全体では国産比率が14.8%にとどまっています。

小規模な工房が増えることと、家庭用や外食、加工食品などで大量に消費されるチーズを国内で安定して生産できる産業構造を作ることは別問題です。

農林水産省は国産チーズの競争力強化策として、原料乳の高品質化、製造面での生産拡大や高付加価値化、チーズ工房などの品質向上・ブランド化を支援しています。

これは裏返せば、国産チーズを増やすには、「生乳がある」というだけでは足りないことを示しています。

■一方では乳製品の在庫対策をしている
酪農政策をさらに分かりにくくしているのが、生乳と乳製品の需給問題です。

牛から搾った生乳は長期間保存できません。飲用需要が弱ければ、バターや脱脂粉乳などの加工向けへ回されます。しかし加工した乳製品にも、需要を超えれば在庫が積み上がります。

2026年度の「国産牛乳乳製品の需要拡大・競争力強化対策事業」では、国産チーズの生産拡大・高付加価値化を支援する一方で、在庫水準が高くなった脱脂粉乳の在庫低減や、牛乳乳製品の値上げによる消費減退で積み増した乳製品在庫の保管も支援しています(参照・国産牛乳乳製品の需要拡大・競争力強化対策事業の実施について 農畜産業振興機構 2026/04/02)。

ここで「余った牛乳を全部チーズにすればいい」と考えるのは単純すぎます。

チーズ工場の能力、製造コスト、熟成期間、販売先などがあり、短期間に用途を変更することはできません。

だからこそ制度設計の問題になります。

一方で乳製品の在庫低減を支援し、もう一方で国産チーズの生産拡大を支援している。この二つを別々の政策として考えるだけでよいのでしょうか。

■コメ政策と比べると見えやすい
この構造には現在のコメ政策と共通する発想があります。

コメでも政府は完全に市場へ任せているわけではありません。農林水産省は、水田活用の直接支払交付金によって、麦、大豆、飼料用米などの戦略作物の生産や、需要に応じた産地形成を支援しています。つまり、需要や政策目的に応じて、生産する品目を誘導するという考え方です。

酪農でも同様に、飲用乳需要が伸びないのであれば、生産量だけを調整するのではなく、チーズなど需要を開拓できる商品へ生乳を振り向ける発想があります。

ただし、コメとは違いもあります。チーズについて国は現在も、国産品の需要拡大や生産拡大、高付加価値化を政策的に支援しています。つまりチーズは、単なる「余った牛乳の処理先」ではありません。国内酪農の新しい市場になり得る商品なのです。

■「外国産を高くする」だけでは国産は強くならない
国内酪農を保護することには理由があります。海外には日本より大規模な酪農経営があります。価格競争だけに任せれば、日本の酪農生産基盤がさらに縮小します。食料安全保障という観点からも、一定の国内生産を維持する意味はあります。したがって、関税をなくせばすべて解決するという話ではありません。

ただし、国内産業を守ることと、国内産業を強くすることも同じではありません。外国産との価格競争を緩和しても、それだけで生産設備が増え、大量生産能力が高まり、需要が生まれるわけではありません。

だから重要なのは、「何年間保護した結果、国産チーズの生産量やシェア、競争力がどれだけ高まったのか」という政策評価です。

関税や補助制度を「あるのが当然」とするのではなく、それによって国内産業がどれだけ強くなったかを検証する必要があります。

■守るべきなのは現在の制度ではなく市場
日本の酪農政策には、生産者保護、価格安定、需給調整、輸入管理、国産チーズ育成など複数の目的があります。それぞれの制度には理由があります。

しかし制度全体を見ると、乳製品在庫の低減を支援しながら、同時に国産チーズの生産拡大を支援し、なお国内チーズ市場の約85%を外国産に依存するという複雑な構造になっています。

問題は「保護するか、しないか」という二択ではありません。農林水産省自身も、国産チーズについて原料乳の高品質化、生産拡大、高付加価値化、品質・ブランド力の向上などを支援しています。

必要なのは、それらを個別の補助事業として終わらせず、生乳需給政策とチーズ市場育成を一体として評価することです。

酪農保護をやめる必要はありません。保護政策の目的を「現在の生産を維持すること」から、「国内の生乳を需要のある高付加価値商品へ移し、国内酪農が将来も稼げる市場を作ること」へ移すべきです。

守るべきなのは現在の制度ではなく、国内酪農が将来も稼げる市場です。


九条丈二 独立研究者


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■プロフィール 九条丈二 独立研究者
医療制度、公衆衛生、科学研究を中心に、制度や組織がどのようなインセンティブによって動き、なぜ問題を修正できないことがあるのかを研究・執筆している。行政資料、統計、学術論文などの一次資料を用いた検証を重視し、医療政策、感染症対策、研究評価、AIと学術、医療安全、安全保障などを扱う。アゴラ、note等で論考を発表し、英文学術誌への投稿やPubPeerでの公開後査読にも取り組む。

公式サイト https://georgekujo.com
アゴラ: https://agora-web.jp/archives/author/george_kujo
note: https://note.com/g_kujo_ir @g_kujo_ir
X: https://x.com/cavid19w @cavid19w
ORCID: https://orcid.org/0009-0006-6864-0145


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