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「城さんの記事読みましたか? 女性差別ってまだあるんですね……」
先日、知人の女子大学生からこんなメールが届いた。城さんとはもちろん、城繁幸氏の事だ。

優秀な女性が雇われない理由

彼女は城氏がJキャストに連載している記事を偶然読んだらしく、「女性が優秀にも関わらず採用されない理由」の内容について、いまだに就職で女性が冷遇されている事に呆れているようだった。しかもその理由が妊娠出産による一時的な戦線離脱だというのだから、自分のせいじゃない!と思うのも当然だろう。そしてその後、現在話題になっている育児休暇延長に関する案を総理が発表した。

これから就職活動を始める女子大生にとってはこれほど切実な問題も無い。その学生に育児休暇延長についてどう思うか聞いてみた所、悪い方針ではないと考えているようだった。そこで「自分が経営者だったとして、これを法律で強制されたら女性を雇いたいと思う?」とさらに突っ込むと、少し考えてから「すごい雇いにくくなりますよね……」という答えが出てきた。女性としては納得行かないが、経営者の立場から合理的に考えればそう結論を出さざるを得ない、という表情だった。

インセンティブと副作用を無視すると何が起きるか。

3年間も本当に帰ってくるかどうか分からない人を待ち続ける事は経営者にとって非常に大きな負担となる事は間違いない。自分は過去に「日本の不景気は女性差別が原因だ」というタイトルで5回も記事を書いた位なので、女性差別的な発想は持ち合わせていない自負はある。今回の案に反対する理由も女性の雇用に確実にマイナスになるからだ。もしこれが早期に法律で強制されたら、先ほどの学生も影響を受けるだろう。一番迷惑をこうむるのは境目にいる学生だ。

現状で他の法律やルール、慣習を一切変えずに育児休暇だけ3年延長を強制すると、経営者は女性を避けて男性を優先して雇うようになるだろう。

すでに雇われている人が出産を機に退職するケースは減るかもしれない。しかし女性の雇用は減る。つまり、出産適齢期に雇用率が下がる「M字カーブ」の落ち込み方は緩やかになる一方、女性の雇用率は全体的に下がる。女性の雇用促進は労働人口の減少や景気悪化を防ぐ事が目的である以上、これでは何の意味も無い。

これは女性を差別するべきではないとか、ベキ論で考えても意味が無い。経営者のインセンティブを無視して、副作用を放置すれば確実に女性の雇用環境は悪化する。これまでの様々な政策の失敗もインセンティブや副作用を無視してきた事が大きな原因だ。なぜまた同じ過ちを繰り返すのか? 女性が育児休暇を取得すると企業が得をするような状況、最低でも損をしない状況をまずは作らないといけない。

期間を延長するより取得率を引き上げるべきだ。

総理が方針を打ち出した育児休暇を3年に延長する案は一見すると女性のためになる政策に見える。これが法律で強制されるのか、企業が制度を作ると国が支援するだけなのか、それとも最近なされた給料アップのようなただの要請なのか、報道を見る限りでは良く分からない。しかし、もし法律で強制するのであればすでに述べたように女性の雇用を阻害する最悪の政策になるといわざるを得ない。

そもそも3年に延長する以前に取得すら出来ない企業が多数ある。育児休暇は期間の長短より取得できない事に問題がある。これは、待機児童が増える一方で、保育園の無償化を進めようとするトンチンカンな政策についても全く同じ事が言えるのだが、運良く支援を受けられる人にだけ手厚い保障を提供する前に、支援を受けられない人を減らす事が先ではないのか。お客様に話を聞いていても育児休暇なんて絶対取れませんよ、という人は少なくない。3年に延長する前にまずは半年でも1年でも良いから希望する全ての女性が確実に育児休暇を取得出来るようにすることが先ではないのか。

厚生労働省の「第1回21世紀出生児縦断調査(平成22年出生児)の概況」によれば、平成13年には出産によって7割近い女性が仕事を失っていた。これが平成22年には仕事を失う女性は54.1%と10%以上改善されている。ただし、これでもまだ半数以上の女性が育児休暇を取得せずに退職している事になる。この中には多数の働き続けたいのに辞めざるを得ない女性が含まれているだろう(統計にはパートも含む。正規雇用に限っても45%の女性が職を失っている)。まずはこれを減らすべきではないのか。

順番を間違えてはいけない。

最終的には3年間の育児休暇を法律で強制しても良いし、国が支援をしても良いと個人的には思う。しかしどこかに「穴」が開いた状態で規制をかければ歪みが別の場所に発生する。

ここで言う穴は男性の長時間労働だ。男性を好き放題に使える状態があるから城氏も指摘するように、企業は女性を敬遠して男性ばかり雇用するようになる。これは企業にとっては正しい行動だが、社会全体ではマイナスの行動だ。男性は長時間労働でウツ病になり、女性は子供が生まれると半数が仕事を辞め、結果として子供は増えない。国全体で見れば少子化が進みウツ病は国民病となり、良い事は何も無い。政策を実行するにはまず穴を埋めてからでなければ、良い政策でもマイナスの効果を出てしまう。

国は景気対策として余計なお金を使う位なら、女性の雇用に予算を使うべきだ。働く女性にとって支えが必要な時期は子供が小さいごく短期間でしかいない。その時期を集中的に支えれば女性はずっと働き続ける事が出来る。そして女性が働き続けられるのであれば、若い夫婦は子供を生み、家を買う。子育てと住宅購入は経済活動の中でも特に規模が大きい。

ウィメンズパークとsuumoの共同調査によれば、マイホームを購入するタイミングは妊娠中に7.6%、子供の年齢が0歳~2歳の時に36.9%と、妊娠・出産近辺のタイミングで半数近くの夫婦が家を買う。この時期に将来の収入の見通しがたっているかどうかは家の予算に大きな影響を与える。女性が雇用を継続できればパート収入と比較して生涯賃金で数千万円の違いとなり、住宅ローン減税による数百万円程度の影響はほとんど誤差の範囲となる。女性の就業支援ほど効率の良い税金の使い方は他に無いのではないか。

育児休暇とセットで考えるべき事は時短勤務と男性の働き方だが、これについては次回にまた言及したいと思う。

中嶋よしふみ
シェアーズカフェ・店長 ファイナンシャルプランナー

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